30話。獣人の女王から決闘を申し込まれる

「大軍で擁して兄様の領地を侵略しようとは、不届き千万です。この私が捻り潰します」


 僕の背後でユニコーンにまたがるティニーが、凄まじい怒りを放った。

 空気すらビリビリと震撼させる竜王の威圧に触れて、獣人たちが一斉に足を止める。


「ちょっ!? よせティニー!」

「お前がヴァリトラだな!? すごい闘気だな。かっこいいぞ!」


 そんな中、フェンリル族の女王ルナだけは目を輝かせて喜んでいた。


「だけど、ルナはお前じゃなくて、300万の魔物の頂点に立つという【影の魔王】と語り合いに来たのだ! 引っ込んでいるのだ!」

「引っ込んでいろ……? 誰に物を言っているのですか?」


 ルナは単なる怖い物知らずではなく、おそらくティニーと戦って勝てる自信があるのだろう。

 だとしたら、やはり3万の獣人軍団との対決は避けるべきだ。圧倒的な数の暴力の前に、街の防衛に手が回らず壊滅的な被害が出る。


「【影の魔王】というのは、僕のことだな? 話し合いは望むところだが……なぜこれほどの軍勢を引き連れて来たんだ?」


 僕はルナに慎重に語りかけた。


「決まっているぞ! 【影の魔王】と一対一で決闘するためなのだ!」

「はっ?」

「戦闘民族フェンリル族にとって話し合いとは、肉体言語で語り合うことなのだ! 死力を尽くした闘いの果てでしか、真にお互いを理解し合うことはできないのだ!」

「え、えーと、つまりは僕が決闘から逃げられないようにするために、この軍勢が必要だったと?」

「その通りなのだぁ! 断ればお前の配下、一族郎党は皆殺しなのだ!」


 ルナは超絶幸せそうな笑顔を浮かべた。


「そして、決闘に負けた方は勝った方の奴隷になるのがフェンリル族の掟なのだ! どんな命令でも絶対に従わなくちゃならないんだぞ!」

「いや、僕はフェンリル族との友好を望んでいるのであって、支配したりされてりすることは望んでいないのだけど」

「知らないのだ! ルナはお前が作ったチョコレートが、とっても、とっても気に入ったぞ! だから、絶対に奴隷にしたくてやってきたのだ!」


ある程度のカルチャーギャップは予想していたが、まるで話が通じないことがわかった。


「お前の配下のサイクロップスも、肉体言語で語り合って、みんな奴隷にしてやったのだ!」


 ルナが背後を指差すと、街の防衛を命じていた3体のサイクロップスたちが、全身をボコボコに殴られて地面に倒れていた。


「お前たち、頑丈で気に入ったのだ! これから毎日、ルナと遊ぶのだ! 肉体言語で語り合うのだ!」

「ご、ごかんべん!」

「助けてください。【影の魔王】様!」


 ルナの無邪気な声を聞いたサイクロップスたちは涙目になっていた。

 彼女の遊びに付き合わされたら、命がいくつあっても足りないだろう。


「【影の魔王】マイスよ。ルナ女王の挑戦を受けられい! 断るのなら戦争だ!」


 フェンリル族の重臣と思わしき獣人が叫んだ。


「戦争だぁあああああ!」


 他の獣人たちも拳を振り上げて唱和する。3万の軍勢が張り上げる声が、大地を揺るがすほどに響き渡った。

「ふははははははッ!【影の魔王】と言えど、しょせんはひ弱な人間の錬金術師! ルナ女王の敵ではないわぁあああ!」

「ヴァリトラの影に隠れているだけの貴様に、戦闘民族フェンリル族の女王と戦う勇気があるか!?」


 なるほど。僕が錬金術師であることを知って、僕との決闘ならまず負けないと踏んでこんな脅しをしてきたのだな。

 ティニーと戦う羽目になれば、フェンリル族にもどれだけの犠牲者が出るかわからないからな。


「……黙って聞いていれば、兄様を奴隷にする? ひ弱な人間の錬金術師? ……万死に値する暴言です。戦争を望むというのなら、受けて立ちます。3万程度の獣人など、30分で全滅です」


 ティニーから放たれる殺気に、周囲の気温が一気に氷点下にまで下がったかのような錯覚を覚えた。

 調子に乗って僕を挑発していた獣人たちは、恐怖のあまりルナを除いて絶句している。


「だから駄目だって!? ここに来る時、話したでしょうが。これだけの数と戦えば、ベオグラードの街に確実に被害が出るだろう?」

「むっ……! では、私が兄様の代わりにルナと決闘します」

「ルナが奴隷にしたいのは【影の魔王】なのだ。ヴァリトラとは、その後で遊んでやるのだ!」


 ルナは傲慢に胸を反らして僕を指名する。


「僕は【影の魔王】じゃなくて、マイスだ。こっちは、妹のティニー。お互いを理解し合いたいのなら、まずは名前で呼んでくれないか?」

「おおっ! わかったのだマイス。じゃあ、さっそく決闘するのだ! どれだけスゴイのか、ワクワクするのだ!」


 待ちきれないとばかりに叫ぶルナの身体が、光に包まれて膨張する。あっという間に、ルナは僕を丸呑みにできそうなほど巨大な白銀の狼と姿を変えた。

 この身も心も押しつぶされそうな威圧感は、ヴァリトラと化したティニーに匹敵した。


「神獣フェンリル──これぞ我らが神のお姿であるぞぉおおおッ!」


 獣人たちが恍惚とした表情で叫んだ。

 どうやら女王ルナのこの姿は、彼らにとって信仰の対象であるらしい。


「この姿──神獣形態で闘うのは久しぶりなのだ。楽しませて欲しいのだ!」


 咆哮を上げるルナ。思わずひれ伏してしまいそうな恐怖が全身を支配するが、妹の前でカッコ悪いところは見せられない。心を強くもってかろうじて堪える。


「兄様、この敵は……おそらく神話級のモンスターです」


 ティニーが警告を発した。ルナの強さを彼女も肌で感じ取ったらしい。

 神話級のモンスターとは、世界各地の神話や伝承にその名を刻む存在だ。太古から存在している彼らは、失われた神代の魔法を身に宿しているという。


 なら、こちらも手加減は無しだ。


「ルナ、決闘を受けて立つぞ。ティニー【魔槍レヴァンティン】を2本出してくれ! 最初から全開だ」

「はい、兄様!」


 同時に神獣ルナが大地を蹴って肉薄してきた。

 おそらく人間など跡形もなく粉砕してしまうであろう一撃が、衝撃波を伴いながら迫る。


「はぁああああああッ!」


 アルフレッドを倒して、もう一本、試作品の魔槍を手に入れていたことが幸いした。

 僕はティニーが出現させてくれた【魔槍レヴァンティン】を2本同時に投げ放った。


「ぬぎゃあッ!?」


 それは神獣ルナの両前足を刺し貫き、鉤爪を砕いた。血を撒き散らして、神獣ルナが大地を転がっていく。


「なにぃいいいい!? 神獣フェンリルの爪を砕いただと!?」


 獣人たちが、信じられないといった顔になった。


「当然です。兄様の造った武器に、私が魔力を込めたのですから。この魔槍の輝きは、すなわち私たちの愛の輝きです」


 ティニーが得意満面でドヤった。

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