第8話 第一回『呪術配信』

「みんなー、卯月アリスのお茶会にようこそー!」


・アリスちゃんこんにちわー

・来たよー

・さっそくサブチャン登録したよ!

・呪術専門の配信チャンネルwwwうはー夢が広がりんぐ

・呪術の専門家から呪術のいろはを教えてもらえるってマ!?

・わくわく


「はい! みんながコメントで言ってる通り、このチャンネルでは呪術師の桜守さくらもり惣司そうじさんに呪術の専門的な話を聞くことになるよ!」

「呪術師の桜守です」

「桜守くんには過去に二回、化け物から助けてもらってるの! 呪術師ってのはみんなああいう化け物と戦ってるの?」


 アリスが聞けばコメント欄に「気になってた」、「日本に桜守さんみたいな人がいっぱいいるの?」といった内容が書き込まれる。


「呪術師もいろいろかな。俺みたいに前線で怪幻と戦ってるやつもいれば、はらい札を作ってくれてる人もいる。不穏な噂が世間に広まったときにそれが噂なのか怪幻の仕業なのか調査する人もいる」

「あ、結構幅広いんだね! それでカイゲン? ってどんな漢字を書くの?」

「怪異の怪に幻。人の世ならざる化け物を総称してこう呼んでる」

「怪奇現象の略じゃなかったんだね……ちなみに、アーカイブ勢で怪幻がわからないって人はメインチャンネルの伊勢散策回を視聴してね!」


・心臓に悪いからもう見れないwww

・グロ注意

・よかった、桜守さんが例外だったんだね!

・あんな人外じみた動き出来る人間が何人もいてたまるか!

・凄い身体能力だったけどなんかスポーツやってた?


 ものすごい勢いで流れていくコメントをアリスが眺めていた。

 その内の一つが目に入り、桜守の方に顔を向ける。


「気になるコメントあった! 桜守くんはスポーツ経験ある?」

「トレイルランニングなら」

「山道走るやつだ! やっぱあの身体能力はそういう経験から?」

「いや、身体能力は呪力の応用。例えば……そうだな」


 桜守が地面に転がったコンクリート片を手に取る。

 サイズはラグビーボールほどで、形もアーモンド形に近かった。


「この石を拳で割るとする」


 彼の拳が配信用カメラのフレームレートを超えて、座標がズレる。それと同時に破砕音が鳴り響き、コンクリート片が木っ端みじんに砕け散る。


・ファーwww

・コンクリート片を素手で砕きやがったw

・これが……呪力……っ!


「まず、これが呪力無しの拳打」


・え

・ちょ

・素の身体能力だったの?

・結構ぎっしり詰まったコンクリート片だったろwww

・ふ、風化してたんやろ……

・空手家がコンクリートブロックを真っ二つにするのは見たことあるけど、木っ端みじんは草


 桜守が先ほどより大きい、コンクリート片を片手に、先ほどとは異なる構えで拳に力を籠める。


「そしてこれが、呪力有りの拳打」


 腕から闇色の稲妻がほとばしる。

 握った拳がコンクリート片に衝突する、した、その刹那――


・え、は?

・消滅したwwwwwwww

・なんじゃそりゃwww

・×木っ端微塵 ○粉微塵

・これが、呪術師の底力……!


「とまあ、いまは呪力がほとんど底をついてるから全力の1パーも出せてないけど」


・え?

・待ってw

・いまので超省エネ攻撃かよwww


「呪力をうまく使うことが身体能力の向上につながるってのがわかったと思う」


・ここで視聴者のあなたはアイデアロールです

・分かったら精神に不調をきたすやつw

・こんなん笑うわ

・世界大会の記録がことごとく塗り替えられるwww


 アリスが目を輝かせて、両手を顔の前で指をピンと伸ばして突き合わせる。


「すっごーい! ねえねえ! アタシにもできる?」

「理論上は。呪力は誰でも持ってるし」

「本当!? どうやってするの?」


・え!?

・俺もこんな威力のパンチ繰り出せるの?

・ワイサッカー部、必殺技に昇華させられると聞いて

・俺も使いてぇ!


 アリスがコメント欄を示して、視聴者も楽しみにしてるよ、と桜守に伝える。

 すると彼は首筋をかいて、気まずそうな顔をした。


「こう、腹に意識向けて」

「うんうん」

「そこに呪力があるから」

「うん?」

「それを、グッと移動させてズガガンって解き放つ」

「待って待って何ひとつ追いつけない」


・説明雑すぎんか?

・ワロタw

・桜守さん感覚派かー


「あー、まあ、あれだ。門外不出の技術だからあんまり理論的に説明できないんだ」

「そ、そういうことなんだね」


 嘘である。

 この男、当時5才、父親が怪幻と戦うシーンを見るだけで呪力の扱い方を習得した。

 桜守に引き取られ、いざ呪力を扱う鍛錬をしようとなったときには呪力を体中にいきわたらせることが可能なほどに熟練の呪力コントロールができていた。


 つまり、人から教えられたことがない。


 呼吸や発声と同じだ。

 生来できる事をできない人に伝えるのは非常に難しい。

 あるいはできたとして、それを専門用語無しに、どれだけ正確に伝えられるだろうか。

 あるいは血の巡回路を正確に説明できたとして、特定の細胞に酸素を移動させる技能をどう伝えればいいのか。


 実際、生涯呪術と向き合って、最後まで呪力を扱えない人間も存在する。

 そういう人は多くの場合和紙を作ったり、古来は伝令役、現代ではDX化の任を請け負ったりしている。

 それくらい、呪力を扱うのは難しいことなのだ。


「ねえねえ! いま門外不出って言ってたけど、呪術師って桜守しかいないってこと?」

「いや、他にもある。ここでいう門ってのは、もっと組織的な呪術機関のこと」


・ほう

・呪術機関とな


「くわしく」

「それは無理」

「検証班、カモン!」


 アリスの呼びかけを鶴の一声に、視聴者のうちでも陰謀論に自信のある層が活発的に議論を展開し始めた。


・表に出せない組織

・秘密結社のイルミナティとか?

・日本なら『八咫烏』じゃね?

・確かに、桜って日本のイメージ強いし


「詮索しない方がいいと思うぞ」


・はい

・ごめんなさい

・もう二度としません


 実は考察班、結構真実に肉薄していた。

 日本の秘密結社『八咫烏』は金烏門きんうもんの一側面として確かに存在している。


 例えば八咫烏の三本の足はそれぞれ天・地・人を表すと言われているが、これはそのまま呪術の三大名家である雉、菊桜守・・を意味している。


「ぐ、一瞬でアタシのリスナーを制圧するとは……恐るべし呪術」

「使ってないが」

「そうだ! 呪術と言えば! 廃工場の怪幻を討伐するときに真っ暗闇が広がったあれって何!? 確か心象、なんだっけ」

「心象呪法。心という形而上学で物理学を上塗りする、高等技術に分類される呪術だな」


 心象呪法を発動すると、すべての物理法則が精神世界の規則に従うようになる。

 クーロン力の無い世界。

 あるいは運動エネルギーと位置エネルギーの総和が不定の世界。

 その他にも相対性理論の成り立たない世界や、三次元的な移動が不可能になった時間軸だけの世界。

 自分が心で望む世界が心象呪法により展開できる。


「ほうほう、一握りの天才ってやつだね?」

「いや、一握りの天才はせいぜい呪力を自在に扱える呪術師。心象呪法はその中でもごく一部の人間しか使えない」


 惣司が桜守始まって以来の天才だと叫ばれているゆえんの一つである。

 もちろん、過去を振り返れば心象呪法の使い手はいる。

 彼の奥の手は他に残されている。


「桜守くんって、やっぱり呪術機関でも特別すごい人だったりする?」


 アリスがおずおずと問いかける。

 コメント欄も、重役だろうという予想が大半。

 残りもあえて逆を張ると言った様子で、直感的には重役であると予想している人間がほぼ10割だ。

 桜守が三大名家の一つであることを考えれば、それらの予想はあながち間違っていない。


「いや、下っ端構成員」


・なんでぇ!?

・ファーーーwww

・嘘だろ!?

・マジかよw

・冗談だったのに当たってしまった……

・下っ端!?

・なんでだよwww

・桜守さんよりすごい人がいるのか

・日本の未来は安泰だなwww


 その後も実力と評価の噛み合わないツッコミどころ満載の第一回『呪術配信』は盛り上がり続けた。

 一時間ほど続けて最終的な視聴者は約15万人。

 サブチャンネルに切り替える前にメインチャンネルで60万人近くの同接を記録していたことからすれば大幅減ではある。

 それでも普段の配信以上の視聴者が、開設わずか1時間のサブチャンネルになだれ込んでいた。


「それじゃみんなー! 本日はアリスのお茶会に参加してくれてありがとうねー! また次のお茶会にも必ず参加してねっ!」


 またねーと元気よく手を振って、アリスが配信を停止する。


「じゃあ桜守くん! 収益化の申請は大体1週間からひと月くらいかかると思うんだけど」

「けど?」


 桜守はいぶかしんだ。

 逆接のあとにどんな話が続くのかと身構えた。


「そ、その! これから先も、いろいろ話し合わないとだめだと思うし」

「そうだな」


 取り分の話だろうか、取り分の話だろうな。

 そんなことを考えている。


「だから、あのね!」


 アリスの顔が、耳まで真っ赤に染まる。


「ア、アタシと、連絡先を交換してくださいっ!」

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