第6話 千剣桜揆

(さて、どうしたものかな)


 目の前の、人型の怪幻を見据えて頭を悩ませた。

 倒せるか否かで言えば倒せる。

 それは間違いない。


 気になるのは、相手の強度だ。


(あんまり無駄打ちしたくないんだけど、必要経費だな)


 はらい札を1枚取り出し、呪力を込める。


「ここにいろ」


 女性に動かないよう厳命して、怪幻に向かって飛び込んだ。


「キヒヒッ!」


 哄笑とともに、呪力の籠った一撃が、怪幻の拳から振りぬかれた。

 黒い閃光が尾を引いて、頭上を通り抜ける。


穿天燕せんてんえん!」


 手のひらに張り付けたはらい札を、掌底打ちでやつの膵臓目掛けて打ち込んだ。

 怪幻の体がくの字に折れて、背後の工場へと弾け飛ぶ。


「やったぁぁぁ! さすがお兄さん!」

「動くな」

「お兄さん……?」


 黒パーカーの女性が駆け寄ろうとするのを手のひらで制止する。


 吹き飛んだ怪幻が抉った地面。

 巻きあがったコンクリート片の煙が晴れる。

 そこに、キヒキヒ笑う化け物が、何事もなかったように立っている。


「嘘!? 効いてない!?」

「みたいだな。あーくそ、3千円が溶けた」

「どどど、どうするの⁉」


 人型の時点で予想はついたが、この怪幻は、怪幻の中でもかなり位階が高いやつだ。

 3千円のお札程度では祓えそうにない。


「この手の強力な怪幻を倒す方法はいくつかある」


 怪幻は腰をかがめて両手を地面に降ろした。

 サイが突進するような迫力を込めて、黒い雷をまき散らしながら組み手を仕掛けてきた。

 右から左から迫る攻撃を避け、受け流し、呪力を込めた拳で攻撃の初動を潰す。


「一つ、採算度外視で、はらい札の物量作戦を行う」

「アタシが支払うから気にせずやって!」

「ところが、俺は苦学生で最低限の札しか用意していない」

「お茶目さん‼」


 ということでこの方法は使えない。

 右フックをわき腹に打ち込み、怪幻を吹き飛ばす。


「二つ、怪幻を弱らせて専用の封印器具に封印する」

「おお! 今回もそうやって?」

「ところが、この封印器具が高くてとても俺に購入できるものじゃない」

「さっきも聞いたッ!」


 はらい札でロクなダメージが通らなかった怪幻だ。

 呪力が乗っただけの拳で重傷を負うはずもなく、すぐさま立ち上がり、飛び掛かってくる。

 だが、もう遅い。

 お前が吹き飛ばされてから立ち上がるまでの時間に準備はすべて整った。


「そして、本命の三つ目」

「本命!? 今度こそ倒せる秘策が!?」

「呪力量に物を言わせた、物量作戦――」

「結局脳筋プレイ!」


 両手を使い印を結ぶ。

 どぷんと、俺の足元から影が広がって、工業都市にあるありとあらゆる物質を黒で呑み込んでいく。


心象しんしょう呪法じゅほう


 広がる漆黒の領域。

 怪幻が大きく体を仰け反らせ、無理な体重移動をしてでも踏み込むのを回避する。

 もしもこの化け物が人間であったなら、筋肉が断裂し、まともに動けなくなっていただろう。

 それくらい無茶な回避行動を取っていた。


(これが危険と判断して避けたか。思ったよりいい反応だ……が、無意味だ)


 すべてを塗りつぶす虚空から、無数の斬撃が飛び交う。

 止むことの無い剣の雨はすべて、純粋な呪力で生み出された祓魔ふつまの力だ。

 数えきれない剣の軌跡が弧を描き、線を引き、人型の怪幻を八つ裂きにする。


千剣せんけん桜揆おうき――!」


 これが俺の必殺技。相手は死ぬ。


(使いたくは無かったけどな、おかげで呪力がほとんどすっからかんだ)


 おそらく3日くらいまともに活動できない。

 金烏門きんうもんは忙しくなると思うが、こんな化け物レベルがいる案件に事前準備無しに突撃させた爺さんが悪い。

 とやかく言われる筋合いはないな。


  ◇  ◇  ◇


 惣司が人型の怪幻と戦っている間、卯月アリスの配信のコメント欄は荒れ狂っていた。


「ここにいろ」


・乙女ゲームの攻略対象かなwww

・現実で言われると腹立つ言葉なのになんかしっくりくるの草

・なんだこの安心感www

・この人なら俺たちのアリスちゃんを無事に返してくれる気しかしないな


 惣司が怪幻の攻撃をかわし、クロスカウンターを放つ。


・ファーwww

・何だ今の動きwww

・人 間 卒 業 試 験

・体がブレたwwwと思ったときには化け物が吹っ飛んでたwww

・やったか!?

・おいバカそれフラグ――


 化け物は大した負傷もなく、キヒキヒと笑い声をあげている。


・ああぁぁぁぁ!

・馬鹿野郎ぉぉぉ!

・だから不用意な発言は控えろとあれほど……っ

・サーセンしったぁぁぁぁ!


 惣司と怪幻、二人が目にもとまらぬ速さで攻防を繰り広げる。


・アニメかよwww

・若者の人間離れ

・質量を持った残像

・逸 般 人

・人間やめました

・バトル漫画の敗北

・なんで平然と受け答え出来てんだよwww


 惣司がはらい札で祓えない怪幻の対処法を説明している。


・苦学生www

・学生に呪術師させるな!

・ご両親はちゃんとお小遣いあげて!

・お札代【4,300円】

・ナイスパ

・違うwそうじゃないwww

・現地にお札届けてあげてwww


 怪幻を弾き飛ばし、距離を取った惣司が印を結ぶ。

 九字印で言う、「烈」の印のような形だ。

 左手の人差し指を右手で握り、胸の前に構えている。


 帳が広がる。


 光の届かない、いや、光を飲み込む黒より黒い闇が、不思議な工業都市をみるみるうちに汚染していく。


・何が起きた

・一瞬で黒い霧になって草

・呪術師さんが広げた闇が黒すぎて黒い霧が微妙に浮いて見えるな

・寺生まれってスゴイ

・マジでもっと詳しく教えてほしい

・定期的にアリスちゃんの配信来てくれないかな

・それな

・恋愛感情無いのが高評価

・呪術配信いまから全裸待機しておきます!

・服着ろ


 同接数はチャンネル登録者数の2割を記録し、この配信だけで数万人の登録者が増えた。

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