31話。フェンリル族の女王に奴隷にして欲しいと言われる
「勝負はついた。降参するんだ!」
2本の魔槍が僕の両手に戻って来る。
最大威力で放ったので、2本とも込められた魔力が激減していた。今と同じ威力の攻撃ができるのは、あと一回が限度だ。
神獣ルナの急所を狙って畳み掛ければ勝負がつくだろうが、女王を殺したとなれば逆上した獣人たちが暴れだす恐れがある。
なにより敵の総大将とはいえ、女の子を殺すのは気が引けた。
だから僕は、ことさら居丈高に降伏を呼びかけた。
「兄様、散らばった爪に高濃度の魔力反応です!」
「やるなマイス! 楽しいのだぁ!」
神獣ルナは歓喜と共に跳ね起きた。
「なら遠慮はしないのだ【神狩りの紅焔】!」
突如、周囲に散らばった神獣ルナの爪から炎が噴き上がって、僕を押し包んだ。
天まで届き、天まで焼き尽くさんとするかのような猛烈な炎だ。
「【アイギスの盾】!」
僕は地面に伏せながら【無限倉庫】から【アイギスの盾】を呼び出した。
ティニーは助言と同時に、僕に【無限倉庫】の管理者権限を渡してくれた。これで僕は自由にアイテムを出現させることができる。
「ふはははははッ! かつて神をも焼き殺したと伝えらえるフェンリルの魔炎だ!」
「おおおおおおッ。これぞ神代の究極魔法!」
勝利を確信した獣人たちが爆発的な歓声を上げる。
「ああっ!? 奴隷にしようと思っていたのに、やり過ぎてしまったのだ!」
神獣ルナも僕が消し炭になったと思ったようだ。
だが、【アイギスの盾】で身体を覆ったおかげで、熱によるダメージは99%シャットアウトできていた。肌を焼く痛みに悲鳴を上げそうになるが、反撃のためにギリギリこらえる。
爆炎の猛威が過ぎ去って、視界が開けた刹那……
「穿て【魔槍レヴァンティン】!」
完全に油断しきった神獣ルナの脳天に、僕は魔槍を投擲した。
無論、殺さないように穂先の反対側である石突を向けてだ。
「なにぃいい!? 生きているだと!?」
獣人たちが驚愕の叫びを上げる。
「ぎゃぅううううッ!?」
神獣ルナは超音速で飛来した魔槍に頭を叩かれて、ひっくり返った。
その身体が急激に縮んで、気絶した獣人の少女となる。
ほっ。な、なんとか無力化できたか……
今のでダメなら、殺すしかないところだった。
「危なかったですね兄様。さすがに肝が冷えました」
僕を心配したティニーが駆け寄ってきた。
「ああっ……本当に危なかった【アイギスの盾】が、一撃でダメになるなんてな」
僕の身を守ってくれた【アイギスの盾】は全魔力を消費し尽くした上に、熱で融解しかかっていた。
神獣ルナは、想像以上の強敵だった。おそらくヴァリトラと化したティニーに近い戦闘力を持っているだろう。
ルナが自信満々なのも納得だった。
「これで勝負ありですね。兄様の完全勝利です。今よりあなた方は、兄様に絶対服従する奴隷です。まだ何か言いたいことがあるなら、今度は私がお相手しますが?」
「まさか……神をも屠ったと伝えられる神獣フェンリルが!?」
獣人たちは、信じられないといった様子でワナワナと震えていた。
やがて重臣と思わしき男が、地面に手をついて平伏した。他の獣人たちも、一斉にそれにならう。
「【影の魔王】マイス様。数々の暴言、お許しくだされ。我らとルナ女王の命を保証してくださるなら、我らはあなた様に全面的に従います」
「もちろん、命は保証す……」
僕が承諾するより先に、ティニーが口を挟んだ。
「甘いです。命の保証? そんなモノはあり得ません。絶対服従とは、兄様に生殺与奪の権利を渡すということ。兄様が死ねと命じたら死ぬ。それが誓えないなら、フェンリル族に生きる資格はありません」
「はぁ!?」
どうやら妹は、フェンリル族にかなり腹を立てているようだ。
その苛烈な物言いにフェンリル族たちは圧倒され、絶望の色を浮かべている。
「ちょっとティニー、それじゃまとまる話もまとまらなくなるでしょうが!?」
「彼らは兄様の善意を踏みにじり、兄様に戦いを挑んできました。なら、これくらいは当然の要求です」
「そっ、そ、それは……なにとぞ、お許しくだされ」
フェンリル族の重臣は額を地面に擦り付けて、必死に謝罪する。
「マ、マイスは強いんだな。ルナは驚いたぞ! 約束通り、ルナはマイスの奴隷になるのだ!」
もう回復したルナが跳ね起きて、僕に抱き着いてきた。
幼く無邪気な顔とは真逆の豊かな胸を押し付けられて、心拍数が跳ね上がってしまう。
「いや、ルナとは友達になりたいから、奴隷になんてするつもりはないぞ。もちろん、フェンリル族たちすべてもそうだ」
「おおっ!」
僕の一言に、フェンリル族たちは顔を希望に輝かせた。
「兄様に抱き着くなんて、うらやま……不埒なマネを、離れてください!」
ティニーがルナの首根っこを捕まえて、僕から強引に引きはがす。
「友達? 友達ってなんだ? 友達になっても、ちゃんとルナのことを抱いてくれるなら良いのだ!」
「えっ?」
「フェンリル族の掟で、女王は自分を負かした強いオスの子供を産まなければならないのだ。その……ルナはまだ子供で男を知らないから。マイス、やさしくしてくれると、うれしいのだ!」
ルナは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、爆弾発言を放った。
「ル、ルナ女王と【影の魔王】マイス様の婚姻となれば、強大な力を持った御子が生まれましょう!」
「そうなれば、我らの平和と繁栄はまさに盤石!」
フェンリル族たちがここぞとばかりに、ルナを後押しする。
「……なんですか、ソレは。この私の目が黒いうちは、そんなことは絶対に許しません。あなたたち、死にたいのですか?」
ティニーからドス黒い怒りのオーラが立ち上った。
思わず僕まで息を呑んでしまいそうなくらいの恐ろしさだ。
「ちょ、ちょっと待って。僕はエルファシアのルーシー王女にも求婚されていて、だから結婚とかは!?」
「マイスの子供が産めるなら、ルナは愛人でも良いのだ! 英雄色を好むことくらい知っているのだ!」
「いや。ダメでしょ、そんなの!?」
とんでもない美少女からのトンデモ発言に、僕は心底うろたえた。
だが、ここで対応を誤るとティニーとフェンリル族の間で、血で血を洗う抗争が始まってしまうかも知れない。
「と、とにかく決闘の勝利者として、ルナとフェンリル族には僕の友人となってもらうことをお願いする。話は以上だ。子作りとか、愛人とか、そういうのは一切無し! ティニーもそれで良いね!?」
「……むっ。兄様がそうおっしゃるのであれば」
ティニーは不満げではあったものの頷いた。
「あなたたち、身の程をわきまえなければ、兄様の代わりに私が鉄槌を下します。良いですね?」
「はぃいいいい! 心得ましてございます。ヴァリトラ様!」
フェンリル族たちは、平身低頭となった。
「そ、それよりも。さっき砕け散った爪を媒介に魔法を使っていたよね? もしかして神獣になったルナの爪は本体から離れても、魔力を宿し続けるのか?」
僕は話題を強引に変えることにした。
なにより僕の考えが正しければ、神獣ルナの爪は錬金術の素材として、これ以上ない最高のものだ。
「そうなのだ! だから、砕け散った爪からも魔法を放てるのだ。これがルナの切り札なのだ! えっへん!」
「本当か!? だとすると、ルナの爪からこれまでにない究極の武器が作れるぞ!」
これはさっそく試してみないとな。
僕の錬金術師としての血が騒ぎ始めた。
「ルナの爪がマイスの役に立つのなら、うれしいのだ! だからマイス、ルナと子作りをして欲しいのだ!」
「それはしないと言ったでしょう!?」
「あなた、兄様の話を聞いていたんですか?」
はしゃぐルナの首を、ティニーがグイグイ締める。
「ぐはっ! す、すごい力なのだティニー! さすがはマイスの妹なのだ」
「肉体言語で語り合うのがお好きなら、いつでも話し合いに応じます」
「それはうれしいのだが、ちょっと息が苦しいのだぁああ!」
「ルナ女王を力で上回るとは、やはり守護竜ヴァリトラ、恐るべし!」
その様を見たフェンリル族たちが顔を真っ青にしていた。
話がこじれないうちに、この場は解散した方が良さそうだ。
「フェンリル族、君たちとルナ女王の安全は、僕がちゃんと保証する。とりあえず、軍を率いて帰ってくれ」
「はっ! ご命令、しかと賜りました。我らは、これよりマイス様に忠誠を捧げます!」
「ルナは帰らないぞ。マイスがルナのことを抱いてくれるまで、マイスの側で暮らすのだ!」
ティニーと押し合いへし合いしているルナが叫ぶ。
僕は苦笑いした。
ここはフェンリル族との関係も考慮して、承諾しておくべきだろう。
「……まあ、友達として一緒に暮らすなら良いか」
「うん! 友達ってよくわからないけど、ルナはティニーとも友達になりたいのだ! ティニーとなら全力で遊べそうなのだ!」
「むっ。あくまで友達なら、私も構いませんが……」
もしかするとルナは強すぎて、対等に遊べる相手がいなかったのかもな。
うれしそうなルナを見て、ふと、そんなことを思った。だから、友達という存在が理解できなかったのかも知れない。
それはティニーも同じようで憮然としてはいるが、まんざらでも無さそうだった。
ティニーも超常の存在と化してしまったために、信仰の対象となるか、恐れられるかの関係しか他者と結べなくなっていた。
ルナとならティニーも対等な関係を結べるだろう。それは兄として喜ばしいことだ。
その時、馬に乗った騎士団長が、ものすごい形相でやってきた。
街の防衛を命じていたハズなのに、何事だろうか?
「ご領主様、大変でございます。王都から緊急事態を知らせる魔法通信が入っておりますぞ!」
「緊急事態?」
「はっ! 暴走した魔物の大軍が、王宮をめちゃくちゃに破壊して手がつけらず……マイス様にお助けいただきたいと、国王陛下が泣いて懇願してきております!」
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