27話。【side:ルーシー】ルーシー王女、マイスと婚約するために民衆を煽る

【ルーシー王女視点】


 エルファシア王国を救うため、なにより愛するマイス様と再び婚約するため、わたくしができるもっとも有効な手段……それは王都への帰還の最中に、マイス様の偉大な功績を国中に知らしめることですわ。


 そうやって外堀を埋めてしまえば、あの頑迷なお父様も、さすがに考えをお改めになるでしょう。


「みなさんに重大なお知らせがあります。わたくしはエルファシア王国の王女ルーシー・エルファシアです!」


 交通の要所となっている都市の中央広場で、わたくしは凛と声を張り上げました。


 わたくしがここで演説をすることは、王女近衛騎士団(プリンセス・ガード)が前日に広めてくれていたので、大勢の人だかりができていました。

 今も一部の近衛騎士が、民衆にマイス様の功績を書いたビラ配りをしてくれています。そのビラを見た人々から、驚きの声が上がっていました。

 

 ふふふっ、マイス様のすばらしさにみなさん感銘を受けているようですわね。


「辺境のベオグラードで黒死病が流行し、いつこの地にも、この恐るべき流行病が押し寄せてくるかと、みなさんは戦々恐々としておられたことでしょう!」


 わたくしの呼びかけに、民衆は怯えた様子で頷きました。


「しかし、ご安心ください。わたくしの伴侶となられるマイス・ウィンザー様がエリクサーの大量生産に成功し、かつ黒死病の原因まで解明され、かの地の黒死病を撲滅されてしまったのです!」

「なんと王女殿下、誠でございますかぁ!?」


 わたくしの隣で素っ頓狂な声を出したのは、この地の領主であるグレイハム伯爵です。彼は恰幅の良い身体を揺らして、わたくしに詰め寄りました。


 耳を疑うような大偉業に、民衆は半信半疑のようです。戸惑ったようなどよめきが、響き渡ります。

 みなさんの不審を払拭するため、わたくしは優雅にエリクサーをグレイハム伯爵に差し出しました。


「本当ですわ。これがマイス様より頂戴したエリクサーです。どうぞ、この場にて【鑑定】してください」


 グレイハム伯爵はアイテムの価値や使い方を知ることのできるスキル【鑑定】を持っていることで有名です。

 だからこそ、グレイハム領を最初の演説の場に選び、彼にご足労いただいたのですわ。


「おおっ、この透き通るようなブルーは、まさにエリクサーの証! マイス・ウィンザー殿は聖獣ユニコーンを騎獣にしているとの噂も耳にしました。も、もし本当だとしたら、大錬金術師パラケルススの再来としか……【鑑定】!」


 声を震わせながら、グレイハム伯爵【鑑定】スキルを発動させました。


「こっ、こ、これは!? 間違いなくSSSランクのエリクサーです!」


 グレイハム伯爵の声に、固唾を呑んで見守っていた民衆から爆発的な歓喜が上がりました。


「王女様のおっしゃられたことは事実!? マイス様は黒死病に打ち勝ってしまった!」

「エリクサーが大量生産されれば、もう怪我や病気を恐れなくてすむぞ!」

「英雄マイス・ウィンザー様、バンザイ!」


 なによりグレイハム伯爵も興奮を隠せない様子でした。


「王女殿下! エリクサーの大量生産がなされれば、守護竜ヴァリトラ様に加えて、我が国は地上最強の軍事力を得ることに……! まさに世界征服も夢ではありませぬ!」

「さすがはグレイハム伯爵、すぐにその事にお気づきになられましたか。エリクサーが大量にあれば無敵の軍隊が組織できますわね。しかし残念ですが、お父様の愚かなる采配によって、我が国は世界征服どころか崩壊の危機にひんしているのです」


 わたくしは大仰な素振りで頭を振って、悲しみをアピールしました。


「なっ!? 王女殿下、それは一体どういう……?」


 グレイハム伯爵をはじめ、この場に集まった民たちは、唖然としてわたくしの言葉を待ちます。

 彼がしんと静まったタイミングを見計らって、わたくしは口を開きました。


「なんと、国王陛下はマイス様とわたくしの婚約を破棄し、あまつさえマイス様を辺境のベオグラードに追放してしまったのです! これがどれほどの国家的損失をもたらすか。ご聡明なグレイハム伯爵なら、おわかりいただけるでしょう?」

「そ、それはもちろん! 辺境などでは、せっかくのマイス様の偉大な才能を腐らせてしまいます! 誰が陛下にそのような讒言(ざんげん)を吹き込んだのですか!?」


 国王への批判は下手をすれば不敬罪に問われてしまうため、グレイハム伯爵は言葉を選びました。

 ふふふっ、狙い通りですわ。


「それはウィンザー公爵様ですわ。ウィンザー公爵様は次男アルフレッド様をかわいがるあまり依怙贔屓し、マイス様を正しく評価しなかったばかりか、アルフレッド様をわたくしの婚約者にしようと画策したのです。そのためにマイス様を亡き者にしようと、ウィンザー公爵家は傭兵団を雇ってベオグラードを襲撃したのですわ!」


 わたくしが指を鳴らすと、縄で縛られたアルフレッドが近衛騎士に引き立てられてきました。


「痛ぇじゃねぇか、もっと丁重に扱え、俺様は大貴族だぞぉおおおッ!」


 アルフレッドは不貞腐れて、近衛騎士に不満をぶつけています。

 まだご自分の立場が理解しきれていないようですわ。


「アルフレッド様、今のわたくしの演説を聞いておりましたわよね? 今、ここであなたの罪を告白し、懺悔なさってください。さもないと……国外追放どころでは済まなくなりますわよ」


 わたくしがとびっきりの笑顔を向けると、秘められた殺意を感じ取ったのかアルフレッドは顔を引きつらせました。


「ま、まさか、ルーシー王女。この俺様を殺そうとでも言うのか……?」

「まあ。マイス様の弟君にそんな大それたことはできませんわ。ただ、王都への護送中になにか事故が起きてしまう可能性があるかと」


 わたくしが合図を送ると、近衛騎士がアルフレッドの腕に毒針を刺しました。


「痛てぇ!? な、なにしやがるッ!?」

「ふふふっ、例えば、毒蛇に噛まれて不幸にもお亡くなりなってしまうとか? 無論、すぐに処置すれば大事には至りませんわ」

「ひっ! そっ、そそそうだ! 俺様は兄貴を亡き者にするために、ベオグラードを襲撃した!」


 アルフレッドは、さすがにわたくしの言葉の意味を理解してくれたようです。


「マイス様ほどの偉大な錬金術師に対して、なんて野郎だぁ!」

「仮にも兄弟だろ!? 人の心を持っていないのか!?」

「ソイツを処刑しろぉおおおおおッ!」


 民衆は怒りをあらわにしました。

 近衛騎士たちが彼らを抑えてくれていますが、中にはアルフレッドに飛びかかって来ようとした者もいたくらいです。


「な、なんだコイツら、大貴族の俺様に向かって!?」

「そして、なによりマイス様は守護竜ヴァリトラ様に愛されているのです。実はヴァリトラ様が守っていたのは、エルファシア王国ではなく、マイス様だったのです! その証拠にヴァリトラ様は今、マイス様のおられるベオグラードに居を移しています。アルフレッド様の凶行を阻止したのもヴァリトラ様です!」

「ルーシー王女、そ、それは、トンデモナイことですぞ! 誠でございますか!?」


 グレイハム伯爵は愕然として、わたくしに詰め寄りました。

 民衆もあまりのことに声を失っています。

 

「事実です。そうですわよね、アルフレッド様? あら、顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

「ぐっ……ほ、本当だ! だ、だから、ルーシー王女、早く解毒剤を……」


 アルフレッドの言葉の後半は、民衆から発せられた怒号によってかき消されました。


「おぉおおおおおおおッ!? まさか、そんなことが……!」

「ウィンザー公爵、おのれ許すまじ!」

「国王様はなんという愚行を!?」


 民衆は驚き、戸惑い、やがてその矛先はお父様にも向きました。

 当然です。守護竜ヴァリトラによって守られ栄えた我が国は、その庇護を失えば没落するのは目に見えているからです。


「すぐさまマイス殿の追放を取り消すように、国王陛下に言上しなくては! こうしてはおられませんぞ!」


 グレイハム伯爵が絶叫します。


「はい、もはや一刻の猶予もありません。お集まりのみなさんは、この事実をとにかく広め、王宮に声を届けてください。マイス様と守護竜ヴァリトラ様を失っては、王国は繁栄の道を失います。そればかりかヴァリトラ様の配下の300万の魔物たちが、いつ怒り狂って暴走し国を襲い出すか、わからない状態です」


 わたくしの訴えに、集まった人々は顔を青ざめさせました。


「グレイハム伯爵、マイス様の追放取り消しだけでは、事態は収拾できません。マイス様とわたくしの再度の婚約、そしてマイス様を次期、国王とすること。ここまで国王陛下が確約して、ようやく守護竜ヴァリトラ様もそのお怒りを鎮めるでしょう。ヴァリトラ様の世話役であるわたくしが言うのですから、間違いありません。繋がりのある貴族の方々にも声をかけ、みんなで力を合わせて、お父様に言上しましょう。この第一王女ルーシー・エルファシアが旗振り役となります!」

「はっ! ルーシー王女、わかりました。すべてはエルファシア王国のために!」


 やりましたわ。わたくしは内心、喝采を叫びました。

 民と貴族、両方から突き上げられては、いかに頑迷なお父様でも、わたくしとマイス様の婚約を認めざるを得ないでしょう。

 さて、これと同じことを、他の主要な都市でも行わなくては。忙しくなって来ましたわ。


「ルーシー王女、はやく解毒剤をぉおおおおおッ! い、意識が……」


 アルフレッドがぶくぶくと泡を吹いてぶっ倒れました。


「大袈裟ですわね。撃ち込んだのは、単なる睡眠薬ですのに」


 わたくしだけでなく、近衛騎士たちも呆れて肩をすくめていました。

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