36話。弟との最後の対決
「やってくれたなぁああああッ!?」
「むっ!?」
頭を潰された真ヴァリトラが、かぎ爪のついた巨腕をデタラメに振り回す。
ティニーは慌てて上空へと羽ばたいて、距離を取った。
「脳を破壊されても身体を動かせるのか……ッ!?」
「通常のアンデッドであれば、これで動きを止めるハズですが……さすがは伝説のドラゴンですね」
視覚を失ったために、真ヴァリトラは見当違いの方向を攻撃していた。その度に、王城の崩壊が加速していく。
「マイス様、援護いたします。はぁああああッ!【聖光矢(ホーリー・アロー)】!」
凛々しいルーシーの声と共に、神聖魔法の輝きが雨あられとなって真ヴァリトラに降り注ぐいだ。
ルーシーが指揮する王女近衛騎士団と、元ヴァリトラ教団の司祭たちが神聖魔法を次々に撃ち込んでいた。
「ルーシー、無事だったのか。よかった!」
「はい。未来の妻として、マイス様と共に戦わせてくださいぃいい!」
大ピンチだというのに、中庭に姿を見せたルーシーの声は弾んでいた。
「未来の妻……?」
なぜか、ティニーはむっとした様子だった。
「みなさん、敵はわたくしたちが見えていません。マイス様の作ってくださった攻撃の大チャンスです。撃って、撃って、撃ちまくってください!」
「はっ、姫様!」
「うぉおおおおッ、ヴァリトラ様の敵に天誅だぁああ!」
近衛騎士団と元ヴァリトラ教団らが勢いづく。
「これは……大して効いてはいないようです」
ティニーが指摘するように、真ヴァリトラの身体に無数の穴が開くが、それが嘘のような再生速度で塞がっていく。
そればかりか、醜悪に蠢く肉と骨が伸びて、真ヴァリトラの頭部までが復元されていった。
「すごい不死性だ……!」
僕は舌を巻いた。
さすがは大錬金術師パラケルススの最高傑作といったところか。
これでは、生半可な攻撃をいくら加えても無意味だ。
「ルーシー、みんな下がれ! やっぱり、コイツは僕とティニーだけで相手をする。ティニー、みんなの撤退が完了したと同時に、最大威力のドラゴン・ブレスだ!」
再生しつつあった真ヴァリトラの頭蓋骨を、僕は魔槍を投げ放って再度、粉砕した。
頭さ潰せば、ドラゴンの最大の武器であるブレスの発射が阻止できる。
「了解です。魔物たちも、みんな下がりなさい」
「はっ! みんな撤退ゴブ!」
「下がるぞ、オーク!」
ゴブリンやオークたちも加勢しようとしていたが、ティニーの命令を受けて下がっていく。
「わ、わかりましたわ。マイス様! みんなさん撤退です!」
「ヒャッハー! そうはいくかよ。兄貴ぃいいいいい!」
突如、白い人影が中庭に飛び出してきた。
ソイツは、ルーシーの身体を背後から掴んで拘束する。阻止せんとした近衛騎士団は、あっさり突破されて唖然とする。
「なんと!? 姫様!」
「きゃぁああ!? ア、アルフレッド様!? い、いったい何を!?」
それはドス黒い瘴気を身にまとったアルフレッドだった。弟は憎悪に顔を醜く歪めて、言い放つ。
「本物の守護竜ヴァリトラは俺様の下僕だぁ! 俺様はパラケルススの災厄の遺産を手に入れたんだぁあああ!」
「なんだって!?」
聞き捨てならない言葉に、僕はアルフレッドを睨み据える。
「アヒャヒャヒャ! 形勢逆転だな兄貴ぃいいいい! 高いところから俺様を見下ろしやがって、俺様の方がずっと優れていることを証明してやるぜぇええッ!」
アルフレッドが手をかざすと、膨大な瘴気が噴射されて真ヴァリトラを包む。すると、真ヴァリトラの頭部が一気に再生した。
「なにぃいい!?」
「さあっ、兄貴をやれぇええ! ドラゴンゾンビ、真ヴァリトラァアアアア!」
「承知したぁ」
真ヴァリトラの口腔より、闇より深い漆黒のブレスが発射された。
ティニーが急加速してかわすが、わずかにブレスがかすった腕が焼けただれる。
「うっ!?」
「大丈夫か、ティニー!?」
僕は振り落とされないようにしがみつきつつ、エリクサーをティニーの腕に振りかけた。
だが、ティニーの腕はエリクサーでも浄化しきれない高濃度の呪いに汚染されてしまったようで、出血が止まらない。
「すげぇえええッ! これが本物のヴァリトラの力だ!」
「おおっ、誠かアルフレッド!? 本物の守護竜ヴァリトラ様を手に入れたと……?」
瓦礫の山から命からがら這い出してきたのは、粉塵まみれの父上だった。父上は喜びいさんで、アルフレッドに駆け寄る。
「やはり、お前はワシの誇りだぁあああッ! この強大なドラゴンゾンビを意のままに動かせれば、敵などいない! 我がウィンザー公爵家の栄光はやはり不滅だ!」
「はぁあ? うるせぇよ父上……俺様を切り捨てようとした癖に、調子の良いことほざいてんじゃねぇ!」
「ぎゃぁああああッ!」
だが、アルフレッドは舌打ちと同時に、父上の右手を掴んでへし折った。
父上は悲鳴を上げてのたうち回る。
「なぁっ……兄様、気をつけてください。あれはアルフレッドではありません。あれはレイス、人間がアンデッド化しものです」
「や、やっぱりか……だとしたらアルフレッドは」
ティニーの指摘に、僕は生唾を飲み込んだ。
今のアルフレッドから底冷えするような異様な恐怖を感じ取っていた。
おそらくアルフレッドを殺して、魔法でアンデッド化させた者がいるのだ。
魔法使いによって無理矢理、肉体から魂を引き剥がされ、幽体として使役される存在がレイスだ。
「ヒャッハー! すげぇ! 力が無限に溢れてくるぜぇ! この力さえあれば、何でも思いのままだ! ルーシーを手に入れて国王になることも、兄貴に復讐することだって、できるぜぇえええ!」
アルフレッドは欲望に身を委ねて、叫んでいる。アンデッドになってまで、国王になりたいというのか?
「い、痛い! 助けてくださいマイス様ぁああッ!」
ルーシーが悲痛な声を出した。アルフレッドに掴まれた彼女の腕が、強烈な瘴気に当てられて爛れていた。
「なんだぁ。俺様は本物のヴァリトラを──パラケルススの力を手に入れたんだぜぇ。なのに、まだ兄貴の方が良いってのかよルーシー!」
「当然です。あなたなど所詮、私利私欲のために力を振り回している駄々っ子ではないですか!?」
「なにぃいいいい! このクソアマ姫が……俺様に逆らうとどうなるか、思い知らせてやるぜぇえええ!」
アルフレッドが、ルーシーの頬を叩こうとした。
「やめろアルフレッド! 僕に復讐したいというなら、僕と一対一で戦え!」
僕はティニーの背から飛び降りて、アルフレッドに決闘を挑んだ。
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