20話。弟、ヴァリトラの怒りに触れて怯えまくる

「俺様を断罪するだと、外れスキル持ちの落ちこぼれが! 力の差を思い知らせてやるぜぇえ!」


 アルフレッドが馬鹿笑いと共に魔槍を投げ放った。


「【魔槍レヴァンティン】、兄貴を刺し貫けぇえええええッ!」

「ティニー、【アイギスの盾】を出してくれ!」

「はい。射出します」


 ドン!

 と、僕の目の前に、壁と見紛うような巨大な盾が出現した。

 ティニーが【無限倉庫】より取り出したランクSSSの防具【アイギスの盾】だ。


「はっ! そんなもんでこの最強の槍を防げると思って……ッ!?」


 アルフレッドが空中で目を剥いた。

 【アイギスの盾】より閃光が放たれ、それを浴びた魔槍が石と化してしまったのだ。

 魔槍は推進力を失い、地面に墜落して粉々に砕け散る。


「どんな魔法の武器も、ただの石になってしまえば、お終いだ」

「さすがは兄様の開発した神の盾です!」


 【アイギスの盾】には、向けられた武器をすべて石化してしまう能力を付与していた。非金属を黄金に変える錬金術の応用だ。


 神話の女神が持っていたとされる最強の盾に因んだ能力なんだけど、これを実現するために持ち歩けないほど大型化してしまっているのが難点だった。


「バ、バカな!? これはパラケルススの造った最強の魔槍だぞ!」

「いや、それを造ったのは、僕なんだけど……なぜ、そんな勘違いを?」


 僕が事実を指摘すると、アルフレッドは顔を真赤にして怒鳴った。


「は!? ふざけんな兄貴! こいつは、ドラゴンの鱗を簡単に貫いたんたぞ! そんな芸当が、パラケルススの遺産以外にできる訳がねぇだろうが!?」

「ふう。まだ事実を受け入れることができないとは、度し難いですね。では、なぜその最強の槍が、届きもしなかったのですか?」

「そ、それは……」


 ティニーの指摘にアルフレッドが口ごもる。


「うるせぇえええ、偽物野郎! ペテンだ! そうだ! なにか幻覚でも俺様に見せたに違いねぇええええ!」


 喚き散らすアルフレッドは現実を受け入れることができないようだった。


「武器を失ったのなら、勝負はついたなアルフレッド!」

「調子に乗るんじゃねぇ、クソ落ちこぼれが! キメラ、兄貴を引きちぎれ! ヒャッハー! 偽物のヴァリトラごときが、この最強の魔獣に勝てるかよ!?」


 突撃を命じられたキメラが急降下してくる。並の武器では迎撃できないだろう。


「ティニー、【魔槍レヴァンティン】だ」

「はい。魔力充填率120%。最大出力での攻撃が可能です」


 僕の右手に赤い魔槍が出現した。ティニーより注がれた凶悪な魔力が、バチバチと電流のように周囲に溢れ出している。


「【魔槍レヴァンティン】だと!? バカにしやがって……そんな、こけおどしが通用するかよぉおおおお!」


 僕の投げ放った魔槍が、光の速度でキメラを貫通する。キメラは5重の防御結界で身を守っていたが、それらは何の意味もなさずに雲散霧消した。

 より威力と命中精度を高めた魔槍に、ティニーの魔力が加わったんだ。貫けない敵はいなかった。


「消え去りなさい!」


 さらにティニーが灼熱のブレスを吐いて、キメラの肉体を塵一つ残さず消滅した。

 強力な再生能力を持ったキメラも、こうなっては復活などできない。


「おごぉおおお!? い、痛ぇええ!? は、鼻血が!」


 空中に放り出されたアルフレッドは、地面をバウンドして転がる。アルフレッドの鼻が潰れて、盛大な鼻血が噴き上がっていた。


「うぉおおおおお! ご領主様と守護竜ヴァリトラ様が、圧倒的な強さで一方的に勝ったぞぉおおお!」

「さすがはご領主様だ! ウィンザー公爵家の軍用魔獣を一捻りとは!?」


 後ろで僕たちの戦いを見守っていたベオグラード騎士団が、勝利の雄叫びを上げた。


「うるせぇえええ! こ、これは何かの間違いだ! そもそも、ソイツが守護竜ヴァリトラ様な訳がねぇえだろ!」

 

 ここまで圧倒的な力の差を見せつけられても、まだアルフレッドは理解できていないようだった。

 アルフレッドは上位回復薬(エクスポーション)を一気飲みすると、捲し立てる。


「次期、ウィンザー公爵家の当主にして、ヴァリトラ教団の教祖! しかも、未来の国王であるこの俺様を、こんな目に合わせやがって、覚悟はできているんだろうな!? ヒャッハー! 次は王国正規軍を動員して、こんなチンケな辺境の街なんざ、ぶっ潰してやるぜぇえええ!」

「宣戦布告ですね? 望むところです。では、こちらも300万の魔物の軍勢に、王宮を徹底的に蹂躙させます。ウィンザー公爵家も、ふざけた教団も地上から完膚なきまでに消し去ってやります」


 ティニーが宣言すると同時に、無数の飛竜の雄叫びが聞こえてきた。何事かと見上げれば、空を黒く埋め尽くすほどの飛竜の軍団が飛来してきていた。


「はぇ? ま、魔物の軍団……?」


 アルフレッドは間抜けな声を出した。

 どうやら、ティニーが援軍として移動速度に優れた飛竜たちを呼んだらしい。

 しかも、その背には、完全武装したゴブリン、オーク、リザードマンといった魔物たちが乗っている。


「ヴァリトラ様! オーク第一軍団総勢5万名、参陣いたします! ものどもヴァリトラ様に仇なす敵を殺し尽くせぇえええええ!」

「リザードマン部隊、総勢3万名、完全武装で集合いたしました。ご命令をヴァリトラ様、我らが【至高にして至大であられるお方】を傷つけた愚かなるエルファシア王国の民を殺し尽くせと、ご命令をください! 我ら、この時をずっと待ち望んでおりました!」

「奮い立てゴブリン軍団10万! エルファシア王国と全面戦争だぁあああああああ!」


 もはや完全に王国と戦争を始める勢いだった。


「よくやってきてくれました。しかし、兄様を追放し、そのお命を狙うという暴挙に出たのです。死など生ぬるいです。エルファシア王国を滅ぼし、すべての民を奴隷として兄様に献上するのです。奴らに永遠の地獄と苦しみを」

「うぉおおおおおッ! ヴァリトラ様、バンザイ!」

「えっ、いや、ちょっと、やめろって!」


 ベオグラード騎士団や領民たちまで怯えまくっていたので、慌ててやめさせようとする。


「あっ、もちろん。兄様にすでに忠誠を誓っているベオグラードの領民たちは例外ですから、安心してください」

「あわわわわっ……こ、これほどの魔物を従えるということは、まさか本物のヴァリトラ様?」


 すっかり青ざめたアルフレッドは、そのことにようやく思い至ったようだ。


「だから、最初からそう言っていただろう? ティニー、悪いけど、集まった魔物たちは解散させてくれ。あと、エルファシア王国との戦争は絶対にしないように厳命するんだ!」


 脅しにしてもタチが悪すぎるぞ。


「むぅ……わかりました。あなたたち、兄様のご命令です。即刻、撤退しなさい。それと、エルファシア王国の民は決して攻撃しないように。特にベオグラードの領民を傷つけた者は死刑とします」

「はっはぁああああ! 心得ましてございますヴァリトラ様!」

「皆の者、撤退だ!」


 ティニーの一言で、空を覆っていた魔物の軍勢は解散していく。

 

「……魔物たちは人間を攻撃できなくなって、だいぶフラストレーションが溜まっているみたいだな」


 いつ暴発するか、わからないので怖い。

 ティニーの支配力も物理的な距離が遠くなってしまっては、徐々にタガが外れてくるだろう。

 とはいえ、辺境に追放されてしまった僕には、正直、コレ以上はどうすることもできない。なんとかルーシーと連絡を取れれば良いんだけど……


「ヴァリトラ様、俺様は悪くありません! こ、これは全部……そう、国王の命令でイヤイヤ仕方なく行ったことだったんです!」


 アルフレッドは、明らかな嘘八百を並べ立てた。

 さきほど言ったことと矛盾しており、言い逃れようとしているのが見え見えだった。


「だとしたら、国王も同罪ですね。こんな恩知らずな王国には、消え去ってもらいます」


 ティニーもそれがわかっている筈だが、彼女はあえてアルフレッドの言葉に乗っかった。


「いや、ちょっと待て!」

「兄様、止めないでください。私は完全に怒りましたから。後腐れなく、兄様の敵はすべて叩き潰します」


 ティニーから噴き上がる強烈な怒りに、ベオグラード騎士団まで戦慄していた。


「うわわわわッ、ヴァリトラ様がお怒りだ!」

「ひぇええええええッ!?」


 アルフレッドはあまりの恐怖に、その場でお漏らしをしてしまった。


「お待ち下さいヴァリトラ様! いえ我が友、ティニー・ウィンザー殿。エルファシア王国を代表して、この王女ルーシー・エルファシアが謝罪いたします!」


 そこに現れたのは、僕の元婚約者であるルーシーだった。

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