第11話 天雉吉埜「鼻の下伸ばしてないよね?」

「すみませんでしたぁ!」


 伊勢豊川の屋敷で俺は全力の土下座を繰り出した。


「そ、惣司くん!? どうしたの」

「すべては俺の不徳の致すところ! どんな処罰でも甘んじて受け入れる所存です!」

「えっと、だから、落ち着いて話し合おう? ね?」


 二つ上の、黒髪が似合う、顔の整った女性――天雉あまきじ吉埜よしのさんが優しくほほ笑んだ。

 その笑顔が苦しかった。


(バレてる……! 絶対バレてる……!)


 事の発端は昨日、俺がとある女性を怪幻から二度助けたことだ。

 人を助けるのは桜守の家訓であり、それそのものは問題ではない。


 だが結果として、俺は珍しく吉埜さんから連絡を受けて、豊川の屋敷に連日訪れることになった。

 理由は考えるまでもない。


(やっぱりまずかったか!? 配信収益を受け取る契約を交わしたこと……!)


 桜守に引き取られてから今日まで世話を焼いてくれたこの吉埜という女性が厳格な人物であると俺は知っている。

 規律と風紀を重んじる彼女からすれば、配信という世俗的な文化に染まるのは許せない出来事だったのかもしれない。


(ああぁぁぁ! 嫌われたくない! 吉埜さんに嫌われたくないッ!)


 この腐った呪術機関における俺の癒しは吉埜さんと八重ちゃんの二人だけなのである。

 中でもこれまでよくしてくれた吉埜さんから嫌われたら……


(うぷ、想像するだけで吐き気がする)


 胃に穴が開くようなストレスを抱えながら授業を受けて、放課になり次第、豊川への屋敷へ走った。

 そして話は、俺が豊川の屋敷で土下座をかましたところにつながる。


「それで、惣司くん。何があったのか、詳細に教えてくれる?」

「は、はい」


 俺は戦闘方面以外の呪術知識については浅学だ。

 これには天文学、占い、陰陽道などそれぞれで専門的な知識が必要になるため習得に時間が掛かるほかに、天皇への反乱のリスクを減らす目的がある。

 全分野に精通している人間がいれば国家転覆を狙った時、人材的に問題なく実行できる。

 だが家ごとに専門分野を切り分けておけば反逆の前に徒党を組まなければならない。

 そうすれば謀略が露呈するリスクが上がり、結果として国の安泰につながるだとか。


 そんなわけで、俺は天雉が使う天文道について詳しくない。だが天雉が金烏門きんうもんの情報管理部だということは知っている。


(嘘をついたら即刻バレる。そう考えた方がいいよな)


 俺は聞かれたことには素直に答えると決めた。


「まず、卯月アリスって人は、前から知り合いだったの?」

「違います。昨日初めて会いました」

「配信を止めなかった理由は?」

「説得するためには、歴史の裏側を説明しないといけないと判断しました」

「結局は、詳しい話までしたわよね?」

「うっ、呪術に関してだけです。金烏門きんうもんについては喋ってません」


 金烏門きんうもんは歴史の裏側の存在だ。

 表側に出せない存在である。

 だが、呪術に関しては一般人に目撃されてはいけないと禁止されていない。


「屁理屈ですね」

「ごめんなさい」


 吉埜さんが凛とした雰囲気で俺をたしなめる。

 怒ってはいるが、可愛らしい怒り方だった。

 弟のいたずらを叱る姉のような態度だったので、内心でほっと胸をなでおろす。


(あ!? ちょっと待って! 伊勢湾廃工場で好みの女性について聞かれたときのやつも見られてるのか⁉)


 恐ろしい可能性に思い当たった。

 指摘されて気付いたが、俺が言った条件に当てはまる人物なんて多くない。

 吉埜さんを意識していることなんてバレバレだろう。


「どうかしたの?」

「い、いえ」


 恐るおそる様子を窺えば、吉埜さんの挙動に不審な点は見当たらない。


 かいつまんで視聴して該当箇所を見落としたのか、それとも重要な話ではないからと聞き流したのか。

 確かなことは、変に意識しているのは俺だけらしい。


「あの、吉埜さん。その、ですね。卯月アリスが配信の出演料として、呪術配信の配信収益の7割をくれるって言ってるんですけど……受け取ったら、ダメですか?」

「配信に出るのは確定なの?」

「うっ、いや、俺が出ないと本気で視聴者引き連れて心霊スポット巡りかねないと言いますか」


 卯月アリスのチャンネル登録者数は300万人を超える。

 そのうちの1パーセントでも3万人。

 それだけの人数が、突如失踪すれば大問題だ。


 というのが建前。


「本音は?」

「うぐ」


 本音は、もっと欲深い。


「収益に、目がくらみました」


 言い訳をするなら、戦闘面の呪術師が赤字前提なのが悪い。

 伊勢湾廃工場に出来ていた領域だって、本来であれば何十枚ものお札か、数枚のはらい札と高価な封印器具が必要な案件だ。

 それで得られる報酬がたかだか数千円なんて馬鹿げている。

 昭和40年の通貨レートをいまだに採用しているんじゃないかと本気で疑う。

 元号の一つ二つは金烏門三千年の歴史からしたら誤差の範囲なのかもしれない。真相は闇の中だ。


 ちなみに、令和にあんな安い手当てにも関わらず他の呪術師が不満を大にせずお祓いに参加しているのは、実力のある呪術師が干支烏に選抜される制度があるかららしい。

 ここでいう実力とは呪力量のことではなく怪幻討伐数のことで、それゆえ赤字覚悟で積極的に活動しているとかなんとか。

 桜守の末席を汚す俺には関係無い話ですね。


「本当に、それだけ?」

「え?」

「他に理由は無いのね?」


 何を言っているんだろう、と思った。

 言葉の意味が分からずに首をかしげる。


「ふふっ、そうよね。惣司くんはそうよね」

「吉埜さん?」

「ううん。なんでもないの。それで、配信と、その収益ね。いいよ」

「え!?」


 いいのか⁉

 受け取ってもいいのか⁉


「いいの!?」

「うん。惣司くんに無理させてるのは前から分かってたことだし、惣司くんの負担が軽くなるならいいと思うわ」

「あ、ありがとう吉埜さん!」


 俺は思わず、両手で吉埜さんの手を包んでいた。


「ただし、金烏門きんうもんについて口を滑らせるのは禁止だからね?」


 そう忠告する吉埜さんは顔を真っ赤にしていた。

 やばい、怒らせたかもしれない。


「は、はい」


 慌てて手を外せば、吉埜さんが小さく声を洩らした。

 なんだか名残惜しそうな声だった気がするが、多分気のせいだろ。


 とにかく、お許しが出てよかった。

 これで後ろめたさを感じずに配信に参加できる。


(それにしても、吉埜さんの気がかりはなんだったんだろうな)


 俺が卯月アリスと配信することに何か懸念事項でもあったのだろうか。

 気になるところである。

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