5話。【side:アルフレッド】弟の教団が壊滅する
【弟アルフレッド視点】
「アヒャヒャヒャ! やったぜぇ。ついに邪魔な兄貴を追放してやったぜぇええ!」
ヴァリトラ教団の会合へと向かう馬車の中で、俺様は上機嫌でワインをあおっていた。教祖である俺様は、金の刺繍が施された派手なローブを羽織っている。
「クソ兄貴が! 無能な癖にヴァリトラ様に取り入ろうなんざ、甘ぇんだよ! ヴァリトラ様に気に入られるのはこの俺様だぜ。てめぇは辺境でおっ死んでろっての!」
現在、凄まじい勢いで信者を増やしているヴァリトラ教団は、俺様がウィンザー公爵家の名声を駆使して作り上げたモノだ。
「最近は、お布施も増えて最高だな。俺様はなんと言っても、あの伝説の錬金術師パラケルスス・ウィンザーの末裔だからな。それを利用すればバカどもを扇動するなんざ、チョロいもんだぜ。アヒャヒャヒャヒャ!」
守護竜ヴァリトラは、500年前にパラケルススが創造した魔獣だ。伝説によれば、ヴァリトラはブレスの一撃で数千の魔族の軍団を焼き払ったという。
パラケルススはその力で、建国王エルファシアと共に魔族を滅ぼして、この地に王国を築いたんだとよ。
この伝説を利用すれば、教祖となるのは楽勝だったぜぇ。
「さあーて、今日もバカどもから、タンマリ金を巻き上げてやるとするか。まさに守護竜ヴァリトラさまさまだぜぇえええ!」
俺様は自分の頭の良さに酔いしれた。
何もかも順調で、笑いが止まらねえな。
あとは兄貴の息の根を完全に止めて、ルーシー王女を俺様のモノにしちまえば……
兄貴の襲撃を命じた信者たちは、うまく兄貴をなぶり殺してくれたかな?
「た、大変です。アルフレッド様! 教会が魔物の群れに襲われています!」
「はっ、なんだと!?」
突然、御者からとんでもない警告を受けた。
「って、そんな訳があるかぁあ! ヴァリトラ様のおかげで、魔物は人間を襲わなくなったんだぞ! ましてや、俺たちはヴァリトラ教団……ッ!」
ドォオオオオオン!
次の瞬間、大爆発が間近で起こり、すさまじい衝撃が俺様の馬車を襲った。
「ぶぎゃぁああ!? な、なんだ、今のは? 爆裂の魔法……!?」
横転した馬車から、俺様は慌てて這い出した。
見れば俺様が信者から騙し取った金で建造した教会が、燃えているじゃねぇか。
「我らが支配者ヴァリトラ様のご命令だゴブ。ヴァリトラ教団は潰せゴブ!」
「はっ!」
ひときわ立派な体格をしたゴブリンのボス──ゴブリンキングが、配下のゴブリンどもに命令を下していた。ゴブリンどもが教会に火を付け、壁や彫像などを散々に打ち壊している。
「や、やめろ、お前ら何をしてやがるんだぁあああ!」
俺様はゴブリンキングの元に駆け寄る。
「俺様はパラケルススの末裔、偉大なるアルフレッド・ウィンザー様だぞぉおおお! その俺様の教会を……! 舐めてやがるのかぁあああッ!」
「偉そうにするなゴブ。ヴァリトラ様は、お前の教団に対してたいそうご立腹だゴブ。だから、焼き尽くすゴブ」
「ぶべぇええ!」
ゴブリンキングに蹴り飛ばされて、俺様は地面を転がった。
「うわぁああ、きょ、教祖様が!?」
俺様の金づる──もとい信者たちが悲鳴を上げた。
まずい、こんな無様なところを見られたら、俺様の教祖としての威厳が台無しじゃねぇか。
「安心しろゴブ。ヴァリトラ様のご命令で、俺たちは人間を殺したりはしないゴブ。だけど、こんなクソな教団を作って、好き放題してきたお前は痛い目にあわせてやるゴブ」
「はっ!? 俺様はヴァリトラ様を崇めない奴をリンチにかけたり、お布施で立派な教会を建てたりして、ヴァリトラ様の信者を増やしてきたんだぞ!? いわば最大の功労者である俺様に一体、何を……」
「そんなこと、ヴァリトラ様は望んでいないゴブ。お前が信者から騙し取った金で豪遊していたことは、とっくに調べがついているゴブ。さらには気に入らない人間を、信者を使って襲わせていたことも、わかっているゴブ」
「えっ……まさか」
ゴブリンキングの断罪の声に、信者たちがざわめき始めた。
ちっ、マズイぞ、これは……
「なんの証拠があるってんだ! 俺様はパラケルススの末裔だぞ! この俺様よりも、こんな雑魚モンスターの言うことを信じるってのか!?」
「ヴァリトラ様に仕えるこのゴブリンキングを雑魚モンスター呼ばわりとは、良い度胸だゴブ。だいだい、あのお方の創造主──【至高にして至大であられるお方】は、パラケルススなんて太古のおっさんじゃないゴブ」
「はっ、何を言ってやがるんだ……?」
俺様は面食らって立ち尽くす。
「今のヴァリトラ様を創造されたのは、マイス・ウィンザー様だゴブ。ヴァリトラ様が守っていたのは、この国じゃなくて、マイス様だゴブ。そのマイス様をこともあろうに追放するなんて……ヴァリトラ様のみならず、我ら総勢300万の魔物はみんな大激怒しているゴブ」
「はぁああああ!? デタラメ言うんじゃねぇ! 兄貴は回復薬(ポーション)もマトモに作れないクソ落ちこぼれだぞ!」
「教祖アルフレッド様ぁあああッ! 一大事、一大事でございます!」
大絶叫を上げて走り寄ってきたのは、俺様が兄貴の襲撃を命じた教団幹部だった。
「ご命令通りマイス・ウィンザーを粛清しようとしたところ、なんと守護竜ヴァリトラ様が現れ、『マイス兄様こそ私の命の恩人にして、この世のすべてを統べるに相応しい【至高にして至大であられるお方】です。マイス兄様を傷つける者は、この私が地獄に叩き落す』とか、なんとか、そのようなことをぉおおおおおッ!?」
「はぁ!?」
そういや兄貴はヴァリトラ様の正体は、4年前に死んだティニーの姉貴だとかなんとか言ってやがったが……
「んな訳あるかぁああああ! お前は幻覚でも見せられたんだろ!? ちっ、兄貴の野郎、辺境に行くために魔法使いの護衛でも雇ったんだな」
「い、いや、しかし……!」
「……ヴァリトラ様のお言葉が聞けないとは、ヴァリトラ教団の教祖が聞いて呆れるゴブ」
「はぁ!? ヴァリトラ様はそもそも人語をしゃべったりはしねぇだろうがよ。さてはお前、俺様の集めた金が目当てだな。クソ雑魚モンスターが俺様に逆らうと、どうなるか……!」
「我ら魔物の真の支配者【至高にして至大であられるお方】を粛清しようなどと、不敬極まりないゴブ。思い知らせてやるゴブ!」
ゴブリンキングは手にした棍棒を振るい、俺様をぶっ飛ばした。
「ぶぎゃぁあああああッ!?」
「ホームラン、ゴブ」
俺様は宙を舞って、池に墜落した。
ゴバゴバッ! しこたま水を飲んで、そのまま気絶する。
気がついた時には俺様の自慢の教会は焼け落ち、信者から巻き上げた金は持ち主に返されていた。
だが、これが転落の始まりに過ぎなかったとは、まだこの時の俺様は知るよしもなかった。
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