22話。【side:ルーシー】ルーシー王女、既成事実を作ろうとする
【ルーシー王女視点】
「そんなバカなぁあああ! 俺様の【魔槍レヴァンティン】が、兄貴の造った試作品だっただと!?」
「それをパラケルススの遺産だと勘違いして、粋がっていたとは滑稽極まりないですね。兄様の偉大さのほんの一端でも理解できましたか?」
「ひぎゃあぁああああ! こっ、ここれは夢だ。悪夢に違いねぇえええ!?」
「ぎゃあぎゃあ、ウルサイです。牢屋で大人しくしていてください。あなたの崇めるヴァリトラ様の命令ですよ」
アルフレッドは、ティニーから残酷な真実を告げられて、無様に喚き散らしていました。
これまで散々、マイス様を落ちこぼれだと蔑んできたのですから、無理もありません。
アルフレッドは、わたくしと共に王都に帰り、そこで罪人として裁きを受けることになります。
一刻も早く帰って、お父様を説得しなくてはなりませんが、さすがに長旅で疲れたこともあって、本日はマイス様のお屋敷に一泊させていただくことになりました。
「それで、マイス様、こちらの大きい猫はなんでしょうか? か、かわいいのですが……ッ!」
歩み寄ってきた巨大な三毛猫に、わたくしの目は釘付けになってしまいました。
「僕が錬金術で進化させた聖獣ミーナだよ」
「ミーナですにゃ。お姫様の護衛をさせていただきますにゃ!」
「きゃあっ。しゃべりましたわ!?」
かわいい上に、わたくしの護衛をしてくれるとは、なんていじらしいのでしょうか。
手で触れると、毛並みがモフモフでとっても温かいです。
「マイス様、失礼ですが。この土地は、まだ黒死病が流行している最中。できれば、姫様と我々は現地の者や動物と、隔離していただけるとありがたいのですが……」
わたしくの護衛である王女近衛騎士団(プリンセスガード)の団長が、言いづらそうに告げました。
うっ……こ、これは正論ですわね。
彼らはわたくしの命令を第一に聞く直属の部下ですが、今回、ベオグラードにやってくるための条件として、マイス様以外との接触は極力避けるという取り決めをしていました。
「ご心配には及びません。実は黒死病の病原菌はネズミが媒介していることがわかっています。すでに街中のネズミは退治しましたが、ルーシー王女に万が一のことがあってはいけないので、ネズミ退治のプロフェッショナルであるミーナにそばにいてもらうことにしのたです」
「よろしくお願いしますにゃ!」
「えっ。黒死病の病原菌?」
わたくしは耳を疑いました。
団長や王女近衛騎士団の面々も、仰天しています。
「まさか黒死病の治療薬を開発したのみならず、原因まで特定されてしまったのですか!?」
「はい、それで街中に猫を放っています。あと、正確には万能の霊薬エリクサーを作って村人たちに無償提供しました」
「はっ、え、エリクサーを無償提供ですと!?」
団長はさらなる衝撃を受けて、言葉も出ないようです。
「すばらしいですわ、マイス様。それではネズミを退治すれば、黒死病が予防できるのですね!」
今日という日の感動を、わたくしは生涯忘れないでしょう。
やはり、わたくしの目に狂いはありませんでした。マイス様はまさに王国の至宝にして、史上最高の錬金術師です。
「団長。王都に戻る最中にこのすばらしい研究成果を、できるだけ大きく喧伝しましょう! これで何十万人もの人々の命を救うことができます」
「はっ!」
団長は実直に腰を折りました。
「きっと、マイス様への感謝で国中が沸き立ちますわ。もう黒死病に怯えなくて済むのですもの」
「ルーシー、ありがとう。そうしてもらえると助かる。僕は落ちこぼれとして有名だから、研究成果を発表しても誰も信じてくれなくて。でもルーシーの言葉なら違うだろうからね」
ああっ、この偉大なお方を、どうしてみんな正しく評価してこなかったのでしょうか。
わたくしも守護竜ヴァリトラの正体を知るまでは、マイス様の才能に気づくことができず……恥じ入るばかりです。
「それと、エリクサーの材料となる回復薬(ポーション)が、不足しているんで。王女近衛騎士団が保有している回復薬を分けてもらえるとありがたいんだけど……」
「もちろんですわ、マイス様! 団長。今、持っているすべての回復薬を提供してください。わたくしたちの怪我は、回復魔法でなんとかなります!」
「はっ!」
「そんなに!? いやでも、助かるよ。ルーシーがやってきてくれて、本当に良かった」
マイス様はホッと安堵の息を吐きました。
「マイス様のお力になるのは婚約者として当然ですわ。それではマイス様、今夜は同じ寝室にて、遅くまで語り明かしませんか? 黒死病の研究について、もっともっと詳しくお話を聞かせてくださいませ」
わたくしは内心ドギマギしながら、申し出ました。
もちろん、真の目的は黒死病について知ることではなく、マイス様と愛を語らうことです。
そう、つまりはベッド・イン!
マイス様との間に既成事実を作ってしまえば、わたくしとマイス様との結婚は揺るぎないものになるでしょう。
「もちろん。時間もないし、そうしようか」
「はい、ありがとうございます。マイス様!」
わたくしは天にも昇るような気持ちになりました。
マイス様は、わたくしの言葉の意図を汲み取って、快諾してくださったのに違いありません。つまり、マイス様もわたくしと愛し合うことを望んでいるということ……
はぁはぁ……
い、いけませんわ。今夜のことを想像しただけで、身体が熱くなってしまいます。
これでこそ、ベオグラードの地までやってきたかいがあったというもの。
私は勝利を確信し、ぐっと拳を握りしめました。
「ルーシー王女、それは楽しそうですね。ぜひ私も混ぜてください」
その時、嫉妬の炎を燃やしたティニーが、殺気の籠もった声をかけてきました。
思わずギクッとします。
「事実確認ですが。兄様とルーシー王女は、婚約解消されている状態です。それなのに寝室を共にする? ルーシー王女、もし兄様に不埒なマネをしたら、エルファシア王国は地図から消えると思ってください」
「ちょっとティニー、何を言っているんだ?」
わたくしだけでなく、王女近衛騎士団(プリンセスガード)まで恐怖に縮み上がる中、マイス様は顔を真っ赤にして否定しました。
「まさか、僕がルーシーに変なことをすると思っているのか? いや、そんなことは絶対にしないから! 僕の研究について知ってもらうだけだ」
えっ、し、しないのですか……
その一言に、心が折れそうになります。
「兄様のことは、もちろん信頼していますが。ルーシー王女が、求めてくる可能性があります。もしそうなったら、私は、私は……」
ティニーは拳を握って全身を震わせます。溢れ出る激情を懸命に抑えようとしているようです。
ま、まさに爆発寸前の火薬庫のようですわ。
「そ、そそんなことはいたしません! も、もちろん、ティニーも一緒にお話しましょう! ティニーは大事なお友達ですから!」
「わかりました。エルファシアの国王は嫌いですが、あなたのことは好きになれそうです」
ぐうっ。
いまさらながらに、お父様が勝手に婚約破棄を決めたのが悔やまれますわ。
でも、ここで焦っては、いけません。
マイス様と結婚し、その偉業を一番近くでお支えするため、ティニーとも良好な関係を築かなくては……
わたくしは決意を新たにしました。
そのためには、まずは外堀から埋めていきましょう。
マイス様が黒死病からベオグラードを救った事実を民に広げ、わたくしの婚約者はマイス様をおいて他にいないという世論を形成するのです。
愛する兄の名声が高まることはティニーも歓迎するでしょうし、これなら頑固なお父様もわたくしたちの仲を認めざるを得なくなるでしょう。
このルーシー・エルファシア、一世一代の大勝負ですわ。
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