第20話 コメントが「怪幻救ってあげて」→【完式呪術】でまさかの解決法を提示する桜守惣司(呪術配信#3|切り抜き)

「ひゃぁぁぁ!」


 花魁の怪幻がアリスを狙っている。

 意志を持った生物のように帯紐を伸縮自在にしならせて、カメラ片手に逃げ惑うアリスを執拗に追い回そうとしている。


 だからとっさに二人の間に割り込んで、アリスを帯の軌跡から突き飛ばした。


「桜守くんッ!」

「いいから、下がってろ」


 花魁の帯が俺の腕に巻き付く。


「ふふ、捉えんした。今度こそ、ともに行きんしょう」


 妖艶な笑みを浮かべて花魁の怪幻が帯を手繰り寄せる。だから俺はその引力を利用して――、

「お断りだッ!」

 クロスカウンターをぶちかました。

 硬く握った拳が振り抜かれる。

 呪力を纏った、黒く稲光する鉄拳が怪幻の頬へと、一直線に、最短距離を突き進む。


「ふふ」


 だが、すんでのところで怪幻が鉄扇を広げた。

 俺の放った拳が扇面にせき止められる。

 いや、それだけではない。

 拳が扇に吸い込まれていく。


「桜守くんッ!」


 アリスが俺を呼んでいる。

 怪幻が喜悦に満ちた笑い声を上げている。


「あのさ、さっきも言っただろ?」


 三次元の物体を帯や扇の面という二次元に封印できる。

 それは確かに厄介な能力である。


 俺が得意な相手は廃村や廃工場で戦った怪幻のような脳筋タイプだ。

 搦め手や謀略を好む相手は苦手な部類に入る。


 だからどうした。


「二度同じ手を食うかよ」


 平面に肉体が吸い込まれた。

 だったらやることは簡単だ。


 俺が桜守家始まって以来の天才だと呼ばれる所以を二つ教えてやる。


「その術式、覚えたぞ」

「なっ!?」


 一つは怪幻が扱う術式の解析技術。

 初見だろうとなんだろうと、数秒あれば俺は術式を解析できる。


 扇に刻印された術式を掌握。

 俺の拳を扇面に束縛する記述を破壊して、底なし沼に沈めた腕を引き上げるように拳を引っ張る。


 そして俺が唯一無二の存在である証明の二つ目は、解析した術式の練度を、即興で引き上げるアレンジ性だ。


完式かんしき呪術じゅじゅつ――」


 親指の腹を噛み切り、血を滴らせる。

 あふれる血液に呪力を流し、怪幻の扇子に術式を描く。


 怪幻は俺たち呪術師より、一歩闇の世界に近い存在だ。

 それゆえ俺たちでは思いつきもしないような術式を時折持ってくる。


 だが、それらの多くは稚拙だ。

 今回だって、俺に能力のセキュリティホールを突かれて必殺技が必殺足りえなくなってしまっている。


 その欠点を補い、成させた術

 いま、ここに新たな呪術が誕生する。


形象けいしょう写像しゃぞう


 それはあらゆる形を象るものを平面に投影する術法。


「ぐっ、何故っ、どうしてあちきを、そこまで拒む! あちきは、こんなにも思っているというのに!」


 花魁の怪幻が持っていた鉄扇へと、彼女自身が吸い込まれていく。

 自らが持って生まれた術式によって、自らが滅ぶ道へと転がり落ちていく。


「死ねるか、死んでたまるものかっ! 忘れやさせやしない、あちきのことを」


 体のほとんどを扇に吸い込まれてなお、彼女の帯は俺の腕をつかんで離さない。


「ともに来なんし……あなたが一緒にいてくれるなら、あちきは他に、何も望みはしない……っ!」

「桜守くん!」


 顔まですっかり扇の面に描かれて、平面に落とし込まれた怪幻が、俺を道連れに無理心中を強いてくる。


 だけど、ごめん。

 俺はまだ死にたくないんだ。


「写像は上から下だけじゃなく、下から上にもできるんだぜ」


 立体から平面へ投影するのが写像なら、平面から立体へ投影するのもまた写像。

 二次元から三次元への変換も可能な術式が、俺の形象けいしょう写像しゃぞうだ。


 そして当然、三次元から四次元、四次元から五次元への、上位への投影も可能だ。


 四次元とは立体に時間軸を加えたもの。

 ならば俺の解釈する五次元は、時間を考慮した世界が、時間と垂直方向へ広がる世界。

 まったく同じ場所、同じ時間でも、異なる――可能性の世界。

 すなわち、並行世界。


 花魁の怪幻に、俺を平面の世界に引きずり込めたパラレルワールドをプレゼントする。


 扇子の中で怪幻が朗らかに笑い、黒い霧になって溶けていく。


 怪幻は満たされない欲求が何かしらの器を核として凝縮された異形だ。

 欲望が満たされれば、形を保っていられない。


「心中できた可能性の海に眠れ、安らかにな」 


  ◇  ◇  ◇


・おおおおお!

・まじか、まじか!?

・最期、笑ってたよな

・【速報】脳筋呪術師、怪幻の悲しみを祓って成仏させる

・本当に救済しやがった!

・危険な相手ってのはわかるけど、救ってあげてほしいなんて傲慢かなとか言ってた俺が恥ずかしいw

・俺たちが無理だと思ったことを軽々と実現して見せる桜守氏

・桜守最強! 桜守最強!

・実際最後どうやって帯から逃げたんや……?

・写像とか可能性とか言ってたし、パラレルワールドを扇の中に描いたとか……?

・いよいよなんでもありかよwww

・汚いなさすが呪術師きたない

・勝てばよかろうなのだ!!

・祝杯を上げろぉぉぉ!


 封印されていた領域の主が祓われて、封印器具は役目を果たし終えた。

 惣司とアリスが現実世界へと戻ってきて、再び朝熊町の家屋が配信画面に映し出される。


「みんなありがとう! 今日来てくれてありがとうございましたー! フォローや★投下してくれたらうれしいです! さあみんなー、最後の挨拶わかるかなー? いっくよー? それじゃあ明日も、レッツ、呪術配信!」


・無茶極振りw

・打てない打てないwww

・そんな直前に言われても用意できないからw


「打たなくていいです。あと、明日は呪術配信無いんで」


・無いのかよw

・呪術機関ってやつに報告しないとだもんね!

・とか言いながら?

・毎日配信期待してます!


「桜守くん、みんな期待してるよ!」

「無いです」

「みんなの思いに応えるためにも! 明日も配信しようよ!」

「無いです」

「ぶー!」


 最後にもう一度挨拶をし直して、第三回呪術配信は幕を閉じた。


 その裏側で、惣司は問題になった呪具を入念に調べていた。


 怪幻は祓った。

 だが事件は解決していない。


(いったい誰が、封印器具の破壊を試みたんだ?)


 なんだかきな臭い。

 嫌な予感がする。


 惣司は連絡用の端末を取ると、とある相手にメッセージを送った。

 送信相手の名前欄にはこう記載されている。


 菊地きくち則宗のりむね

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