第24話 鼎談(宰相・近衛騎士隊長・侍女長)

「共通の話題が……仕事なので……」


 たどたどしく答えた、王の婚約者である姫君。

 そうですよね、と宰相イグナーツはしおらしく返事をして退室。

 廊下に出た後。

 両方の拳を握りしめ、天井に顔を向けて押し殺した声で絶叫した。


「あのさあああああぁぁぁぁぁ!! なんなのあのひとたち!! おかしいでしょぉぉぉぉぉ!!」


 地団駄踏んで、小声で叫び続ける。


「良い子過ぎるでしょおおおお二人とも!! なんでそうなのぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 部屋の前で待機していた近衛騎士団長のエリクは、暴れる実兄・イグナーツの姿を見つめて「だよねえ」とのんびり相槌を打った。

 それを聞きつけたイグナーツは、キッとまなざしを鋭くして振り返る。


「良い雰囲気だったよね? あの二人、絶対にお互いに好きだよね!? それなのにさ、めっちゃくちゃ行儀が良いの!! 結婚式はあげてないけど、今って要するに事実婚状態なわけじゃない? ちょっと羽目を外して蜜月送ってくれても周りは全然良いと思っているし、ご懐妊があっても『順序が違う』なんて言わないで盛大に祝うっての。それなのになんなの? なんでこんなことになってんの? このまま、同居はするけどずるずると結婚しないカップル状態、この先何年も何年も仲良しさんを続ける気なんじゃないの!? なんのためにエステル様に『とりあえず国境越えて来て』ってお願いしてここまで来てもらったのかと……!!」


 一息で言い切ってから、ため息。

 さりげなく理由をつけて部屋から出てきたらしい侍女長メイレンも、「誠に遺憾」と言わんばかりの深刻な形相で頷いている。


「エステル様、よく気のつく方です。これまでお会いしたどんなご令嬢よりも周りを見ていて、真面目で、ご自分が後回しで。さすが王女殿下といったところですが、あの年齢まで行き遅れたのもさもありなんとも感じます。今も、この国の問題を全部片付けてからでなければご自分が幸せになるなどありえないと信じているように見えます」


 数日、そばで過ごしてよくよく未来の王妃を見てきたメイレンは慧眼であった。

 イグナーツは「なにそれこわい」と遠慮なく言うと、悪寒がしたとばかりに自分の腕で自分自身を抱きしめつつまくしたてた。


「やめてほしいんだけど……!! 問題が全部解決することなんかあるわけないじゃん!! むしろ解決する元気を得るために結婚したりいちゃいちゃしたりするんでしょ……!! 今のままだとマジでただの仕事仲間なんだけど……!! わかってんのかな、あの二人」

「わかってない。わかってないからいまの膠着状態」


 すかさず、エリクが言い添える。

 まさに、二人の関係は側仕えの者たちからして膠着状態としか言いようがなかった。


「陛下は結構頑張っているんですよ……。ただ、エステル様には通用しないんです。陛下のあの本気の口説き文句も熱視線も」


 朝に二人が顔を合わせるときにいつも居合わせているメイレンが、眉をひそめて言う。それを受けてイグナーツが「驚愕が止まらないんだけど」と大げさに絶望の表情を作って言った。


「なんで……? なんでミゼラ大公には『側室もおかせません』とか大見得を切って、陛下を感動でむせび泣かせておきながら陛下本人には塩対応できちゃうの……? 真の氷はエステル様なんじゃないの……? 陛下の気持ちの行き場所はどうなるの? 陛下あれで不遇一筋十八年の青少年だよ? これ以上無理させてる場合じゃないんだけど……見てらんないんだけど」


 しかも、とメイレンが口を挟む。

 ひいぃっとイグナーツは息をのんで「まだ何かあるの?」と非難がましく言った。メイレンは瞑目して頭を振り、ため息交じりに言う。


「エステル様……、このままだと婚礼衣装も必要ありませんと言い出しかねないです……。ご自分にお金をかけることにも及び腰で。『普段は、着慣れているから侍女の制服でもいいの。ドレスより洗濯も楽よね』なんて言い出すんですよ。いいわけないでしょう。着慣れているってどういう意味ですか。あちらの王宮で侍女をしていたというんですか、王女殿下が」


 イグナーツは「ええええええ」と表情を歪めて片手で口元を覆い、「何それ」ともらした。


「やめてよ……。だいたいどんな嫌われている王族だって、結婚式くらいは祝ってもらえるし、お金がなくても綺麗な衣装で参列者に夢を見せるのが仕事でしょ……!! 怖い……。財政難直撃世代の発想、怖い。結婚式は地味で良いとかしなくても良いとか言わないでほしい……。そういう大いなる無駄をするのも王族の仕事ですよ。真面目と真面目の結婚怖い……」


 自分たちが戴く王と未来の王妃に対して散々な意見が飛び出していたが、居合わせた誰からも反論が出ないあたり全員の気持ちはひとつであった。

 吐き出すだけ吐き出したイグナーツは、とどめのように深い溜息をついてしみじみとつぶやく。


「もうだめだ……。あの二人にまかせておいたら俺が倍の速さでふけこむ……。やきもきしすぎて寿命が縮む。もう結婚の準備はガッツリ進めるから、二人にも覚悟を決めてもらおう」

「覚悟?」


 問いを挟んだエリクに対し、イグナーツは瞳に不屈の炎を蘇らせて、宣言した。


「ここにきて、なぜか進まなくなった二人の関係を進めるの……。もう、偶然の出会いでもなんでも演出してやる。さっさとくっつける……!!」


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