32話。王城が暴走した魔物の軍勢に襲われる
【国王視点】
「陛下、ミルディン帝国へ侵攻するための50万の軍の配備が完了しました。国境にて陛下の号令を待っております」
「うむ」
謁見の間にやってきたウィンザー公爵の報告に余は重々しく頷いた。
ついについに、余は悲願であったミルディン帝国の制圧に乗り出したのだ。武者震いが止まらぬぞ。
ミルディン帝国は三ヶ月ほど前、我が国に攻撃を仕掛けてきたが、無様にも守護竜ヴァリトラ様によって返り討ちにされおった。帝国が、その打撃から立ち直っておらぬ今こそ攻め時である。
「くくくっ。守護竜ヴァリトラ様によって守られた我がエルファシア王国こそ世界最強の国家。ミルディン帝国など、すでに過去の遺物であるぞ!」
「まさにその通りでございます。ミルディン帝国を打倒すれば、我が国に太刀打ちできる勢力はなく、すべての国家が陛下の軍門に下ることでありましょう!」
気炎を上げるウィンザー公爵に、余の気分は最高潮に達した。
だが、ひとつ気がかりがある。
「しかし、ウィンザー公爵よ。ルーシーがマイスに入れ込むあまり、ヴァリトラ様が守護していたのはマイスだったなどというデマを撒き散らしておるのは、由々しきことであるぞ。このままでは兵の士気に関わる。早急になんとかいたせ!」
「はっ。申し訳ございません陛下。ヴァリトラ教団の解散といったこともあり、そのデマを信じる者が増えておりますが……沈静化させるべく、全力を尽くしております」
ウィンザー公爵は額の汗をハンカチでぬぐった。
ルーシーはアルフレッドと婚約させられたことに腹を立て、民や貴族たち相手に真実とやらを盛大に吹聴しているようじゃった。
しかも、アルフレッドをベオグラードの街を焼き滅ぼそうとした大罪人として断罪し、引き回しているらしい。
なにも、そこまでせんでも……
まさか愛娘にこのように背かれるとは、実に頭の痛い問題であるぞ。
今はミルディン帝国との決戦を控えた大事な時期であると、第一王女たるあの娘は理解しておるのか?
「ふんッ。まあ良い。戦争に勝利し、莫大な富と領土を手に入れれば何が真実であるのか、ルーシーに踊らされた愚か者どもも理解するであろう」
「はっ。その際には、ぜひ我がウィンザー公爵家の領地の加増を……!」
ウィンザー公爵は厚かましくも言い放った。
こやつの息子のマイスとアルフレッドのせいで、余の世界征服が滞っておるというのに……
一喝してやろうとした時、爆音と共に王城に激震が走った。
「な、何事であるか!?」
余は危うく王座から転がり落ちそうになった。
さらに地を揺らすような野蛮な雄叫びが響いてきた。
「これは、まさか魔物の叫び声!?」
「一大事であります国王陛下! 飛竜に乗ったゴブリン、オーク、リザードマンの混成軍団が王城に攻撃をしかけてきました。その数、およそ30万! 空を黒く埋め尽くす大軍です!」
謁見の間に駆け込んできた近衛騎士が、恐るべき報告をした。
「バ、バカな!? 魔物の大軍じゃと!? 奴らはヴァリトラ様によって支配され、決して我らには牙を剥かなくなったハズ!?」
「陛下! と、とにかく王城の守りを固めねばなりません。兵を集結させるのだ!」
ウィンザー公爵が泡を食って叫ぶ。
「恐れながら! 兵のほとんどは戦のために国境沿いにおり、今から呼び戻すとしても、とても間に合いません!」
「守護竜ヴァリトラ様はどうしたのだ!? ここ最近、お姿をお見せになっていないと聞いていたが……」
「ぬぅっ、まさかルーシーが、ヴァリトラ様のお世話を怠ったため、ヴァリトラ様がお怒りになられたのではあるまいか!?」
ルーシーの代わりとなる娘たちを急遽集め、ヴァリトラ様への貢ぎ物を続けたが、なぜかヴァリトラ様は住処に戻っていないとの知らせを受けていた。
世話役をこちらの都合で変えてしまったために、ヴァリトラ様は機嫌を悪くされたのやも知れぬ。
「そ、それが……魔物どもは正気の沙汰とは思えぬことを申しております!」
近衛騎士は直立不動の姿勢を取った。その顔は緊張でこわばっている。
「なんじゃ? もったいぶらずに話すが良い。もしや、奴らはなにか要求してきておるのか?」
交渉の余地があるなら相手の望むモノを与えるか、用意する素振りを見せて、この場を乗り切らねば……
「はっ! 魔物どもは【至高にして至大であられるお方】マイス様を辺境に追放し、あまつさえそのお命を奪おうとしたエルファシア王国の愚か者どもに正義の鉄槌を下すと……ッ!」
「な、なんじゃと!? 魔物どもが言う【至高にして至大であられるお方】とは、ヴァリトラ様を生み出した大錬金術師パラケルススのことであろう!?」
余は憤然と立ち上がった。
魔物どもの言い分は、巷を騒がすルーシーが流したデマそのものではないか。
「まさか、魔物どもまでそんなデマを鵜呑みにしたのか!? バカな! い、いったいヴァリトラ様はどこに行ってしまわれたのだ! おのお方さえおられれば……」
我が国が窮地に陥れば、すぐさま現れて敵を蹴散らしてくれたのがヴァリトラ様じゃった。
それがなぜ、魔物どもを統率してくださらぬのだ? 奴らに好き放題させておられるのだ?
余は嫌な予感がした。
「まさか王城の襲撃を命じたのはヴァリトラ様であるなどということは……」
「陛下、まさか、そんなことは!?」
ウィンザー公爵も顔面蒼白となっている。
ヴァリトラ様は配下のゴブリンキングにヴァリトラ教団の壊滅を命じたというし、有りえぬことでは無かった。
しかし、なぜ、あのお方は、ここまでお怒りになっておられるのだ? 皆目わからぬ。
「お父様、ヴァリトラ様は現在、マイス様と共に辺境のベオグラードにいらっしゃいますわ!」
謁見の間に凛とした美声が響き渡る。入室してきたのは、余の娘ルーシーだった。
「ルーシー、戻って来ていたのか!? 未だにそのような世迷い言を!」
「世迷い言ではありません、お父様。今すぐマイス様に魔法通信で連絡を取り、魔物たちを退かせていただかなくては、取り返しのつかない被害が出てしまいます」
ルーシーが背後に視線を投げると、縄をかけられたアルフレッドが王女近衛騎士団(プリンセスガード)に引き立てられてきた。
「彼が証人です。アルフレッド様、ベオグラードで見たことをここで話してください。守護竜ヴァリトラ様の正体は、4年前に黒死病で亡くなったと思われたティニー・ウィンザー。わたくしの友であり、あなたの姉で間違いありませんわよね?」
「そ、そうだ! ヴァリトラ様の正体は死んだと思っていたティニーの姉貴だった! 姉貴はマイスの兄貴をドラゴンとなって、ずっと守り続けていたんだ!」
アルフレッドが破れかぶれといった様子で叫んだ。
「な、なんじゃと……それでは、まさか追放を言い渡した際、マイスが言っていたことは誠であったと?」
「はい、お父様。わたくしの護衛である王女近衛騎士団、全員が証言いたします。アルフレッド様はベオグラードを、傭兵を雇って滅ぼそうとしましたが、マイス様と守護竜ヴァリトラ様……いえ、ティニーによって返り討ちにされて、今、このような醜態をさらしているのです」
王女近衛騎士団の面々が頷いた。
余は背筋が凍る思いだった。
だとするなら……余は取り返しのつかない過ちを犯したことになるではないか。
「そ、そんなバカな……! ティニーは山に捨てたハズだ。生きていることなど……」
ウィンザー公爵が手を震わせていた。
「ウィンザー公爵様。あなたが見捨てたティニーをマイス様は、そのスキル【創世錬金術(ジェネシス・アルケミー)】によってお救いになられたのです。もっともスキルが暴走し、ティニーは神話級の怪物と化してしまったようですが……しかし、彼女は人の心は失わず、マイス様を守り続けていたのですわ」
愕然とする余に、ルーシーは続けた。
「マイス様がヴァリトラ様の元に密かに通っていたのは、ティニーを再び人の姿に戻すためです。その念願は叶い、お二人は今、辺境で仲睦まじく暮らしています。ウィンザー公爵様、あなたが見捨てた娘が、あなたが欠陥品だと見切りをつけた息子が、この国に平和と繁栄をもたらしていたのですわ!」
ルーシーの一喝が、落雷のように余とウィンザー公爵を打ちのめした。
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