【呪術配信】底辺呪術師(天才)、チャンネル登録者数300万人の美少女配信者を怪物から助けるシーンが拡散されて、大人気ペア配信者デビューしてしまう

一ノ瀬るちあ@『かませ犬転生』書籍化

第1話 『呪術配信』

「それじゃ、桜守さくらもりくん、配信始めるよ」


 ロング丈の黒パーカーの女性に腕を絡められていた。


 卯月うづきアリス。

 チャンネル登録者300万人を誇る、大人気配信者である。


 色白い足の稜線を晒す無防備なミニスカートと対照的に、腕は手首まで、ピンクのドクロがプリントされた袖で隠していた。

 目を大きく見せ、鮮烈な紅を唇に引いた彼女の手には配信用の高性能カメラが握られている。


「みんなー、卯月アリスのお茶会にようこそー!」


 カメラのレンズは俺たち二人の背後に、水平連続窓の建造物を映していた。

 一年前に完成したばかりの新築高層高級マンションである。


「みんな見えるかな? このマンションの4階の角部屋で、1年間に3人も自殺者が出たんだって! 桜守くん、これはいったいどういうこと?」

「面倒な怪異――怪幻かいげんが巣食ってるな」


 二日前、卯月アリスの視聴者から彼女の連絡先にメールが届いた。

 送り主はマンションのオーナーで、住居者が次々自殺して悪評が広まり困っている。

 呪術的な嫌がらせを受けているのではないかとの内容を相談受けた。


 そして、いざ現場に来て、問題の部屋を通りから見上げれば、そこだけが、吐き気を催すような邪悪な瘴気に汚染されている。

 怨霊、物の怪、妖、悪神。

 よからぬ類の怪異が住み着いているのは間違いない。


「そうなんだ! さすが凄腕のおはらい師! 見ただけでわかるんだね!」

「呪術師な」

「今日はお祓いに来たからお祓い師ですー」


 俺たちはその怪異を祓いに来た。

 その様子を、配信を通して放送する。


 呪術に特化した配信を行い、視聴者から寄せられる呪術的な問題を解消する、卯月アリスのサブチャンネル。


「それじゃあ今日も! レッツ、呪術配信!」


  ◇  ◇  ◇


 俺、桜守さくらもり惣司そうじが彼女と出会ったのはひと月前。

 伊勢の山奥で、怪幻『夜叉の鎧』の滅却に向かったときのことだった。


はらい札1枚で3千円。山の上り下りに4時間。怪幻を探すのに、ざっと2時間くらいか?」


 四半日を超える作業量に、人知を超えた怪異との命賭けの戦闘。


「それで得られるのがたったの5千円。はぁ、割に合わねえ仕事だよなぁ」


 仕事というのは、呪術師のことである。

 時給に換算すれば333円。

 深夜手当もつかないし、危険手当もつかない。

 ブラックバイトにもほどがある。


「親父が生きていればなぁ」


 呪術の三代名家の一つ、桜守の血を引いて俺は生まれた。

 ただ、自分のルーツが呪術にあると知ったのは5歳の時。

 俺の両親が怪幻に殺されて、祖父母に引き取られてからの話である。


 親父は桜守の長男で、優れた呪術師だったらしい。

 将来有望で、これからの日本の守り手として期待されていた、と聞いている。


 だが、親父は桜守から除名処分を受けた。

 一般人女性と結婚し、自分の家庭を守ることを優先したからだ。


 祖父母に引き取られてからわかったが、呪術師ってのは前時代的で、血を強く重んじているらしい。

 俺の爺さんもその例に洩れず、親父がおふくろと結婚すると言ったときには大喧嘩をしたと聞く。

 それで、親父は桜守の家名を名乗ることを禁止され、おふくろの姓に迎え入れられることになった。


 だが、死んだ。

 幼い俺を守って、おふくろと一緒に。


 あの日の惨劇が、今も脳裏に焼き付いて離れない。


 親父が戦っていたのは、鬼神と龍が融合したような、対峙するだけで心臓を握りつぶされそうなプレッシャーを放つ、体長50メートルを超える怪幻だった。

 巨大な鱗と鋭い牙、執念の炎ですべてを焼き尽くすような瞳を持つ化け物だった。


 俺は途中で意識を失ったから詳細は知らないが、封印には成功したと聞いている。

 ただ、倒しきることはできなかったらしい。


 爺さんが言っていた。

 恋愛などにうつつを抜かさずきちんと修行を積んでいれば、後れを取ることなどなかっただろうに、と。


「親父が怪幻に殺されずに済んだってのは、爺さんの『そうであってほしい』って願望もあるかもしれねえけど」


 勘当していても、血のつながった親子。

 親父が死んだことは、少なくない苦しみを爺さんの心に刻み付けたらしい。


 だから、孫の俺には厳しい修行を課した。

 息子の忘れ形見だけは失いたくなかったからなのか、それとも桜守の血筋を少しでも多く残すためなのか。


 本音がどちらなのかはわからないが、俺は呪術師になることを期待されて育てられた。

 幸運なことに――あるいは不幸かもしれないが――父親譲りの才能が俺にはあった。

 桜守家始まって以来の天才だ、と言われたこともある。

 普段は仏頂面の爺さんが、珍しく喜色一面の笑みを浮かべていたのを、よく覚えている。


「呪術師をやめたいなんて言ったら、爺さんブチギレるだろうなぁ」


 怪幻を野放しにしておけば、甚大な被害が及ぶ。

 だからそれを祓える呪術師は、無くてはならない職業なんだ。

 爺さんの言い分がわからないほど、俺はもう子どもじゃない。


 けれど、やっぱり。


「もうちょっとくらい、贅沢な暮らしがしたいよな」


 桜守の家を正式に背負うことになれば話は別なのかもしれないが、あいにく俺は木っ端の構成員。

 当主は叔父で、叔父には息子もいる。

 俺が桜守当主になるのはよっぽどの惨事があったときだ。


 桜守の血を引いているからと厄介な案件を回される割に報酬は他の下級構成員とまったく同じ。雀の涙。俺の涙はちょちょ切れ寸前である。


 どうにかして副収入を得られれば、と思うが、呪術師としての活動は減らせない。他に手は回らない。


 何かいい手は無いものか。

 そう、考えていた時だった。


「キャアァァァァァ!」


 霧の深い森の向こうから、甲高い悲鳴が聞こえた。


「人の悲鳴!? どうしてこんな山奥に!?」


 俺は悲鳴がした方へと駆け出した。

 夜の闇に包まれた、木々の枝葉が揺れる中を全速力で走る。霧の吸い付いた衣服が、ぴたりと肌に吸い付く。じっとりした水気が、背中の粟立つ不快感を運んできている。


 しばらくして、俺は開けた場所に出た。

 村落だ。

 まるで生活感の無い、静かな廃村が目の前に広がっている。

 田畑も道も木造の家すらも、すべてが荒廃し、長い年月の経過したとわかる集落の跡だ。


 だが、人の気配はあった。

 背筋が凍り付くような濃密な瘴気のすぐ近くに、スマホの液晶のような光が、廃屋の隙間からこぼれている。


 だからとっさに駆け寄って――、

 祓い札に呪力を込めて、祓魔ふつまの力を解き放った。


 青白い光が、肉体の無い鎧武者の怪異の横腹を打ち抜いて弾き飛ばした。

 怪幻『夜叉の鎧』が民家の木壁をぶち破り、真っ黒な霧になって消滅する。


「大丈夫です、か?」


 祓った怪幻が今回の目標だったことと、確かに祓ったことを確認してから、俺はようやく女性に顔を向けた。

 女性は小汚い家屋の、掘り炬燵ごたつに身を隠していた。


 色白い足の稜線を晒す無防備なミニスカートと対照的に、腕は手首まで、ピンクのドクロがプリントされた袖で隠している。

 目を大きく見せ、鮮烈な紅を唇に引いた彼女の手には配信用の高性能カメラが握られていた。


「助けてくださりありがとうございます! アタシは卯月アリスと言います! お兄さん! いまのいったいなに!? あ、配信中だけど大丈夫?」

「は?」


 それが彼女、チャンネル登録者数300万人を誇る大人気配信者卯月アリスとの出会い。


「アリスの不思議な国へようこそ! お茶会をたのしんでいってね!」


 そして、後に彼女のメインチャンネルを上回る大人気サブチャンネル、『呪術配信』の始まりだった。

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