第13話 下級生「昨日の配信見ました!」

 月曜日に吉埜さんに豊川の屋敷に呼び出され、火曜日に呪術配信第二回に参加した翌日の水曜日の昼休みのこと。


「ふむ」


 京都伏見の天然水を手慰みにしながら、俺は思案を巡らせていた。

 考える内容とはつまり、術式の転用だ。


(スプレーのノズルに術式か……考えたこと無かったな)


 古来、式神の依り代は和紙に限定しなかった。

 木彫り人形や石器、布などに術式を刻み、怪幻との戦闘に用いたという記録は残っている。

 しかし今日に至るまでの過程でその使い手はほとんどいなくなった。


 理由は単純。

 木彫りや石器は術式を刻むのが難しい。

 その点和紙は吸水性が強いので、呪力を混ぜた水で簡単に術式を刻印できる。

 布は型を切り抜いた場合に糸がほつれないようにかがり縫いをするのが一般的で、その分和紙製の式神より手間が多いからという理由で廃れた。


(例えば呪力を貯える術式を埋め込んだテーピングを拳に巻いておけば怪幻退治も楽に……いやはらい札も消費しないとだしなぁ)


 金は天下の回り物とは言うが、こと金烏門きんうもんにおいては基本的に金烏門きんうもん内で金銭が循環している。

 俺が討伐依頼を達成するための道具は道具担当の構成員が制作しており、彼らは俺たち戦闘員が金を落とさなければ商売あがったりである。


(ただでさえ俺が封印器具をケチってるから、早く封印器具買えるようになれって言われてんだよな)


 意味するところはもっと金を落としていけということだが、俺が学生なのは向こうもわかっていることなので強くは言ってこない。

 言ってはこないが、圧は感じる。


はらい札はなぁ、作成に呪力操作が必須で機械化できないし、技術の伝承ができなくなると困るのは未来の呪術師だけじゃないしなぁ)


 俺たちが金を落とさなければ後継者の育成もままならない。

 現に、いまはらい札作りを勉強しているという二つ下の干支烏えとからすの長男くんは俺以上に少ない賃金で労働させられていると聞く。


 ごめんな、素の呪力でも雑魚怪幻程度なら倒せる天才で。

 1依頼につき1枚は消費するようにしてるから許してくれよな。


(うーん。術式込みのスプレー、呪力の消費はともかく制作に時間が掛かるからなぁ、量産は難しいだろうなぁ)


 楽に稼げればと思ったが、そうはいかなそうだ。


(まあ今後は配信収益が財源として期待できるし、せこせこ物売って稼ぐなんて手段にこだわる必要もないか)


 明日、場合によっては今日から怪幻討伐が再開されることもあり、昼寝しようと思った。


「ほら! やっぱりあの人だよ!」

「えーうそー! マジじゃん!」

「桜守先輩ー、こんにちはー」


 廊下の方から声がした。

 きゃぴきゃぴした声だなぁ、早くどこか行かないかなと思っていると、なぜか俺の名前を呼んでいる。


「キャー! 目が合っちゃったー!」

「えー、やばー!」

「あ、あの! 昨日の配信見ました!」


 ぼんやりと、卯月アリスが言っていたことを思い出していた。


(ああ、あいつ人気配信者って、マジなんだな)


 個人勢の配信者ではトップクラスで有名とは聞いていたが、正直大げさに言ってるのかと思っていた。

 けど実際に、電子の海を隔てた向こうの視聴者と現実で対面して、言葉の通りだったんだなぁと実感する。


「え!? 桜守って本当に卯月アリスの配信に出てた桜守なのか⁉」

「てっきり人違いかと思ったぞ!?」


 廊下の女子たちの声掛けにクラスメイトが数人反応して、俺を見る。


(やべえ、なんか面倒なことになってきたな)


 あれはまだ小学生のころ。

 呪力というズルを覚えた俺は、体育でちょっとしたヒーローだった。

 惣司がチームメイトにいれば勝ち、惣司を敵にすれば負け。

 そんな戦国時代で言う雑賀衆さいかしゅうみたいなポジションが俺だった。


 ちなみに雑賀衆さいかしゅう金烏門きんうもんの人間が実際に関与していたらしい。

 ご先祖様たちはいったい何をやっていたんだ。

 と思いもするが戦国時代は天皇の力が弱まり戦国大名が力を強めていた時代なので、どうにかその流れを変えようとしていたらしい。

 そんなだから織田信長でさえ雑賀衆さいかしゅうを恐れたと現代にまで伝わっている。


 話はそれたが、要するにだ。


「桜守! お前がいれば全国優勝だって夢じゃない! 俺らと一緒に青春しようぜ!」


 俺の身体能力が露呈すると、たいていこうなる。


「えー! ダメですよ桜守先輩! そんな泥臭いことやってる暇があったら、うちらのアイデアを商品化してくださいっ!」

「昨日の配信で速乾性の術式について言及してたじゃないですか? それで考えたんですけど、コットンガーゼに保湿の術式を書けないかなって」

「お肌もちもちになったら絶対売れると思うんです!」


 そっちのパターンは初めてだな。

 コットンガーゼの保湿は可能だけど、それってガーゼが化粧液ためやすくなるだけでは?

 肌の方にも乗りやすくなるのか?

 よくわからん。


「何を!? 桜守! お前の武器は人並外れた身体能力だ! その才能を捨てるなんてもったいないぞ!」

「桜守先輩! 桜守先輩にしか作れない商品、この意味がわかりますか!? 価格決定権が桜守先輩の手中ってことですよ! がっぽがっぽですよ!」

「ぬう! 桜守! 全国優勝の栄誉は金では買えん! やはり俺たちと全国を目指そう!」

「怪幻討伐のための活動資金にもなりますよ!? お金で買えない青春よりお金で買える安全の方が素敵だと思いませんか!?」


 こいつら正気か?

 化け物と戦ってる相手と積極的にかかわろうとか、危機管理能力があまりに欠如してないか?


 何度でも言ってやるが、呪術師は関わるものではないのだ。

 首までずぶずぶに漬け込まれた俺が言うんだから間違いない。


 ということで、俺の返しは決まっている。


「人違いじゃないですかね」


 他人の空似ということにしてしまう作戦である。

 地球には自分のそっくりさんが3人はいるとか5人いるとか言われている。

 俺も呪術配信の桜守惣司とは別人ということにしてこの場を乗り切ろう。


「あー! この声やっぱり桜守先輩が桜守さんだって!」

「うちも思ったー」

「だよねだよね!」


 ええ……?

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