17話。黒死病を治して神の使い扱いされる

「街に猫が溢れていますにゃ!」


 巨大猫ミーナが歓喜をあらわにする。

 ミーナはエリクサーを満載した荷車を引いていた。


 暗殺組織のアジトで発見した回復薬を元に、僕はさっそくエリクサーを大量生産した。

 これを領民たちに無償で配って歩いている。


「すっかり、猫の街になってしまいましたね、兄様。かわいいので眼福です」


 かわいいモノ好きのティニーが、顔をほころばせた。

 街の至るところで猫が、にゃあにゃあ鳴いていた。


 中には、絶賛、ネズミを追いかけ回し中の猫もいる。

 さっそく仕事をしてくれていて、えらいな。


「人間よりも猫を多く見かけるくらいだな。でも、これだけ街に猫がいれば、ネズミは撲滅できるだろう」

「はい。これで、黒死病の原因は取り除けますね」

「ミーナも猫がいっぱいになってくれて、うれしいですにゃ!」


 僕らの担当地区は、街の北側だ。民家をぐるっと回って、黒死病患者にエリクサーを飲ませていく。


「父さんの死の斑点が消えた!? ああっ。ありがとうございます、ご領主様!」

「こんな貴重な薬をいただけるなんて、本当になんと、お礼を申し上げたら良いのか!」

「マイス・ウィンザー様、バンザイ! 我らが救世主! まさしく神の使いだ!」


 領民たちは黒死病から、すぐさま回復し、喜びの声が街に溢れた。

 

「このあたりですね……てい」


 ティニーは用意した立て看板を街の中央広場に突き刺した。

 『黒死病の原因はネズミ! 猫は味方! ネズミを見かけたら即、退治してください』

 と、ソコには大きな文字で書かれていた。


「よし。情報の周知が重要だからな。騎士団員たちにも一軒一軒回って、エリクサーを配るだけでなく、黒死病の原因がネズミと不衛生な環境であることを伝えてもらっている」

「さすがは兄様です。これほど、すばやく的確な手を打たれるとは。領主としての手腕も一流ですね」


 ティニーから掛け値なしの尊敬の眼差しを向けられて、僕はくすぐったくなってしまう。


「そうかな……身内贔屓というか、ティニーは僕を持ち上げ過ぎだと思うぞ」

「そんなことはありません。私はドラゴンとなって、暇潰しに人々の営みを観察してきました。黒死病が広がった土地の領主は、その蔓延を抑えるどころか、我先へと安全なところに避難する有り様でした。領民のために身体を張るような領主はひと握りです」

「はいですにゃ! ミーナもあるじ様は、最高のあるじ様だと思いますにゃ!」


 ミーナは骨付き肉に齧り付きながら叫ぶ。


「ただ、次の問題は食糧不足だな……」


 ベオグラードの街は黒死病のせいで、生産と流通が破綻していた。暗殺組織のアジトに蓄えられていた食料のおかげで急場をしのげているが、一時的なものだ。領主の館の食料庫ですら、ほぼ空になってしまっている。


 黒死病の対策が終わったら、次は食糧生産にも着手しないといけないな……

 僕は考え込んだ。やることはいっぱいあるぞ。


「ご領主様! 領民へのエリクサーの配布が完了しました!」


 すると騎士団長が姿を現した。彼は目を輝かせた領民たちを引き連れている。


「みな、ぜひマイス様に直接お会いしてお礼が言いたいと、申しております!」

「あなた様が、この奇跡の薬をお作りになったマイス様ですか!? ああっ! なんとお礼を申し上げれば良いか! おかげ助かりました!」

「マイス様は、この子と私の命の恩人です!」

「新領主様は、史上最高の錬金術師だ!」


 わっと、人々が僕を取り囲んで感謝を口にする。

 中には、感涙にむせんでいる女の子もいた。


「まさしく、まさしくご領主様は伝説の大錬金術師パラケルスス様の再来に違いありません! この世界の誰にもなし得ないことを、されてしまった!」

「ふっふーん。当然です。私のマイス兄様ですから」


 騎士団長の称賛に、ティニーが胸を張る。


「あなたたちに一応、釘を刺しておきます。マイス兄様は私の兄様です。私を差し置いて、兄様に変なチョッカイは出さないでください」


 僕に頭を下げていた若い女の子が、唖然としていた。

 まったく、ティニーのブラコンぶりにも困ったモノだな。


「再発の危険が無いとは言えないので、エリクサーの備蓄を用意する必要があります。僕は回復薬(ポーション)を製作することができないので、騎士団は近隣の街から早急に買い付けをお願いします」

「なんと、マイス様ほどの錬金術師が、回復薬(ポーション)を作れない?」


 騎士団長が唖然とする。

 その時、耳をつんざく爆発音が轟いた。


「何事だ!?」

「きゃああああああッ!」


 見れば家屋が爆発炎上している。領民たちは、わっと悲鳴を上げた。


「これは炎の魔法だ!」

「大変です、ご領主様! 山賊みたいな連中が大勢で攻めてきました!」


 すると、数人の騎士たちがおっとり刀で駆けつけてきた。


「ヒャハハハハ! 王国政府のお墨付きだ! すべて焼き尽くせぇええええ!」


 笑い声と共に、街に攻め寄せてくる武装集団がいた。


「王国政府のお墨付きだって……?」


 そんな話は聞いていないぞ。

 まさか、王国政府はベオグラードの街を見捨てたのか?


 黒死病の蔓延した土地を焼き払うというのは、疫病対策として、ありえることだった。

 だとしたら、許せない。


 幸いなことに、ベオグラード騎士団は全員、黒死病から回復して戦える状態になっている。


「ご領主様、ご命令を! 騎士の誇りにかけてこの街を守ってみせます」

「よし。ベオグラード騎士団、全員、出動だ! 僕が陣頭指揮を取る!」

「ハッ! 警鐘を鳴らせ! 騎士団員は、すぐさま集合せよ!」


 街中に散った騎士団員を集めるために、騎士団長は声を張り上げる。


「兄様の領地を襲うなんて……これが王国政府の差し金なら、王都を灰にする必要がありますね」


 ティニーが全身から怒りのオーラを漂わせた。


「ティニー、背後関係を調べたいから、絶対に殺してはダメだめだぞ」

「了解です。兄様が、そうお望みなら……」


 そう告げると同時に、ティニーは最強無敵の守護竜ヴァリトラに変身した。

 ズンッ、と地響きを立てて、ヴァリトラが武装集団の前に立ちふさがる。


「では、殺さずにこの世の地獄を味あわせてやります」

「な、なにぃいいい!? バカな! あ、あのドラゴンはぁッ!?」

「しゅ、守護竜ヴァリトラだとぉおおおお!?」


 街を襲う武装集団はティニーに敵意を向けられて、失禁せんばかりに怯えた。まさに蛇に睨まれたカエルだった。

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