10話。メイドを助けて錬金術工房を手に入れる

「新領主様が到着されましたぞぉおおお!」


 し~ん……


「この地の救世主となられるお方ですぞ! 開門!」


 騎士団長が領主の館の門前で叫ぶが、なんの返事もなかった。

 

「……むっ、兄様が遠路はるばるやってきたというのに、無礼ですね」


 ティニーが不満そうに頬を膨らませる。


「申し訳ござらん! 前領主様が病で亡くなってから、若いメイドがひとりで館を管理していたハズなのですが……はて?」

「もしかすると、そのメイドさんは黒死病で倒れているのかも知れません。ティニー、門をこじ開けてくれ!」

「はい」


 領主の館までやってくる間、街を出歩いている人をほとんど見かけなかった。

 聞けば黒死病を恐れて、ほとんどの者が街を見捨てて他所に引っ越すか、病にふせっているらしい。騎士団でさえ、病人の集まりという有り様だ。


「いや、ご領主様、それは無理でござるって……はぁ!?」

「てい」


 ティニーが門を小突くと、バン!と音を立てて、カンヌキが弾け飛んで門が開いた。

 

「し、失敬、ティニーお嬢様は守護竜ヴァリトラ様でしたな。人間のお姿でも、これほどの力をお持ちとは……」

「人間の形態では、筋力、魔力ともに100分の1ほどに低下しますが、この程度は造作もありません」


 騎士団長は、頼もしい限りですな。としきりに感心していた。

 しかし、これだけ大きな音がしたのに、館内から人が出てくる様子はない。やはり、メイドに何かあったのだろう。


「急いでメイドさんを捜しましょう。騎士団長は2階をお願いします。僕とティニーは1階を捜索だ」

「はい。お任せください、兄様」

「はっ! おい、エリスどこにおるかぁ!?」


 騎士団長は、すぐさま階段を駆け上がって行った。


「それにしても、この広い屋敷をひとりで維持していたのか……」


 屋敷内は清掃が行き届いていた。

 前領主の一族は別の土地に移り、使用人たちは全員、暇を出されたらしい。


 ここに残ったメイドは、給金も出ないのに屋敷をひとりで管理し続けるとは……よほど真面目な娘らしい。

 僕は感心してしまった。


「ティニー、メイドさんがどこにいるかわからないか?」

「……すみません。わかりません。屋敷内にはいないようです」


 ティニーがすまなそうに首を振った。彼女の人間離れた感覚でもわからないとなると……外出しているのかな?

 その時、鈴の音と共に三毛猫が姿を現した。

 首輪をしているところから、この屋敷で飼われているらしい。


「……えっ、兄様、この子が付いてきて欲しいと言っています」


 ティニーが真剣な表情で僕を見上げた。

 ドラゴンであるティニーは、動物とも意思疎通ができた。


「もしかして、メイドさんの元に案内してくれるのか?」

「そのようです。ママを助けて欲しいそうです」


 猫は庭に出て行くと、僕たちを振り返った。

 僕たちは猫の後を追いかける。

 するとトマト畑の前で、猫が立ち止まり大きく鳴いた。


「あっ、兄様、どうやらメイドはトマト畑の中で倒れているようです」 

「わかった。すぐに助けよう!」


 緑と赤のコントラストの美しいトマト畑の中を駆ける。

 すると、16歳くらいの少女がぐったりした様子で倒れていた。


「大丈夫ですか!?」


 僕は慌てて駆け寄る。

 少女の顔には黒死病の症状である黒い斑点が、いくつも浮かんでいた。かなり病状が進行しているようだった。

 もしかして、こんな状態で働いていたのか? 無茶だぞ。


「これを飲んでください!」


 少女を抱き起こして、エリクサーを口に注ぎ込む。

 

「……あっ、私は……? あ、あなた様は?」

「良かった。ギリギリ間に合ったみたいですね」


 少女から黒い斑点が急速に消えていくのを目の当たりにして、僕は安堵の息を吐いた。


「兄様はベオグラードの新領主ですよ」

「えっ、新領主のマイス・ウィンザー様!? ごっ、ごごご無礼いたしました!」


 跳ね起きた少女は、かしこまって頭を下げる。その顔は熟れたトマトのように真っ赤になっていた。


「私はベオグラードのご領主様に代々お仕えしてきた侍女のエリスと申します。歓迎の宴の準備をしていたところ、不覚にも倒れてしまい、お恥ずかしい限りです!」


 やっぱり、かなり生真面目な娘のようだ。僕を歓迎するために、ひとりで無理をしていたらしい。


「いえ、大事に至らなくて良かったです。この猫ちゃんのおかげですね」

「はい。この子が案内してくれたおかげで、すぐにあなたを見つけることができました。良かったです」


 猫は安心したように大きく鳴いて、エリスにすり寄った。


「まさか、ミーヤが? あっ……身体が嘘のように楽になっている!?」

 

 エリスは身体を見下ろして、目を白黒させる。


「今日はもう何もせずに、休んでください。歓迎の宴も明日以降で、大丈夫です」

「そんな。長旅でお疲れのご主人様をさしおいて休むことなどできません。すぐに、なにか疲れが取れるお食事をご用意いたします!」

「いえ、僕はすぐでもエリクサーを量産しなければなりませんので。お気遣いなく」

「え、エリクサー……!? 今の薬は、ま、まさか錬金術の奥義たるエリクサーだったのですか!?」

「兄様、エリスさんの言う通り長旅でお疲れではないですか? お仕事は、明日からになさった方が……」


 ティニーが心配そうに顔を曇らせた。


「そうだけど。まずは作れるだけエリクサーを作らないと、もうこの街は崩壊寸前だ」


 黒死病を発症した者は隔離されるハズだが、感染者が多すぎるためか、隔離措置も取られていないようだった。

 もはや一刻の猶予もない。


「わ、わかりました! ご主人様が働いておられるに、私だけ休んではおられません。屋敷の錬金術工房にご案内します! なにかご入用でしたら、なんなりと申し付けてください!」


 エリスは勢い込んで告げた。


「屋敷内に錬金術工房あったのですね。それは助かります。ですが、助手は妹のティニーがいますので……」

「いえ、ご主人様のような偉大な錬金術師がやってこられたのは、まさに神のおぼしめしです。まさか、こんな日が来るなんて……! この身がどうなろうと構いません。ぜひ、お手伝いさせてください!」

「……そこまでおっしゃるなら、わかりました」

「こ、こここ光栄です。ご主人様! それと、私はご主人様にご奉仕するメイドです。敬語など不要です。どうぞ、ご遠慮なくなんなりとご命令ください! この身も心もすべてご主人様に捧げます!」


 そう告げたエリスの顔はのぼせたように赤くなっていた。

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