35話。真ヴァリトラとの対決
「兄様、王城から巨大な瘴気が噴き上がっています。これは……王都を覆うほどの勢いです」
「なんだって?」
僕はドラゴンと化したティニーの背に乗って、王都を目指していた。
すでに魔物の軍勢には撤退命令を下していたが、守護竜ヴァリトラが姿を見せた方が、民たちは安心できるだろうという配慮からだった。
それにもう今後、ヴァリトラは王国を守らないということも、民たちに直接伝えようと思っている。
ティニーはそもそも伝説の守護竜ヴァリトラではないのだから。
彼女の善意に、これまでエルファシア王国は甘え過ぎていたのだ。
「瘴気って。アンデッドモンスターが撒き散らす、デバフ効果を与えるオーラだろう? まさか王都に大量のアンデッドが出現したのか!?」
ティニーの配下の魔物に、アンデッドは含まれていない。
アンデッドとは、死体に魔法で仮染めの生命を吹き込んだモンスターだ。彼らは邪な魔法使いによって生み出され、戦いの道具にされる。
「瘴気の発生源は……ま、まさかドラゴンゾンビですか?」
ティニーが上擦った声を上げた。
その瞬間、轟音と共に王城を内側から突き破って、黒いドラゴンが姿を見せた。
はるか先からも、その姿が見えるほどの巨大で禍々しい姿だ。しかも、その身体は醜悪に腐敗し、骨がところどころ覗いている。
最強種である竜をアンデッド化させた最凶最悪のモンスター・ドラゴンソンビだった。
「王城からあんな化け物が!? ティニー、魔物たちに命じて、みんなを避難させるんだ!」
「はい、兄様」
王城には、ルーシーをはじめ大勢の人たちがいる。あんな化け物の近くにいたら、いつ殺されてもおかしくない。
それにティニーと僕が全力で戦うためにも、人々を避難させる必要があった。
『マイス様、大変です。巨大なドラゴンゾンビが!』
その時、ルーシーから魔法通信が入った。僕が持つ水晶玉に、ルーシーの姿が映る。
「こちらからも見えている。ルーシー、いますぐ逃げるんだ!」
『いえ、わたくしの指揮下には王女近衛騎士(プリンセス・ガード)だけでなく、元ヴァリトラ教団の者たちもおります。教団の中には、アンデッドを浄化できる神聖魔法の使い手もおりますわ。わたくしは王女として王都の民たちを救うべく、彼らを指揮して戦います!』
ルーシーは決然と言い放った。気高い姿ではあるが、いかせん相手が悪すぎる。
「我が名は、ヴァリトラ。あっ、ああああああ、腹が減ったぁああああ。乾く、乾くうぅううう!」
『きゃあああああああッ!?』
ドラゴンゾンビは咆哮を上げると、めちゃくちゃに暴れ出した。500年の歴史を誇る王城が、あっという間に瓦礫の山と化し、人々と魔物の悲鳴が阿鼻叫喚となって響く。
アンデッドは生者の魂をむさぼり食うという。強烈な飢餓感に身を焼くドラゴンソンビは、大量の犠牲者を必要としているようだった。
「ルーシー、大丈夫か!?」
ルーシーとの魔法通信がノイズと共に途絶えた。通信用の魔導具が壊れたのかも知れない。
もはや、一刻の猶予も無かった。すぐに助けに向かわなくては。それにしても……
「我が名はヴァリトラだって? まさか、あれが本物の守護竜ヴァリトラなんてことは……」
「有り得る話ですね兄様。パラケルススは晩年、不老不死の研究のためにアンデッドを作り出していたという逸話があります」
だとしたら生半可な攻撃では倒せないだろう。
だが、ルーシーたちを巻き添えにしてしまうため、ティニーのドラゴンブレスで消し飛ばす、という訳にはいかない。
「……よし、強襲して頭を叩き潰すんだ」
「はい、兄様」
ティニーは一気に加速して、疾風怒涛の勢いでドラゴンゾンビに突っ込んだ。
「ああっ、守護竜ヴァリトラ様だ! ヴァリトラ様が来てくださったぞ!」
「やはりヴァリトラ様こそ、我らが守護神! ヴァリトラ様を信仰し続けた我らは間違っていなかった!」
ティニーの姿を見た王都の人々が、手を振って喝采した。
特に元ヴァリトラ教団の者たちの熱狂ぶりは、異様なほどだった。
「漆黒のドラゴン? お、お前がティニー、我が名を騙った偽のヴァリトラかぁ?」
ドラゴンゾンビ──真ヴァリトラが、深い闇を湛えた眼窩で僕たちを睨んだ。
「失礼ですね。別に騙ってなどいません。みんなが勝手に私をそう呼んだだけです」
「お、お前を殺して、死体を持ち帰れとの創造主のオーダーだ」
真ヴァリトラがドラゴンブレスを放つ構えを取った。膨大な黒い魔力が、乱杭歯の並ぶ口腔に収斂されていく。
「させるか。穿て【魔槍レヴァンティン】!」
僕は魔槍を真ヴァリトラの頭に向かって投げ放った。
音さえ置き去りにして、一直線に飛翔した魔槍が真ヴァリトラの脳天を穿つ。
「ごぁああああああッ!?」
「ありがとうございます。兄様!」
そこにティニーが突っ込んでいって、力任せに真ヴァリトラの頭を蹴り潰した。
「あなたが本物ヴァリトラだろうと。私と兄様にかなう道理がありません」
人々と魔物の大喝采が、王城に轟き渡った。
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