3話。妹を人間に戻すために、錬金術を極める

「ところで、兄様。私はお腹が空いているのですが……なにか、お菓子など持っていませんか?」

「そう思って、今日はチョコレートを作ってきたよ」


 僕が錬金術で作った板チョコを取り出すと、ティニーは弾けるような笑顔を見せた。

 板チョコは神々しい輝きを放っている。ドラゴンになったティニーの栄養補給のために開発した高カロリーの完全栄養食だ。


「ありがとうございます兄様! おっ、おおおおぅ!? やっぱりランクSSSの最高品質チョコレートは違います!」


 ティニーは板チョコを頬張ると、全身を歓喜で震わせる。


「もぐもぐ……そもそも守護竜ヴァリトラのフリを続けるのは、さすがにもうしんどいです。調子に乗った国王がアチコチの国に戦争を吹っかけて、それらの軍隊が押し寄せてくるんですよ。バカですか」

「……ごめん。それはもう本当に止めさせるべきだよね」


 ヴァリトラが姿を消したら、王国は軍事的に崩壊するだろうけど……

 他国を侵略して繁栄している今の状態は、とても健全とは言い難い。


「世界最強の錬金術王国エルファシアなんて吹聴していますが。結局、私の戦力頼みですからね。それで世界征服とは、ちゃんちゃらおかしいです」


 まったくその通りだ。

 なにより、ティニーに無理をさせ過ぎている。

 ルーシーには悪いけど。やっぱり、このあたりが潮時なのかも知れないな。


「良い機会ですから、私たちのことなど知らない辺境に行って、のんびり過ごしましょう兄様」 

「……わかった。でも辺境には、ろくな錬金術の設備が無いのが問題だな。僕は錬金術を極めて、ティニーを完全な人間に戻してあげたいから」


 ティニーは人間に変身することができるようになったけど、その外見は4年前とまったく変わっていなかった。

 おそらく、錬金術の到達点の一つである不老を達成してしまったのではないかと思うけど……


 『ドラゴンに変身する不老の少女』というのは、ふつうの人間から見たら立派な怪物だ。これだと人間社会に溶け込んで生活するには、いずれ支障が出てくると思う。


「ありがとうございます、兄様。私のことを想ってくれて、とてもうれしいです」


 ティニーは僕から離れると、右手の指を鳴らした。


「だから、これは私からのプレゼントです」


 すると彼女の隣に、ドンと音を立てて、希少金属オリハンコン製の錬金釜が出現した。錬金術を行うための最高品質の道具だ。


「ええっ!? こ、これはまさか……父上の!?」

「はい。実は、ここに来る前に、父様の錬金術工房にドラゴンの姿で寄って、必要な道具を手に入れてきたんです」


 ティニーは天使のように微笑む。


「父様やアルフレッドのような三流錬金術師ではなく、マイス兄様のような超一流の錬金術師に使われた方が、錬金釜も幸せだと思います。これなら辺境でも、兄様の好きな錬金術を思う存分行うことができますよね?」

「だからって、盗んできちゃダメでしょうが……ッ!?」


「いえ、盗んできたのではありません。私が壁をぶち破って錬金釜を掴むと、『錬金釜をお望みですかヴァリトラ様!? どうぞ、献上いたします!』と、父様は快く譲ってくれましたよ」

「う、うーん、それなら問題ないのかな……?」 


 なにか、脅迫したような感じもするけど。


「なにより、黒死病の治療薬を量産するためには、錬金釜や錬金溶液といった機材が絶対に必要です。いわば世のため人のためです」

「確かに……病人が何人いるか、わからないしね」


 錬金釜を使わなくても、アイテムを作成することはできるけど。それではあまりに効率が悪い。


「じゃあ。ありがたく使わせてもらうよ。ひとりでも多くの人が救えた方が良いし……なにより、ティニーからのプレゼントだしね」

「はい、兄様。私からの『愛』のこもったプレゼントです!」


 ティニーが目を輝かせる。

 彼女が右手で触れると錬金釜が、【無限倉庫】に収納されて消え去った。


「それでは、私たちの愛の新居に参りましょう。ドラゴンの姿になりますので、私に乗ってください」

「いや、それだと、ヴァリトラが王都から去ったと大騒ぎになるかも知れないから……やめた方が良いね」

 

 ヴァリトラは敵国が攻めてきた時以外は、王都近くの山から決して動かなかった。

 いずれヴァリトラがいなくなったことは、みなが知ることになるだろうけど。後に残されたルーシーのためにも、パニックになるようなことは避けるべきだ。


「では人間の姿で、兄様をおんぶして運びします。できれば背後から私を、ぎゅ~と抱きしめていただけませんか?」


 ティニーは頬をぽっと上気させた。

 うん? なぜ、赤くなるんだ……?


「さすがにソレはティニーの負担が大きいでしょ? ……わかった。まずは馬を買おうか」

「兄様、馬を買うほどのお金を持っているのですか?」


 ティニーが小首をかしげた。

 馬1頭の値段は、庶民の年収の40倍だ。

 追放された僕は、大した路銀を与えられなかった。


「無いよ。だから、今回は特別に……」


 僕は地面に落ちている小石を拾った。

 

「【創世錬金術(ジェネシス・アルケミー)】発動。ランクSSSへの存在進化!」


 魔力を送り込むと、小石から眩い輝きが放たれる。


「えっ!? これは……ただの石ころが、黄金に!?」


 ティニーが驚きに口をパクパクさせた。

 僕が握った小石は、煌めく純金へと変化していた。


 錬金術とは、本来、石や卑金属を黄金に変えたいという俗な欲望から生まれた技術だ。アイテムの作成や、人工生命の創造、肉体の錬成、進化などは、その副産物だった。

 しかし……


「黄金を生み出そうとする試みは、歴史上ことごとく失敗したと……! あの伝説の錬金術師パラケルススでさえも」

「人造黄金を流通させると、金貨の価値が暴落して経済が壊れるかも知れないんで……僕が金を生み出せることは、秘密にしておいてね」

 

 今回はあくまで緊急措置だ。


「はい。もちろんです。ああっ、マイス兄様は【史上ただひとりの本物の錬金術師】なんですね。さすがは私の兄様です!」


 ティニーの瞳は尊敬の念で輝いていた。

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