11話。猫を聖獣に進化させる
エリスに案内されて、領主の館の古びた階段を降りると地下室に出た。
そこにはホコリまみれの旧式の錬金術の機材が、所狭しと並べられていた。
「ケホケホッ。どうやら、長期間、使われていなかった錬金術工房のようですね」
足を踏み入れると、ホコリが舞ってティニーが咳き込む。
「エリクサーの材料となる回復薬(ポーション)の数が足らないな……」
汚れた棚を見て、うめく。
この工房にはアイテムや素材の備蓄がほとんどされていないようだった。
「申し訳ございません。前領主様のご命令で、ここには決して入ってはならないということで、掃除をしておりませんでした!」
真っ青になったエリスが恐縮して頭を下げる。
「ま、まさかこんなヒドイ状態になっているとは、私はメイド失格です。申し訳ございません!」
「危険物が置いてある可能性があるから仕方がないね。まずは、工房の整備。次に素材集めが急務だな。やることはいっぱいあるぞ」
「えっ、ご主人様、罰として私を鞭で打ったりしないのですか……?」
キョトンとしたエリスに、僕は驚愕した。
「そんなことはしたりしないよ。まさか、前領主はそんなことを?」
「は、はい! 他のメイドもそういった扱いを受けていましたし、そ、それが当然かと?」
「それは間違いだ。もし、他にエリスをそんな風に扱う者がいたら、キツく注意するから言って欲しい」
僕は憤りを感じた。
貴族の中にはメイドを家畜か何かだと思っている者もいる。
「えっ!? は、はい。ありがとうございます。ご主人様! なんておやさしい……ッ!」
エリスは感激して、頭を下げた。
ティニーがなぜか、ジト目でエリスを睨む。
「こほん、エリスさん。いくら兄様が最高の男性だとしても、変なちょっかいは出さないでくださいね。この私が許しません」
「も、ももちろんです。ティニーお嬢様! 神にも等しいご主人様に私ごときが……恐れ多いことです!」
ふたりの言っている意味がよくわからなかったけど、時間が惜しいので、とにかく作業を開始しなくてはならない。
「よし。まずはティニー、掃除を頼むよ」
「はい、兄様。【無限倉庫】起動。風魔法【吸引】!」
ティニーが右手を振るうと同時に、手前に真空を作り出した。大気圧が発生して、ゴォオオオ!という音と共に、室内に猛風が吹く。
あらゆる物がティニーに向かって吸い込まれて行き、別次元に存在する倉庫に収納された。
ホコリまみれの室内が、塵一つ落ちていないガランとした空間に早変わりした。
「き、消えたぁ!?」
エリスは腰を抜かす。
僕とエリスは、ティニーの結界魔法によって守られ【吸引】魔法の効果を受けなかった。
「よいっしょ。このあたりでしょうか?」
「そうだね。ありがとう」
さらにティニーは【無限倉庫】から、最新型の錬金釜を取り出して、中央に設置する。
エリスは錬金釜が出現したのを目の当たりにして、さらなる衝撃に見舞われた。
「えっ!? い、一体、何が……? これは魔法ですか?」
「違うよ。僕が発明した無限の広さを持つ【無限倉庫】に、古い機材やゴミを収納して、新しい錬金釜を取り出したんだ」
「無限の広がりを持つ倉庫? そ、そそんな、夢みたいな魔導具は聞いたことがありません!」
「当然です。兄様が私のために造ってくれた、この世にひとつしかない世紀の大発明ですからね」
ティニーが、ふふっーんと、自慢気に胸をそらす。
「兄様はコレ以外にも、【魔槍レヴァンテイン】といったSSSランクの魔導具を発明しています。あと、外の厩には聖獣ユニコーンを繋いでおきましたので、お世話をよろしくお願いします」
「ウ、ウィンザー公爵家と言えば、大錬金術師パラケルスス様の末裔と名高い名門中の名門でございますが……マイス様のお力は、パラケルスス様をはるかに凌駕しているのでは?」
「そんなことはないよ。僕はまだまだ未熟者だ。僕にもっと腕があったら、ティニーを4年間もドラゴンのままにしておかなかったのに……」
なによりティニーを完全な人間に戻す方法については、まだ見当もついていなかった。
ティニーは門を一撃で壊すほどの人間離れたパワーを持っている。そんな力を制御しながら、ふつうの人間に混じって暮らすのは、かなり大変だろう。
下手をすれば、かわいがろうと抱きしめた猫を殺してしまうことだって有り得る。
妹にはふつうの生活をさせてやりたかった。
「気にしないでください。私は今、こうして兄様と一緒にいられるだけで幸せですから」
ティニーが愛おしそうに僕に寄り添ってくる。
そう言ってくれるのは、ありがたい。
「4年間もドラゴン……一体どういうことでしょうか?」
エリスが小首をかしげる。
「実は私の正体は守護竜ヴァリトラなのです」
「はぁ、ええええええっ!?」
「すぐに信じていただなくても結構です。いずれこの地のモンスターは、すべて私の支配下に入れますので。否が応でも信じることになると思います」
仰天するエリスに、ティニーは平然と告げた。
「ティニーはすでに、この街を襲っていた3体のサイクロプスを支配下に入れてしまったんだ」
「正確に申しますと、私の配下は、すなわち兄様の配下です。兄様こそ、この世のすべてを支配するにふさわしきお方です」
「いや、さすがにそれは無いと思うけど……」
僕は慌てて否定した。妹の言葉は冗談にしても大げさすぎる。
「そ、そんな。たびたび、この街を襲っていたあの危険なモンスターたちを!? さすがはご主人様です!」
そこにチリンチリンと鈴音を響かせて、先ほどの三毛猫がやって来た。
どうやら、エリスの様子が気になっているようだ。
三毛猫は僕を見上げると、お礼を言うかのように一声鳴いた。
「……この子はかなり、エリスに懐いているみたいだな」
僕が三毛猫を抱き上げると、あるイメージが頭に浮かんだ。
この三毛猫が僕のスキル【創世錬金術(ジェネシス・アルケミー)】によって、高次元の存在に進化した姿だ。
これならば、もしかすると……
「ティニー。この子に、黒死病をこの地から追い払うために協力してくれるよう、お願いしてみてくれないか?」
「どういうことでしょうか、兄様……?」
「黒死病の病原菌は、ネズミが媒介して広めているんだ。つまり、ネズミの天敵である猫を使えば、黒死病は根絶できる!」
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