16話。【side:アルフレッド】弟、傭兵団に辺境を襲わせる。返り討ち確定

「ちっくしょおおおお! ルーシーのクソアマ王女め! せっかくこの俺様が好きになってやったってのに、俺様をコケにしやがってぇええ!」

「はっ、ヴァリトラ様の世話役の王女殿下のお言葉であります故、王宮内でも動揺が広がっているようです!」


 執事が背筋を正して告げる。


「当然だ! そんな書き置きをされたら、俺様の名誉は地に落ちるじゃねぇか!」


 俺様は悔しさのあまり地団駄を踏んだ。

 ヴァリトラ様を怒らせたという噂が広がって、ヴァリトラ教団の運営も危うくなっているというのに最悪の事態だぜ。

 

「しかも、兄貴のところに行くなんざ、絶対に許せねぇッ!」

「その……一部の貴族たちからは、本当にマイス様が守護竜ヴァリトラ様を創造したのではないか? という声が上がっています」

「そんなバカなことがあるのか!? 絶対にあり得ねぇ。もういい、邪魔だ。下がれ!」

「はっ!」


 執事が去っていくのを見ながら、俺様は屈辱に打ち震える。


「こうなりゃ。ルーシーが辺境に着く前に、ベオグラードの街を滅ぼしてやる。ヒャッハー! 見ていろ兄貴、俺様を怒らせたことを地獄で後悔させてやるぜぇ!」


 そうと決まれば善は急げだ。

 俺様はソファーに腰掛けると、テーブルに設置した通信魔導具の水晶玉を起動した。

 呼び出したのは、辺境近くを拠点にする傭兵団の団長だ。といっても実態は、殺人、強盗、犯罪ならなんでもござれの山賊紛いの連中だがな。


「これはアルフレッド様、本日はどのような御用向きでぇ?」


 水晶玉に映ったガラの悪そうな男が舌舐めずりした。


「これからベオグラードの街に攻め込んで、何もかも焼き払ってこい。報酬はたんまり弾んでやるぞ」

「えっ? 本気ですかい? 王国に所属する街ですぜ」


 団長は目を剝いて、難色を示した。

 戦争でもないのに王国の街を襲ったとなれば、この傭兵団は立派な王国の敵となる。


「心配するな。これは王国政府の決定だ。黒死病が広がるのを防ぐために、あの街は焼き尽くすことに決めたって訳だ」


 無論、王国政府の決定というのは、仕事を受けさせるための嘘だ。


「そういうことなら、お引き受けしますがね。確認ですが、住民は皆殺しにしてしまって良いんですかい?」

「当然だ。キッチリ皆殺しにしろ。事後処理で、魔物の仕業だってことにするからな」


 俺様はニヤリと笑った。証言する生き残りさえいなければ、事実はどうとでも隠蔽できる。

 バレなきゃ、何をやったって良いんだよ。この世はやったもん勝ちだ。


「それを聞いて安心しましたぜ。派手にやりますんで、これからも、どうか末永くよろしくお願いします。あっ、そうそう。あのあたりは、金目のモノを盗む特殊な魔物がおりまして、おそらく焼け跡からは、何も出てこないと思いますぜ」


 団長はニヤリと笑った。

 その魔物ってのは、お前らのことだな。

 まあ、それくらいの役得は許してやるのが、貴族の度量というヤツだ。


「ヒャハハハハッ! 悪い魔物もいたもんだな! それと、ルーシー王女がベオグラードに向かっている。あの女を見つけたら傷つけずに捕らえろ。あとで、俺様が助け出して、『きゃあアルフレッド様、素敵ぃいいい!』と、する完璧な作戦だ。いいな?」

「へ、へい……」


 団長は呆気に取られたような顔をした。

 俺様の頭の良さに、驚きを隠せなかったのだろう。


 俺様が国王になるためには、腹立たしいがルーシー王女と結婚する必要があるからな。

 ルーシー王女には、俺様の方が兄貴よりも何十倍も優れていることを、たっぷり教えてやるぜ。

 

「それと、俺様もベオグラードに向かう。邪魔な兄貴をこの手でぶち殺してやるぜ、ヒャッハー!」

「へっ? 戦場に出られるんですかい?」

「ああっ。ヴァリトラ様の聖山で、おもしれぇモンが見つかってな。なんとランクSSSの魔槍だ。おそらくパラケルススの遺産で間違いねぇ!」


 俺様は壁に立てかけてある【魔槍レヴァンティン】を見つめた。

 使用者の魔力を吸収して、凶悪な破壊力を発揮する投げ槍だ。柄に名前が刻まれていた。


 壊れていたのだが、父上が時間をかけて修復した。それをちょっと失敬してきたのさ。


 この魔槍の欠点は、膨大な魔力を必要とすることだが、兄貴と違って天才の俺様はコイツを使いこなすことができた。


「パラケルススの遺産!? ソイツはすげぇですな」

「ひゃは! そうだろう!? 飛行型のキメラに乗って俺様も明日には出立する。お前らは準備ができ次第、ベオグラードの街を攻撃しろ。ただし、兄貴は殺すなよ。俺様の獲物だからな!」

「へい。わかりました」


 まさか、こんなことになるなざ、兄貴は予想もしてないだろうな。

 なにやら正義漢ぶって、メイドの母娘を助けたみたいだが、俺様を怒らせたことを後悔させてやるぜ。


 復讐の達成を想像して、俺様は最高に気分が良くなった。

 騎獣にするのはウィンザー公爵家が、その錬金術の粋を集めて創造した究極の魔獣キメラだ。兄貴が用意した偽物のヴァリトラなんぞ目じゃねえ、圧倒的な強さを誇っている。


 最強の武器と、究極の魔獣。このふたつがあれば辺境の街なんぞ、簡単に蹂躙できるぜ。


 この時、俺様はこれが最悪の悪夢の始まりになろうとは予想もしていなかった。


 俺様が切り札としている【魔槍レヴァンティン】は、実は兄貴が試作品として作ったモノだとは、この時はまだ知る由もなかったのだった。

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