13話。【side:エリス】汚い手を使った暗殺者を返り討ちにする

【メイドのエリス視点】


「ああっ、マイス様がやってきてくれて、本当に良かったです!」


 2日後、私はトマトを収穫しながら喜びに打ち震えていました。

 一昨日まで、黒死病に苦しんでいたのが嘘のように身体の調子が良くなっています。


 マイス様の錬成されたエリクサーのおかげで、ボロボロだった騎士団も息を吹き返しました。寝たきりになっていた私のお母様も、家事ができるほど回復しました。


 黒死病の病原菌を撒き散らしているネズミは、ミーアが召喚した猫たちによって、やがて街から姿を消すでしょう。


 ただ、問題は、この街にはエリクサーの素材となる回復薬(ポーション)の備蓄がほとんどないことです。

 商人が黒死病を恐れて寄り付かなくなり、流通経済が破綻してしまっているため仕方がありません。


「でも、マイス様ならきっとなんとかしてくださるハズ。マイス様には美味しい食事を召し上がっていただかなくては!」


 私にできることは、マイス様にご奉仕することだけです。

 できれば、生活のお世話だけでなく、夜のご奉仕までさせていただけると、うれしいなぁ……って、わ、私はなんてイケナイことを。

 

 気づいたらマイス様の凛々しいお顔を思い浮かべ、その腕に抱かれるという不埒な妄想にふけってしまいました。

 こんな気持ちになったのは、初めてです。

 もしかして、こ、こここれが、恋でしょうか?

 

「おい、娘、声を出すな」

「……っ!?」


 その時、ヌッと伸びてきた手に口を塞がれました。

 私は恐怖と驚きに硬直します。


 マイス様のことで頭がいっぱいだったとはいえ、男の接近に、まるで気がつきませんでした。

 まさか、この男は屋敷に盗みにやってきた盗賊……?


「お前の母親を預かっている。母親を殺されたくなければ、マイス・ウィンザーに出す料理にコレを混ぜろ」


 私を拘束した男は、小瓶に詰めた粉薬を私に見せました。

 

「ハッタリではない証拠を見せる」


 さらに別の男が現れて、水晶玉を取り出しました。


「むぅッ!?」


 その水晶玉に映っているのは、猿轡で口を塞がれた私のお母様です。

 どうやらコレは、遠くの映像を映す魔導具のようです。


「……理解したか? もし断れば母親だけでなく、お前も殺すぞ」


 ゾッとするような殺意に満ちた声で脅されて、私は縮み上がりました。

 この男たちは、マイス様のお命を狙う暗殺者。差し出された小瓶は、おそらく毒に間違いありません。


「なに、心配するな。うまくやれば母親ともども、解放してやるさ」


 一転して、暗殺者は優しい声音で語りました。

 とても信じられません。口封じに私とお母様も殺されるに決まっています。

 それに何をされようとも、マイス様を裏切るなど絶対にできません。


 私は必死で、首を横に振りました。

 すると、水晶玉の中のお母様が殴られました。

 お母様は苦痛に顔を歪めて、口から血を流しています。


「拒否しても構わんが、お前の母親は明日には獣の餌になっているぞ?」

「あっ、ああっ……!」


 口を塞がれながら、私は呻きました。

 でも、それでも……マイス様に毒を盛ることなど、できません。


 あのお方は、私とお母様の命の恩人です。

 なによりマイス様はこれから黒死病で苦しむ大勢の人を救ってくれます。


 この街だけでなく、いずれ、世界中の人々が、マイス様のおかげで救われるでしょう。

 私がその邪魔をする訳には……


「あ……っ!?」


 すると、お母様はさらに殴られます。


「親孝行な娘だな。おい、続けろ」

「そこで、何をしているんだ……?」


 その時、怒りに満ちたマイス様の声が響きました。

 ふたりの男は愕然とします。


「……何? 我らに気づいただと!?」

「消音魔法まで使って、完全に気配を消したつもりでしょうが甘いです。怪しい男がいると、猫が私に教えてくれましたよ」


 マイス様に付き従ったティニーお嬢様が、鼻を鳴らします。


「今すぐ、エリスを解放しろ!」


 私は感動に胸が高鳴りました。

 視界がにじんで、涙が溢れてきます。


 でも、この男たちは、おそらく手練の暗殺者です。

 錬金術師のマイス様がかなう相手ではありません。


「マイス様、いけない。逃げてください!」


 口を塞ぐ男の手が緩んだ隙に、私は大声で叫びました。

 例え、私とお母様が犠牲になることがあろうとも、このお方だけは助けなくてはなりません。


 きっときっと、お母様もわかってくれます。

 マイス様はこの世界にとって、必要なお方なのです。


「……まあいい。作戦変更だ。おい、この娘の命が惜しければ動くな!」


 背後の男は、私の首筋にギラつくナイフを突き付けました。

 私は戦慄しました。

 わざと私に声を上げさせるために、口を塞ぐのをやめたのだと、わかったからです。


 ああっ、なんていうことでしょうか。敵の思惑に乗せられて、マイス様の足を引っ張ってしまうなんて……


「狙いは、僕か……? お前たちは何者だ?」

「おそらくアルフレッドの手の者でしょう。黒死病のはびこる辺境への追放に、ヴァリトラ教団。どうらや、よっぽど兄様に死んで欲しいみたいですね」


 ティニーお嬢様が肩をすくめました。


「それは本当か? 無関係な人にまで手を出すなら、いくら弟でもさすがに許せないな」

「無駄話をする気はない。マイス・ウィンザー、まずは武器を捨てろ!」

「わかった……【パラライズ・ソード】起動!」


 マイス様が腰の剣を地面に捨てながら、叫びました。

 すると、地面に落ちた剣から眩い紫電が走って、ふたりの男を貫きました。


「ぐっ……!?」


 ふたりの男は、呆気なく気絶します。

 私はあまりのことに呆然としました。


「あっ、い、今のは一体……?」

「こんなこともあろうかと、僕が開発した暴徒鎮圧用のノンリーサルウェポンだよ。敵を殺さずに制圧することに特化した武器なんだ」

「さすがは兄様です。私の出番はありませんでしたね」

「あっ、ああ、ありがとうございます、マイス様!」


 私は安堵のあまり膝から崩れ落ちました。


「エリス、大丈夫? 怪我はない?」 

「はい! だ、大丈夫です! あっ……で、でもお母様が人質に!」


 暗殺者に慈悲など期待できないでしょう。私は、胸が張り裂けそうになりました。


「……兄様の命を狙うとは、不届き千万な連中ですね。万死に値します」


 ティニーお嬢様が水晶玉を拾い上げて、うそぶきました。


「魔力の逆探知に成功。敵のアジトの位置を割り出しました。どこの暗殺組織か知りませんが、今から乗り込んで徹底的に叩き潰しましょう」

「えっ……?」


 ティニーお嬢様が何を言っているのか、一瞬わかりませんでした。

 まさか、お母様の居場所がわかった?

 で、でも……いくらなんでも、今から駆けつけても間に合わないのでは……?


「エリス。騎士団を護衛につけるから、ここで待っていてくれないか? 必ず、お母さんを助けて戻って来るから」


 マイス様は私の手を握って、自信に満ちた顔で告げました。


「兄様と私に不可能はありません。安心して待っていてください」


 ティニーお嬢様が、さも当然といった態度で頷きました。

 そうでした。未だ実感は湧きませんが、ティニーお嬢様の正体は守護竜ヴァリトラ様でした。

 だとすれば、本当に、本当にお母様が助かる……!

 

「ありがとうございます、マイス様! ティニーお嬢様!」


 私の胸が熱くなりました。

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