第29話 叛逆

「やめんかぁ!」


 呪力を込めた拳で叔父を殴り飛ばそうとした俺を、引き留める腕があった。

 誰の腕だ?

 いまにも朽ちてしまいそうなほどしわがれているのに、不思議と力強い、骨太の腕だ。

 爺さんだ。


「邪魔すんなよ、老いぼれが」

「ぐ……っ」


 だから、呪力を衝撃波に変換して、弾き飛ばした。


「どうやって俺の呪術から逃れたのかと思えば、お前の仕業か、『壊狗えく』」


 則宗さんが叔父に仕掛けた口封じの術式を破壊するために呼び出した式神。

 そいつが爺さんに仕掛けた拘束の術式を解いたんだ。


(式神には俺の意にそぐわない行為をしないように術式を仕込んであるのに、どうして)


 俺を止めることが最善だと判断した?

 そんなはずない。


 式神と、弾き飛ばした爺さんを視認するために反らしていた首から上を、再び叔父へと向ける。


 こいつは親父とおふくろの仇だ。

 そんなやつが、反省もせずに、のうのうと生きている。


 生かしておけない、こいつだけは。


 たとえ天が許し、地が受け入れようとも、俺の手で必ず葬り去る。


「時間稼ぎのつもりか? 馬鹿が。この場にいる呪術師の誰一人、俺を止められねえよ」


 式神に使った呪力を回収し、「壊狗えく」をただの和紙へと逆変換する。


 俺が放った術式を解くには俺の呪力が必要だ。

 俺以外の呪力では解けないように作ってある。

 これで、今度こそ、邪魔者は消えた。


「……惣司。お前は天才じゃ。呪術の秘奥、心象呪法を使いこなし、一見であらゆる術式を解読する。確かにわしらの誰一人、お前にはかなうまい。だがな、お前が何を不得手とするか、知らぬわしではないぞ」


 這いつくばる爺さんに蔑視を向ける。


「ほざけ。年老いたあんたに何ができる」

「お前が怪幻に堕ちるのを防ぐくらいは成し遂げて見せるッ!」


 爺さんが立ち上がり、印を結ぶ。

 九字印で言う、「烈」の印のような形だ。

 左手の人差し指を右手で握り、胸の前に構えている。


(まさか、心象呪法――)


 使えたのか!? 爺さんも!

 まずい、それを使わせるわけには……っ!


「喝ッ!」


 ビリビリとした空気が俺の肌を突き抜けた。


(違っ、これは、ただの猫だまし!)


「わしは惣司のように心象呪法など使えんよ」


 味な真似を……!


「それと、間違うなよ。わしが放ったのは、ただ呪力を込めた猫だましではないぞ」

「何を言って――くっ」


 刹那、背筋が粟立つ危険を察知して、思い切り横方向へと飛びのいた。

 先ほどまで俺が立っていた場所を見れば、黒い、不定形の、高さ2メートルほどある泥の塊のような化け物が拳を振り抜いている。


(あれは確か干支烏えとからすの後輩が使う、呪霊)


 拘束しているはずなのに、何故。

 その答えは明白。


「させませんよ、惣司さん。あなたにはまだ呪術師でいてもらわないと俺が困るんです」


 拘束が、解けていた。


 俺より年の若い、何度か現場に連れて行ったことのある干支烏のせがれ。

 彼が俺へと立ちはだかっている。


「止めさせてもらうぞ惣司ィ! 穿天燕せんてんえんッ! ぬわぁっ⁉」


 背後から迫っていた、別の呪術師の掌底突きを、手首をつかんで放り投げる。


 周囲を見れば、影を剥離はくりさせていた他の呪術師たちの拘束も解けている。


「爺さん、何をした」

「言っただろう。お前の得手不得手は把握している。呪力量が人並外れて多いお前は、代わりに呪力の質の見極めが甘い」


 ……俺は、廃工場で領域へ潜入した際、アリスにた渡した式神の呪力の残滓を俺のものだと見抜けず、怪幻のものだと思い違いをしている。


「奇縁だがの、呪力の波長合わせはわしの滅法得意とするところ。呪力波長にあそびを持たせたお前の呪力を模倣するなど、造作もないッ!」


 つまるところ、爺さんは俺に成りすまして術式へ干渉し、解除したんだ。

 現代風に言うならセキュリティの甘い電子機器へ不正アクセスしてプログラムを破壊したようなもの。


「惣司、この場にいる誰一人、お前に敵わないと言ったな」


 金烏門きんうもんの有力呪術師たちが、俺を取り囲うように構えている。

 接近戦を得意とする者、後方支援を得意とする者、それぞれが、自身の得意な間合いで陣を敷いている。


「なめるなッ! この場にいる全員が、お前を外道に堕とさせやしない! 結束の力を、甘く見るなッ!」


 ……なるほどね。

 確かに、こう数が多いと、面倒だ。


 とりわけ干支烏には怪幻との戦闘経験豊富な呪術師が多い。

 より正確に言えば、怪幻討伐の功績を認められたものが干支烏として認められる。

 呪力を使う相手との戦いにも慣れたもので、俺がやりたいことの出鼻がくじかれる。

 思うように行動させてもらえない。


「結束の力、ねぇ」


 そういう割には、一人、意図的に拘束を解かずにいるみたいだが?


「俺だって、孤軍で奮闘しているわけじゃないぜ? 多分」


 だから俺は、彼に仕掛けた拘束の術式を解除した。

 瞬間、俺へ無数に飛び交っていた呪術が霧散する。


 やっぱりな。


「この展開も、あなたの想定通りですか? 則宗さん」

「当然だ」


 この人は俺に桜守当主を殺させようとしている。

 それがわかっていたから拘束を解かなかったんだろ、爺さん。


「まくるぞ、惣司」


 この状況を想定していた上で、則宗さんは干支烏を含めてこの場に重役を召集した。

 この人は金烏門きんうもんをつぶすつもりだぞ。

 抗えるものなら抗ってみろよ。

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