第23話 呪術配信#4|祝収益化! コメント読み配信! みんなあつまれー!

「みんなー、卯月アリスのお茶会にようこそー!」


 桜守惣司と卯月アリスがどこかの部屋で、カーテンを背中にして並んでいる。

 その様子を、定点カメラがネットに配信している。


・アリスちゃんこんにちわー

・来たよー

・おっ、金投げれるようになっとるやんけ【10,000円】

・収益化早っwww

・いつも配信ありがとやで【500円】

・呪術の専門家から呪術のいろはを教えてもらえるってマ!?

・メンシ登録しました!


「呪術師の桜守さくらもり惣司そうじさんに密着する専門配信も今回で第四回! そしてですねー、なんと! ついに収益化申請が通りましたー!」


 アリスが「ヨッ!」という掛け声とともにパチパチと手を叩く。


・第四回キチャー

・呪術師:怪幻という怪異から日本を守ってる超人

・呪術師の解説助かる

・投稿者コメント欄に書いてくれてるけどなwww

・お札代です!【50,000円】

・ナイスパ


 テンションが上がっているアリスとは対照的に桜守のテンションは平常だ。

 というか、いつもより口数が少なく、どこか思案投げ首だ。


「呪術師の桜守です、なんか今日コメント欄赤いんですけど、呪われてますかね?」


・違うからwww

・それスーパーチャットってやつやで

・お金で自分のメッセージを目立たせる権利を買ってるんや


「メッセージを目立たせる権利を、金で買う……?」


 桜守が「正気か?」と言いたげに目を見開いた。

 するとコメント欄は、

・マジで苦学生なんだなwww

・正しい金銭感覚なんだけど、境遇考えると泣けてくる【5,000円】

・これからはお姉さんが面倒見てあげるからね【50,000円】

・おっ、赤スパ祭りしとるやんけ。わいもポチー【10,000円】

・これ! 少ないですけど!【5,000円】

・お前ら桜守さん好きすぎだろwww俺の方が好きだけどwww【50,000円】

 と、ますます真っ赤に燃え上がった。


 普段きりっとした表情の桜守が目に見えて狼狽しているのがおかしいのか、全員、こぞって高額のスパチャを送っている。


「皆さんすごいんですね……お金を稼ぐ大変さは俺も良く知ってるんですけど、こんな大金をポンと出せるなんて……いったい怪幻何匹分ですか」


・お前の境遇は特殊すぎるんだよwww

・怪幻討伐の報酬で換算するなwww

・危険手当じゃねえから!

・×ビッグマック指数 ○怪幻報酬指数

・新しい概念生み出してて草


 頬を引きつらせて多額の金銭に、実感が伴わないと言った様子の桜守に代わり、ある程度耐性があるアリスが配信の流れを元に戻す。


「はーい! 呪術配信始まったばかりだけどお知らせでーす。いまはメンバーシップ特典が継続バッチとカスタム絵文字だけだけど、今後はメンバー特典動画とか月一の限定配信を考えているからお金に余裕がある人はこっちもお願いねー」


・はーい

・加入しました!

・良心的な金額で嬉しい

・この辺はメインチャンネルと同じ感じなんだね


「さて! 祝収益化記念配信ということで、今日はみんなのコメントを読んでいくよー」


・ハッ!?

・もう一回赤スパ投げれるドン!

・ヤッター

・桜守さんへ。怪幻討伐の報酬いくらなんでも安くないですか?

・猟師です。シカ・イノシシが一頭1万8000円の報酬なんですけどどう思います?

・ホームレスの月収に負ける呪術師って恥ずかしくないの?


 やはりリスナーが気になるのは怪幻討伐の報奨金らしい。


「ええ……? シカとかイノシシってそんなに高級なんですか? いやまあ狩猟道具の維持費とか免許の更新費用とかあるし妥当なのか?」


 ちなみにホームレスの月収は月額1~3万円程度が最頻値。

 廃品回収が主な仕事らしい。


「呪術師が薄給なのはいろいろ理由が考えられるんですけど、どれが正解かはよくわからないです。一番ありえそうなのは、金の流出を抑えるためかなって思ってますけど」


・kwsk

・呪術機関ってそんなに経営苦しいの?


「や、組織自体は金持ちですよ。昔、雑賀衆さいかしゅうとして暗躍して莫大な富を築いているので」


・ファッ!?

・【速報】桜守さん、雑賀衆の子孫

・子孫とは言ってねえだろw同門ではあるんだろうけど


 ちなみに雑賀集とは戦国時代に活躍した地侍集団である。

 一丁一億円といわれた鉄砲を独自に製造できる技術を有し、かの第六天魔王・織田信長でさえ恐れた謎の集団だ。

 その正体は金烏門きんうもんだったのだ。


 目的はそのまま、鎌倉幕府の権威の回復と戦国大名の台頭の抑止。

 もっとも、その目論見はかなわなかったわけだが。


 それでも、長きにわたる江戸時代や世界大戦を乗り越え、今日に至るまで天皇の血脈を守り続けているあたりは組織結成三千年の意地がうかがえる。


「金は天下の回り物って言いますけど、徳川埋蔵金も歯牙にかけない額が流通するとデフレで国が滅びかねないんで……そういうのがあって金融引き締めを行ってるのかなと」


・それなんて銀行www

・日銀は呪術機関だった……?

・スケールがでかくて草

・にしてももうちょっと金額あげてもいいだろwww

・引き締め過ぎでワロタw


 もちろん、それは建前である。

 惣司は、

(まあ実際には昭和時代の金銭感覚が抜けてないんだろうと予想してるけど、言えねえよな)

 と閉鎖的な組織を憐れむような目をしている。


 そういうのもあるので、惣司は呪術師としての活動を強いられる中、高校に通っている。

 内々で完成した環境に身を置く危険性を理解していたからこそ外の世界とのかかわりを保つように心がけている。


 さて次のコメントを読もうかと、爆速で流れるコメント欄を集中して見つめようとすると、新たなスーパーチャットが現れた。


・先日はありがとうございました。これからは道具に頼らず、自分たちで幸せな家庭を築いていきたいと思います。【10,000円】


「あ」


 誰のコメントなのか、電子の海越しでもわかった。

 下級生の女子の、母親だ。

 花魁の怪幻を封印した器具を破壊する呪具に魅入られ、危うい精神状態だった女性だ。


「こちらこそありがとうございました、電車賃までいただいてしまって」

「え、桜守くんあの時の報酬電車賃以上受け取ってないの!?」

「受け取ってなかった、だな……」


 金烏門きんうもんが独自のネットワークで構成している討伐依頼と違い、一般家庭からのお祓いの依頼であれば、担当した呪術師に任意の請求権が発生する。

 だが惣司は最初金銭を受け取ろうとしなかった。


 呪具を無力化することは、あの母親にとって相当な損失だったはずだ。

 それでもお祓いを受け入れてくれた覚悟に敬意を示したというのが一つ。


 もう一つは、良いことをしたと思えることで、自分が人間だと自覚できるからだ。

 割合的に言えばこちらが大きい。


 惣司は呪術師だ。それも、怪幻と戦う戦闘系の。

 そんな生活が日常になれば、自然、感覚がマヒしてくる。

 だから時折、自分の後ろにできた道を振り返り、人道を外れていないか確認する必要がある。

 そんな理由から金銭の受け取りは断ったのだ。


 それでも気が済まないということで交通費だけ受け取ったのだが(交通費くらい金烏門きんうもんも出してくれるので払ってもらわなくても問題無い)、まさかの赤スパ。

 惣司も困惑を隠せない。


「あの、本当に、大丈夫なんで、そのお金は家族でご飯でも食べる為に使ってください」


・優しい

・厄落としの料金としてはわりと一般的だよね、1万円

・では、お気持ちだけ【20,000円】

・おいwww

・金額増えてて草

・話聞いてた!?


「や、その占い師的な『お気持ちだけで結構です』てきなせびり方してるんじゃなくってですね、本当に家族のためにお金を……」


・押すなよ! 絶対に押すなよ!【10,000円】

・こういうときに投げ銭するなは逆効果なんだよなぁ!【5,000円】

・乗り込めー^^【7,777円】


 と、本人以外からも札束の嵐が吹きすさぶ中、本人がさらなる追い打ちをかける。


・こんな話をご存じですか? 地鎮祭の費用をケチった人が不運に見舞われて……【30,000円】


「待て待て待て! 一人でいくらつぎ込んでるんですか! アリス、止めれないのか⁉」

「特定のアカウントのスパチャだけ止めるのは無理だよー、全員からの受付停止なら……」

「やれ!」


・スパチャのラストチャンス!?【50,000円】

・ここだ!【50,000円】

・乗るしかねえ【50,000円】

・最初で最後かもしれないスパチャタイムと聞いて【50,000円】

・そんな殺生な【50,000円】

・これだけしか出せませんが……【10,000円】

・ご査収ください【30,000円】

・本当にありがとうございます! これは感謝の気持ちです!【50,000円】

・いつも配信ありがとやで【500円】

・アリスちゃんの防衛にかかる人件費だと思って受け取ってくれ【50,000円】

・このコンテンツは伸びる。だから育てる【10,000円】

・投資【3,000円】


 目覚ましい速度で展開される赤スパは、この日行われた世界中の配信の中でも最大金速を記録した。

 結局そのあとはアリスと惣司でスパチャ読みが行われることになったのだが、その中に一つ、気になる物があった。


・呪術配信#3視聴させていただきました。私の家でも似たような怪現象が起きているのですが、気のせいなのか、怪幻の仕業なのか、ご確認いただけないでしょうか?


 惣司の頭によぎったのは、昨日、師匠の菊地則宗のりむねから受けた話。

 桜守現当主が、あの呪具の仕掛け人である可能性。


「その話、詳しくお聞かせ願えますか?」


 この日、呪術配信のお悩み相談プラットフォームが開設されることになるのだが、それはまた別の話。

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