28話。捕虜にした獣人を心服させる

「ひぃぎゃあああああッ! いっそ殺せぇええ!」


 ゴブリンの大規模集落に入ると、捕虜にした獣人の絶叫が聞こえてきた。


「おいティニー、情報を聞き出すようには言ったけど、あまり無体なことは……」

「大丈夫です兄様。私が考案した極めて紳士的な拷問方法【くすぐりの刑】を実行しているだけです。これにかかれば、どんな屈強な戦士でもたちどころに心が折れて情報を吐きます」


 ティニーが得意そうに告げる。

 確かに聞こえてくるのは、悲鳴というよりゲラゲラという笑い声だ。

 これなら捕虜を不当に傷つけることはないので、一安心か。


「これはマイス様、ヴァリトラ様、ようこそおいでくださいましたゴブ」


 ゴブリンキングがうやうやしく挨拶をしてくる。


「捕虜のところに案内してくれないか。話したいことがある」

「はっ、わかりましたゴブ」


 捕虜収容所に案内してもらうと、拘束されて羽毛で全身をコチョコチョされている犬獣人がいた。

 ……人道的かと思ったけど、これは実はかなり恐ろしい拷問なんじゃないか?


「街の襲撃を指示したボスの居場所は、まだ口にしないのか?」

「はっ、マイス様。ヴァリトラ様の考えられたこの世でもっとも惨たらしい拷問で責めたてておりますが、いっこうに口を割りませんゴブ。オレなら一秒も耐えられないゴブが……たいした男だゴブ」

「では仕方がありません。それなら次は【うさ耳の刑】です。このカワイイうさ耳カチューシャを装着して『ほうら、カワイイですよ~』と、かわいがってあげれば、誇り高き戦士あればあるほど心に傷を負って情報を吐きます」

「さすがはヴァリトラ様。戦士の誇りを地に落とす、血も涙もない拷問だゴブ!」


 うさ耳カチューシャを取り出して指示するティニーに、ゴブリンキングはタジタジになっていた。

 我が妹ながら、恐るべき拷問方法を考えつくものだ。

 犬獣人も顔色を失っていた。


「お、お前がヴァリトラか!? どのような責め苦を受けようとも、誇り高きフェンリル族の戦士である俺は、絶対に口を割ったりしないぞ!」

「では、一生消えないトラウマを刻みつけてやるだけです。ほうら、カワイイですよ~」

「やめろぉおおおおおおッ!」


 ティニーがうさ耳カチューシャを被せようとすると、犬獣人は全身をジタバタさせて全力で抵抗した。


「きさまぁ! この地を侵略するだけでなく、戦士の魂まで汚そうというのかぁあああッ!?」

「ティニー、ストップだ。少し誤解があるみたいです。僕はこの地の魔物たちとの友好を望んでいるのであって、あなた方を侵略しようとは考えていません」


 僕が制止すると、ティニーは寸前で手を止めてくれた。

獣人は僕たちを侵略者だと誤解して、先制攻撃を仕掛けてきた可能性に気づいたのだ。


「やはりお前が、ヴァリトラを支配しているという【影の魔王】か! う、嘘を付くな! ヴァリトラだけでなく、これだけの規模の魔物の軍勢を南下させておいて……この土地の支配を狙っているのだろう!?」

「兄様に対して、なんという口の効き方ですか? これは教育が必要ですね」

「やめろぉおおおおおおッ!?」


 ティニーがうさ耳カチューシャを再び取り付けようとすると、犬獣人は悲痛な声を上げて仰け反った。

 結構、かわいそうだった。


「よすんだティニー。ゴブリンやオークの大軍団がここにやってきたのは、あくまでベオグラードの街の防衛のためです。この地の魔物と戦争するためではないので、安心していただけないでしょうか?」


 大軍団の配置は、僕が知らない間に気を回したティニーが命令して行ったことだ。

 でも、考えてみれば30万近い魔物の大軍団がベオグラードの近くの森にいるのは、この土地の魔物にとって、無言の威圧に映るのかも知れない。


「ティニー、この地の魔物のボスと話がつくまで、いったん30万の大軍団は、エルファシア方面に下がらせてくれないか? これじゃ相手が怖がって交渉にならない」

「えっ。しかし、それはで、兄様の身の安全をお守りすることが難しくなります。万が一の場合に備えて、最低でも80万近い軍勢を待機させておきたいところなのですが……」

「いや、やり過ぎだって」


 そこまで大規模な軍勢を動かしたら、エルファシア王国と隣接する国家も魔物が戦争を仕掛けてくることを警戒するだろう。


「ヴァリトラ様、実は少々、お耳に入れたいことがありますゴブ」


 難色を示すティニーに、ゴブリンキングがなにやら耳打ちした。


「……なるほど。王宮を。わかりました。許可します」

「はっ、ありがたき幸せですゴブ!」


 うん? なんだろう……?


「兄様、わかりました。この地に呼び寄せた魔物の軍勢はいったん下がらせます。兄様の身は、私が片時も離れずお守りしますから、どうぞご安心ください」


 どうやらティニーはわかってくれたようだ。彼女は花が咲くような笑みを見せた。


「ありがとう。どうでしょうか? これで僕たちが戦争ではなく対話を望んでいることを理解してもらえたでしょうか?」

「むっ……30万の軍勢を下げてもらえるのは、大変ありがたい」


 犬獣人は憮然としつつも頷いた。


「しかし、【影の魔王】殿のおっしゃられる友好とは具体的にどのような関係を想定しておられるのだ? 奴隷を差し出せなどと要求されるのであれば、我ら誇り高きフェンリル族は決して屈せぬぞ」


 彼の目には拭い難い不信が宿っていた。獣人は人間に奴隷にされてきた歴史もあるので、致し方ないだろう。


「そんなことは考えていません。僕が望むのは交易です。この土地で採れる珍しい薬草や鉱物など、錬金術で使える素材を提供していただければ、僕も栄養価の高い食料などを提供します。例えば、このSSSランクのチョコレートとかですね」


 僕は懐から、錬金術で作った板チョコを取り出した。蕩けるような甘い匂いが捕虜収容所に広がる。


「そ、それはヴァリトラ様のみが口にすることを許された最上の食べ物だゴブ!?」

「おおっ、なんと。かぐわしい香りだぁ!」


 ゴブリンたちがざわめいた。


「まさか、兄様。そのSSSランクのチョコレートを私以外の者に差し出すのですか……?」


 ティニーが目の色を変える。

たかがチョコレートに大袈裟すぎないか?


「ティニーにはまた作ってあげるから! 尋問で疲れたでしょう。ひとつ、差し上げます」

「むっ……」


 犬獣人の口元にチョコレートを持っていくと、彼は我慢できないとばかりに齧り付いた。

 すると犬獣人は、くわっと目を見開いて、感動の雄叫びを上げる。


「うぉおおおッ!? うまあいぃいぞおおおおッ!」

「うっ、うらやましいです」


 ティニーは妬ましそうな顔をしていた。。


「しかも、腹が膨れる。活力が全身に満ちる!? こ、こんな食べ物を提供してくれるのか!?」

「そうです。いかがでしょうか?」


 犬獣人はしばらく考え込んだ後に、重々しく口を開いた。


「我らフェンリル族の女王の居場所については、決して教えられん。だが、このチョコレートなる食べ物を女王陛下に献上し、【影の魔王】殿との交易を考えていただくことはできる。それでいかがだろうか?」

「つまり、あなたを無償で解放しろと……?」


 ティニーの声がキツくなった。


「わかりました。それで構いません。ゴブリンキング、彼を解放してくれ」

「兄様、よろしいのですか? この者は兄様の領地を襲った大罪人です。もっともっと苦しめて尊厳を破壊し、己の愚かさを悔い改めさせなければ……」

「いや、そこまでしなくて良いって!」


 僕はティニーを慌ててたしなめた。

 

「ですが、もし次にベオグラードの街を襲うようなことがあったら、さすがにこの話は無くなると思ってください」


 友好関係が築けないのであれば、領主として僕は領民たちを守ることを優先する。その場合は、この地の魔物を力尽くで制圧するしかないだろう。


「わかった。女王様にそのようにお伝えしよう。俺がベオグラードの街を襲ったのは、偵察のためだった。かの街の新領主が【影の魔王】であり、サイクロップスたちを支配下に入れたのなら、その最終的な狙いは何なのか? 【影の魔王】の実力はいかほどなのか? 早急に調べる必要があったのだ」

「なるほど。その目的は達成できたという訳ですね」

「ああっ、【影の魔王】殿のお力と、懐の深さに感銘を受け申した。女王様もきっとご理解していただけるだろう」


 どうやら犬獣人は、僕のことを信用してくれたようだ。

 あとは彼の主、フェンリル族の女王が僕との交渉に乗ってくれるかどうかだな。

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