第24話 厄落とし
呪術配信第四回でお悩み相談を持ち込んでくれた依頼主のもとへと、俺は立ち寄っていた。
場所は大阪府吹田市南吹田。
伊勢は大阪にも名古屋にも行けるから立地はいい方だと聞くが、実際住んでいるとあまり大阪まで行く機会は無いから少し楽しみでもある。
いや、あったというべきか。
「楽しみだねー桜守くん」
「なんでいるの」
ビスタカーの二階席の窓側席に座っていると、松阪駅で卯月アリスが隣の席に乗ってきた。
なんでだよ。
「なんでって、前に配信でお悩み相談してくれた人のところに行くんでしょ?」
「そう」
「だったら配信するしかないじゃない!」
「配信しないって言ったよね?」
俺の師匠、菊地
その人物に察知されないように、ことは慎重に運べと。
(収益は惜しいけど、事件が解決するまではお預けだな)
せっかく収益化申請が通ったというのに残念だが、いまは機が悪い。
呪術をたしなんでいると、六曜とか、そういう縁起に関する部分がどれだけ大事かってのがわかってくるものなのである。
「えー、じゃあじゃあ、メンバー限定配信は?」
「メンバー限定配信? 前もなんか言ってたな」
「うん。アタシたちが使ってる配信サイトにはね? クリエイターを応援するシステムがあるの。その応援してくれる人だけに、特別に送り届けられる配信だよ」
ふーん。
つまり、熱心な視聴者しか見れないってことか。
「まあ、それくらいならいいか」
「やったー! それじゃあ今日も! レッツ、呪術配信!」
そのアイキャッチまだ諦めてないのかよ。
◇ ◇ ◇
大阪難波から難波へ移動するまでに道に迷うというアクシデントがありながらも御堂筋線で江坂駅まで向かい、徒歩でしばらく南下して、俺は依頼人と合流した。
「ほ、本当に桜守さんだ……!」
依頼人は年若い女性だった。
多分俺より年下。
中学生高学年くらいだと思う。
黒い髪を後ろで結わえ、くりくりした瞳でこちらを見上げている。
「あ! すみません、いまお茶を出します!」
彼女がお茶の準備をしている間に聞かせてくれた話だが、江坂には家族連れで転勤に来る人が結構多いらしい。
彼女も元は徳島の生まれらしく、大阪には来て日が浅いのだとか。
「粗茶ですが」
「ありがとうございます。それで、怪現象について改めてお伺いしても?」
「は、はい。数日前に、谷町四丁目へ行った時の話です。私の前を歩いていた方が財布を落とされて、『これ落としましたよ』って渡したんです」
「それでその男性は?」
「ありがとうと言って、財布から一万円札を抜き取って、私の手にぎゅっと握らせたんです。でも、こんな大金受け取れないからって断ろうとしたら、いなくなっていたんです! まるで消えてしまったみたいに!」
まあ、怪現象と言えば怪現象である。
だがこの話だけでは、単に人ごみに紛れて見失ってしまった可能性も拭いきれない。
俺が大阪まで来ようと思った理由は、ほかにある。
「それからなんです。町を歩いていても、家にいても、誰かにじっと後を付けられている気がして」
古来、落とし物には他人の「厄」が付いていると言い伝えられてきた。
そしてこの考えは、割と呪術の核心をついている。
というのも、拾った人は良い拾い物をしたと思っていても、落とした人は残念無念と思っているからだ。
その手の思いは落とし物を核として怪幻へと変貌する可能性が高く、それゆえ不用意に落とし物を拾うなと
「それで、なんだか怖くなって、そのお
家に帰れば、彼女の勉強机に、そのお札は舞い戻っていたという。
「の、呪われてますよね!? 私、どうすればいいんでしょうか!」
「呪われているか呪われていないかで言えば、呪われているが……」
俺は彼女の背後へと手を回すと、呪力を指先にまとわせて、垂直に手刀を振り下ろした。
ぷつんと何かが千切れる感触が肘、肩、脳へと伝っていく。
そして、彼女の背後で、おもむろに、黒い霧が集まり形を作っていく。
「オ、オオオォォ」
「きゃあぁぁぁあぁぁっ⁉」
「大丈夫。こいつは怪幻から見ればかなり格下だ。この程度なら……」
呪力を乗せた拳を振り抜いた。
ただそれだけで、形の曖昧な怪幻は黒い霧になってかき消えた。
「あ、なんだか急に体が軽くなって……」
「これでもう大丈夫。安心していいよ」
そう語り掛ければ、少女は涙をぐっと堪えて、頭を俺の胸へと押し付けた。
「うわぁぁぁん! 桜守さん! こわ、怖かったです……っ! ありが、ありがとうございます!」
「うんうん。事件を未然に防げてよかった」
びええんと泣きわめく彼女をなだめた。
(今回の件は、さすがに叔父さんも関わってなさそうだなぁ)
あまりにもあっけなさすぎる。
これが何かの布石だとは思えない。
「すみません桜守さん、取り乱しました……」
少し気恥しそうに、くるくると髪を指先でいじる少女が顔を伏せながら頭をしきりに下げている。
「こ、これ! 桜守さんが持っていてくれませんか⁉」
そう言って少女は、件の一万円札を俺に差し出した。
「もうお祓いが済んだし、ただのお金だから君が好きに使えばいいよ?」
「い、いえ! なんだか不吉ですし手放したいんですけど、かと言って、他の人に手渡すのも不安ですので」
「その点、呪術師なら安心ってこと?」
俺がそう聞けば、少女はぶんぶんと首肯した。
「わかった。なら俺が預かっておくよ」
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