25話。領地を襲った魔獣の群れを撃退する

「……エリスやみんなの気持ちはありがたいけど、ここは僕とティニーに任せてくれ。領民を守るのが領主の仕事だ」


 さすがになんの戦闘訓練も積んでいない素人に任せる訳にはいかない。

 騎士団の半数近くを買い出しに行かせてしまった以上、僕とティニーで魔獣の群れを倒すしかないだろう。


「ああっ、ご主人様!? なんとお優しい! やはりご主人様こそ私の理想のご主人様です!」


 エリスが手を合わせて感極まったような声を出した。

 へっ……?


「ご主人様の気高く、崇高なるお気持ちは大変ありがたいのですが……それに甘えてはいけないと思うのです! 黒死病の治療も、食料生産も、街の防衛もすべてご主人様がなさっておいでです。これではご主人様は過労で倒れてしまいます!」


 領民たちもウンウンと頷いて同意する。


「まさしくその通りです!」

「ご領主様ばかりにご負担をかける訳には参りません!」

「俺たちはご領主様に助けられてばかりいました! 今度は俺たちがお助けする番です!」

「魔獣など、ご主人様の手をわずらわせることなく、お掃除してみせます!」


 【れべるあっぷトマト】によって、急激にレベルアップしたエリスたちは戦意に満ち溢れていた。


 その気持ちはうれしいのだけどテンションが上りすぎているようで、ちょっと不安を感じる。

 僕はティニーにそっと耳打ちした。


「ティニー、エリスたちのレベルがどれくらいか調べてくれないか?」

「はい、兄様。【アナライズ】……えっ、エリスのレベルは、すでに20に達しています」


 ティニーは驚きに息を呑む。【アナライズ】は、対象のレベルやステータスを閲覧できる魔法だ。


「す、すみません。実はトマトが大好物なもので。ちょっと食べ過ぎてしまいました」


 エリスは恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 いや、それにしても食べ過ぎなような。


「……ということはステータス的には、もはやBランク冒険者並か」

「他の領民たちも、レベル15前後に到達しています。これはさすがに驚きました。レベル15クラスの集団となると、王国の正規軍並の強さです」


 滅多なことでは動じないティニーが、声を上ずらせた。僕も驚きを隠せない。


「ティニーお嬢様のお墨付きなら安心です。ご主人様、どうかここは私たちに任せてください。ご主人様に少しでもご恩を返したいのです!」

「よく言ったエリス嬢ちゃん! ご領主様、俺たちも同じ気持ちです!」

「ブラックベアーごとき、蹴散らしてやるぜぇえええ!ッ」


 領民たちからも賛同の声が上がり、僕はしばらく考え込んだ。


「ティニー。僕の護衛はしなくて良いから、エリスたちが危なくなったら救援に入ってくれ」

「兄様の護衛は最優先事項なので、それはできません。代わりに、近くの森に住まわせている配下のゴブリンたちを援軍に来させます」

「……そうか、わかった。急がせてくれ」


 ここまでしておけば、安心だろう。いざとなったら僕が出れば良いだけだ。


「エリス、任せるけど……無理だと感じたら、僕は撤退命令を出す。そしたら、全員すぐに後退するんだ」

「はい。ありがとうございます、ご主人様! 決してご主人様を失望させたりしません。みなさん、行きますよ! お掃除開始です!」

「うぉおおおおおッ! エリス嬢ちゃんに続けぇ!」


 エリスはお辞儀すると、領民たちと共に怒涛の勢いで駆け出して行った。

 僕もティニーに肩を貸してもらいながら、その後を追う。


 ぐおぉおおおおおおん!


 防柵を突き破ったブラックベアーの群れが、街になだれ込んできた。血走った目をした熊型モンスターだ。

 ブラックベアーは建物に逃げ込もうとする人々に襲いかかろうとする。

 

「でやぁああああッ!」


 エリスが箒でブラックベアーを突いた。

 ブラックベアーはふっ飛ばされ、他の仲間を巻き添えにして倒れる。


「えっ、すごい」


 思わず感嘆の声が漏れ出た。まるで修行を積んだ武道家もかくやのパワーだった。


「ご主人様から頂戴したお力は最高です。みなさん、勝てますよ!」

「おおっ! エリスが目に物見せたぞ!」

「こいつら全部、熊鍋にしてやれぇええ!」


 領民たちは、次々にブラックベアーに飛びかかり、素手で殴り飛ばしていく。

 自分たちが狩る側だと思いこんでいたブラックベアーは混乱し、為す術もなく倒されていった。


「これは私の出る幕はなさそうですね……」


 魔法を発動しようとしたティニーが肩をすくめる。

 どうやらエリスたちを援護しようとしてくれていたようだ。


「そうだな。ブラックベアーの毛皮は高値で売れるし……これは助かったかも」


 食料の買付をしようにも、もう資金が無かったので毛皮が手に入るのは有り難かった。

 みんながここまで強くなったのなら、街の防衛に対する不安もほぼ消えたな。


「退け退け! 黒死病で壊滅寸前じゃなかったのか、この街は!?」


 ブラックベアーの後方には、犬獣人が控えていた。どうやら、あの獣人が指揮を取って街を襲わせたみたいだ。

 簡単に勝てると思っていたのだろうが、当てが外れて我先へと逃げ出し行く。


「ゴブリンキング、あの獣人を捕らえてください。兄様の領地を襲った償いをさせます」


 怖い顔をしたティニーが、魔法通信で配下に命令を送った。


「この地の魔物の支配者的な立場だったら、いろいろな情報が聞けるかも知れないな」

「はい。兄様。この地の魔物も兄様の支配下に置きますので、あくまで紳士的に尋問します」

「やりました、ご主人様! 私たちの勝利です!」


 大興奮したエリスが戻ってきて、僕に抱きついた。

 彼女の豊満な胸を押し付けられて、その感触に僕はドキマギしてしまう。


「むっ。兄様、私というものがありながら、何をデレデレしているんですか?」

「……べ、別にデレデレなんてしてないって」


 ティニーにジト目を向けられて、僕は慌てて首を振る。


「エリス、怪我は無いか? 無事で良かった。あまり無茶はしないでくれよ」

「はい、ご主人様! ご心配をおかけして申し訳ありません。でも、これでもうご主人様の足を引っ張ることはありませんね!」


 その一言で気づいた。


「もしかして、この前、暗殺者に捕らわれたことを気に病んでいたのか? そんなことを気にする必要はないんだけど」

「いえ。ご主人様のメイドとして、ご主人様の足を引っ張るなどあってはならないことです」


 エリスは僕の目を見つめて熱っぽく語る。


「それに私は家事だけでなく、他の分野でもご主人様にご奉仕したいです! そう、例えば、高ぶったご主人様のお気持ちをお慰めするなど!」

「そ、そうか。ありがとう」


 思わずドキッとしてしまって、僕は目を逸した。

 僕を慰めるって……なにか相談にでも乗ってくれるということだろうか?


「エリスさん、私の兄様にそれ以上、不埒なマネをしたら許しませんよ」

「あっ、申し訳ございません。ティニーお嬢様!」


 ティニーの叱咤に、エリスは僕からパッと離れる。


「それにしても。くぅっ、やはり男性は胸の大きな女の子が好きという訳ですね……ッ。私の胸を錬金術で大きくできたら。兄様、私のを触ってSSSランクにしてください」

「いや、妹にそんなことできる訳がないしょうが!?」

 

 僕は思わず絶叫した。


「人間の姿に戻れたのは良いんですが……成長前の14歳のままというのは口惜しい限りです」

「ご領主様ぁああああッ! ご無事でありましたか!? 遅ればせながらご領主様の忠実なる家臣ベオグラード騎士団、ただいま参上! 不埒な魔獣どもめ、成敗してくれるわぁああああッ!」


 その時、砂埃を上げ猛スピードで、聖獣ユニコーンが引く荷馬車が街中に入ってきた。御者台で、勇ましく剣を振りかざしているのは騎士団長だ。その後ろから、徒歩の騎士団員たちも追いすがって来る。


「騎士団長様、遅いです。すでに魔獣は私たちの手で、お掃除してしまいましたよ!」

「なぬ、エリス!? ブラックベアーどもが全滅している? こ、これは一体、どういう?」


 折り重なって倒れる魔獣の群れを見渡して、騎士団長は目を白黒させていた。


「兄様が作った【れべるあっぷトマト】で、領民たちはみんな優れた戦士に生まれ変わったんです」

「ティニーお嬢様? もしや、これはすべてご領主様の錬金術のおかげ!? さすがでございますぅうううッ!」


 騎士団長は感涙にむせんだ。


「いや、僕の力じゃなくてエリスたちが、がんばってくれたからなんだけど……」


 あの異常な士気の高さがあったからこそ、敵を圧倒できたのだと思う。

 集団戦において重要なのは、気持ちで敵に負けないことだ。


「はぁいいいいいッ! ご主人様のお役に立ちたい一心でがんばりました! ですよね、みなさん!」

「その通りです! こんなすげぇトマトを実らせてくれるなんて、最高のご領主様です!」

「おおっ、皆のご領主様への忠誠心が、邪悪なる魔獣を討ち滅ぼす力となったのですな! これぞ、まさに騎士道精神! 感激しましたぞぉおお!」


 騎士団長は滝のような涙をハンカチで拭った。

 彼はエリスたちとワイワイと盛り上がり出す。話が進まなそうなので僕は水を向けた。


「と、ところで騎士団長、予定より早かったけど、小麦粉は無事に買えた? 」

「はっ! ご領主様! ご命令通り、この荷馬車いっぱいの小麦粉を積んで戻りました。それとエリクサーを買い取りたいという行商人も一緒です!」

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