2話。地上最強のヤンデレ妹にめちゃくちゃに溺愛される

「出ていけ! 疫病神めぇえええッ!」


 王都を出るため馬車に乗ろうとした僕は、びっくり仰天する。

 突如、いきり立った人々に取り囲まれたのだ。

 

「えっ!? ちょっと……!」


 【ヴァリトラ教団】と書かれたハチマキをした彼らは、僕に腐った卵をぶつけてきた。


「守護竜ヴァリトラ様に無礼を働いたようなヤツが、優雅に馬車の旅なんて、おこがましいんだよぉおおッ!」

「死ねぇやコラァアアア!」

「こ、この人たちはヴァリトラ教団か!?」


 彼らはヴァリトラを守り神として信仰する新興宗教団体だった。

 僕の弟アルフレッドが教祖となって作り上げた団体だ。最近は活動が過激化していて、ヴァリトラの敵と見做した人を襲撃すると聞いたけど……ちょっと、コレはシャレになっていない!?


 彼らは馬車をハンマーで打ちこわし、馬を放してしまった。

 御者は巻き添えを喰ってはたまらないと、大慌てで逃げていく。


「うひゃあ! 天誅ぅううううッ!」

「正義バンザーイ!」


 テンションがマックスになっている彼らは、僕を棍棒で袋叩きにしだした。

 僕は亀のように縮こまって、必死に身を守る。


「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いてください……っ!」 

「ヴァリトラ様を神として崇めるのです。さすれば、みんな救われる!」


 教団の幹部らしき男が、恍惚とした表情で煽り立てた。


「マイス・ウィンザー! 貴様はあろうことかヴァリトラ様を創造したなどと、王宮で暴言を吐いたそうだな! 不敬! なんたる不敬! その罪は万死に値する。死んで詫びるが、良ぃいいいい!」

「はぁッ!?」


 駄目だ。完全に話が通じない。

 こうなっては反撃するしかないと、腰の剣に手を添えた時だった。


 ゴォォォオオオ!


 巨大な黒竜が、空気を切り裂く爆音と共に飛来した。

 誰もが見た瞬間、圧倒されるであろう威容。人間など塵芥に過ぎないことを強烈に感じさせる最強生物が、天を覆った。


「おおっ! 守護竜ヴァリトラ様だぁああああ!」


 ヴァリトラ教団の人たちが、空を見上げて喝采する。

 えっ、もう来てしまったのか……!


「ご覧下さい! あなた様の敵に天誅を下しておるところですぞ!」

「ヴァリトラ様、我らにお恵みをぉおおお!」


 教団の者たちが、おもねるかのような笑顔で叫ぶ。

 だが……

 次の瞬間、彼らはヴァリトラから放たれた冷気の魔法によって氷漬けとなった。


 カッチーン!


 僕は何ともなかった。

 ヴァリトラは、僕には影響が無いように魔法を制御してくれたのだ。


「ひゃぁああああああ! しゅ、守護竜ヴァリトラ様、あなた様の忠実なる下僕に一体、なぜ!?」


 唯一、氷漬けになることを免れた教団幹部が、腰を抜かして叫ぶ。

 その男をヴァリトラは殺気に満ちた赤い瞳で、ギロッと睨みつけた。


「帰って教祖に伝えなさい。マイス兄様こそ私の命の恩人にして、この世のすべてを統べるに相応しい【至高にして至大であられるお方】です。マイス兄様を傷つける者は、この私が地獄に叩き落しますと……ッ!」

「ヴァ、ヴァリトラ様が初めてお言葉をぉおおおお!? はひゃ、つ、伝えます! 教祖アルフレッド様にお伝えしますぅううううッ!」


 教団幹部は号泣しながら、走り去っていった。


「……兄様、ご無事ですか!?」


 僕の眼前に降り立ったヴァリトラが、光の粒子に包まれる。その肉体が魔法によって組み替えられ、銀の腕輪をしただけの全裸の少女の姿になった。

 僕の4年間の研究成果が、ようやく実を結んだのだ。


 ヴァリトラこと妹のティニーは、先日、僕が作成した【人化の霊薬】によって、1日12時間という制約があるものの人間の姿に戻ることができるようになっていた。

 その影響で、ドラゴン形態でも人語をしゃべれるようにもなったのは、とても喜ばしく、感動的な光景ではあるものの……


「ぶっ!? ティニー、服ぅううッ!」


 思わず全力で叫んだ。


「そうでした。【無限倉庫】とのリンク起動。蒸着します」


 ティニーが右手を振るうと、その身が、一瞬で白いワンピースに包まれる。

 やはり4年間もドラゴンをやっていると、人間としての常識が欠落してきてしまうようだ。


「【無限倉庫】の自動着替えシステムは、正常に稼働しています。さすがは、兄様の造った魔導システムです」

「はぁ〜っ。ドラゴンから人間に変身したのを検知して、自動で着替えさせてくれるような機能を追加しようかな……」

「それは緊急時に助かりますね」


 笑顔を見せるティニーは、どこからどう見ても14歳くらいの人間の女の子だった。

 陽光にきらめく銀色の髪をした、儚そう印象さえ受ける美少女だ。


 彼女こそ守護竜ヴァリトラの正体だとは、誰も夢にも思わないだろう。


 ティニーには【無限倉庫】という僕が開発したSSSランクアイテムを渡してあった。

 無限の広がりを持つ異空間を生み出して、物を収納できるアイテムだ。携帯に便利なように、腕輪の形をしている。


 この4年間、死ぬ気で錬金術に打ち込んでわかったことがある。

 僕のスキル【創世錬金術(ジェネシス・アルケミー)】は、『SSSランク以上の錬成が可能になる代わりに、SS以下のランクのモノを作ろうとすると必ず失敗する』というものだったのだ。


 故に、Eランクの回復薬(ポーション)は作れなくても、SSSランクの【無限倉庫】【人化の霊薬】は作ることができた。

 ティニーを守護竜ヴァリトラにしてしまったのも、このスキルのおかげだ。


「兄様、これをどうぞ」


 ティニーの右手に、ポンと回復薬(ポーション)が出現する。【無限倉庫】に収納しておいたアイテムだ。


「ありがとうティニー……ところで、この人たちを殺してはいないよね?」


 ティニーは僕の双子の妹だ。

 人間を殺すようなことはしないで欲しかった。


「無論です。兄様を傷つけた彼らの罪は、1億回殺しても償えるものではありませんが……この場で彼らを殺したら、兄様が殺人犯扱いされるリスクがあります。腹立たしいですが、冷凍魔法で仮死状態にしただけです」

「ほっ。良かった。それなら、まぁ大丈夫か……」

「はい。約72時間で、氷が溶けて復活できるように調整してあります」


 ティニーは事も無げに告げた。

 うーん、僕がティニーを守護竜ヴァリトラに変えてしまってから、徐々に性格が乱暴に……ドラゴン寄りになってきているようで心配だ。


 やはり、僕がちゃんと面倒を見て、一刻も早く完全な人間に戻してあげないとな。

 父上たちが僕を見限る中、僕の才能を信じて励ましてくれたのがティニーだった。だから、僕もティニーを決して見捨てたりしない。


「事情は、【千里眼】の魔法で常に兄様を見守っていたので理解しています。まず間違いなく【ヴァリトラ教団】を差し向けたのは、教祖のアルフレッドですね」


 【千里眼】は、遠くの物事を見たり聞いたりすることのできる魔法だ。

 ティニーはドラゴンになったことで、回復系以外のほぼすべての魔法に通じるようになった。魔法の理が、自然と理解できてしまうらしい。

 それはすごいことだけど、僕のプライバシーを覗き見るのは、止めて欲しい……って。


「ええっ!? アルフレッドが、なぜそんなことを?」

「もうっ、兄様は錬金術に関して以外は鈍すぎです」

「うっ……!」


 鈍いというのは、昔からよく言われたことだった。


「腹立たしいですが、ルーシー王女は兄様のことが好きですからね。要するに、醜い嫉妬です」


 ティニーは顔をしかめる。


「……まったく、今の王国の繁栄はすべて兄様のおかげだというのに。お許しいただけるなら、今すぐ、ウィンザー公爵家と王宮をこの世から跡形もなく消滅させて来ますが、いかがでしょうか?」

「ダメに決まっているでしょうが!?」


 やっぱり、ティニーは国王陛下や父上たちに対して怒っている。これは、ちょっとマズイかもしれないな……


「そ、それより、僕はこれから辺境のベオグラードに領主として赴任するんだけど。できればティニーはときどき王都に戻って、王国を守ってくれないかな?」


 そうしないと、ティニーの配下の魔物たちが王国を攻撃しだすだろう。

 ティニーが睨みをきかせているからこそ、魔物たちは大人しくしているんだ。


「例え兄様の頼みでもソレは聞けません。私が守護竜ヴァリトラとして守っていたのは、王国ではなく兄様ですよ? その兄様を、黒死病が蔓延する危険な辺境に追いやった時点で、王国は私の敵です」


 ティニーは目に怒りの火を灯した。


「私も兄様に付いて、ベオグラードに行きます。これからは、ずっと一緒ですね兄様」


 そう言ってティニーは僕に抱き着いた。

 柔らかい感触と、女の子特有の花のような甘い香りが鼻孔をくすぐる。


 人の姿に戻ったティニーとまた一緒に暮らせるのは、うれしいのだけど……

 王国の崩壊は、もはや時間の問題のようだ。

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