第17話 心からの歓待と、一抹の
目を見て話すというのは、それほど簡単なことではない。
王族であるエステルをまっすぐに見てくる者など、そもそもあまりいない。エステルもまた、あえて周囲に対して「目を見て話しなさい」といった不自然な命令を下すこともなかった。
自分の身に不思議な能力が備わっていることを受け入れてはいたが、乱用をしたり、無理やり他人の心をこじ開けてその内面を探ることには忌避感があったのである。
力に溺れてしまえば、自分を「特別な人間」と勘違いしてしまう。
この力は、そういう使い方をしてはいけないものだ。
誰に教えられたわけではなくとも、エステルは固くそう信じてきた。
機会があれば側仕えの者たちの心を聞くことはあったが、積極的に探ることはしていない。唯一、意識的に能力を使ってきたのは、父王の側で廷臣たちの本音を知る目的のためであった。
叛意、敵意、悪意。個人的な嫌悪にとどまるものならば見過ごすが、暗殺や裏切りなど具体的な行動を起こそうという者があらば、自分なりの言葉で警告として父に伝えてきた。
(ミリアム嬢とマチス様のこと。王家に直接影響及ぼすお二人のこと、私がきちんと見ていれば。あんな形で問題が表面化する前に、警告を発して最悪の事態を防げたかもしれないのに……)
後悔の大きさゆえに、使わなければならない場面では決してためらわずに使うと、決意は固く。
エステルは強い意志を持って、シュトレームの王宮にて出会う者すべての目をしっかり見つめ続けた。
* * *
足を捻ったせいで、アベルの腕に抱かれての登城。
それが注意をひいたのか、それともシュトレーム人の好奇心旺盛な気質のせいか。皆、エステルの目をばっちり見て挨拶をしてくる。
これ幸いと、エステルは微笑を返しながら全員の目を見た。
(陛下が探りきれていない皆様の本音、この私が探りましょう……! 最初の失敗を取り返すために)
◆侍女長メイレンの場合
「ようこそお越しくださいました。お疲れのことでしょう。どうぞこの城を『我が家』として、寛いでお過ごしくださいませ」
“この方が私たちの王妃様になられる方……、なんて愛らしい。堅物陛下の心を奪うのも頷けるというものです。誠心誠意お仕え申し上げます……!!”
(裏がないです……。裏がないどころか、心なしか娘か孫のように思われているような……。陛下の人徳のなせるわざでしょうか、この忠義心)
◆近衛騎士団長エリクの場合
「お待ちしていました、王妃様。あ、正式にはまだでしたっけ。結婚式は盛大に執り行うんですよね、おまかせください。裏山から鳩の百羽や千羽とっつかまえてきてぶわって式のときに解き放ちますよ。壮観ですよ……!!」
“あの陛下が、ついに結婚か。ちみっこいガキの頃から見てきたが、嬉しいねえ。しかも、お相手は子ども時代にお世話になったっていう敵国のプリンセス……!! 劇的!! こんな劇的なことってある? もう、騎士団一同祝砲どっかんどっかん撃っちゃう”
(空砲ですよね? 戦争の名残の実弾をそこで消費したりしないですよね? それと、結婚式に飛ばす鳩はたいてい白い鳩だと思うんですけど、山の中でそんなにたくさん捕まりますか? キジバト千羽飛ばしても空が不吉なほど真っ黒になるだけですし、おそらく列席者にフン害が……)
まともに心の中でつっこみかけてしまった。
エステルを抱えていたアベルも同様のことを考えたのか、「暇なのか、我が国の騎士団は」と仄暗い声で言った。エリクはまったく悪びれない様子で「陛下のおかげで平和になりましたので!!!!」と空気を震わせるほどの声で答える。
後ろについてきていたイグナーツが「ちなみに私の弟です、エリクは」と解説してきた。
(シュクヴァル兄弟……。きっと陛下のことを、お小さい頃からご存知なんですね。あの頃の陛下は本当にお可愛らしかったですから、その幸せを祈りたくなる気持ちもよくわかります)
◆侍女ダニエラの場合
「湯浴みもお着替えの準備も整っていますので、どうぞ。私、さきほど外のお迎えにも参列していたんですが、もしかして足を痛めてらっしゃいます? ご無理なさらないでください。歩く時は私に寄りかかってくださって良いですからね!」
“氷の陛下と年上のお姫様……。陛下の心を溶かせるのはこの方だけなんですね。運命の初恋……ああ、美男美女で。憧れすぎる。目の保養です。この職場、最高っ”
(初恋というのかしら。姉弟の絆よね、私と陛下は)
言葉の上だけではない、真心のこもった挨拶が続く。
微笑みかけながら、エステルはこれがアベルが率いてきたこの国の姿なのだと心に刻む。
ひとりひとりは、長い間戦い続けてきた敵国の、顔の知れなかった相手。
顔を合わせてみれば、こんなにもよくわかる。同じ人間なのだと。
(陛下が説明してくれた通り、私の周りには信頼をおける者を配置してくれたというのは本当みたい。今のところ、腹に一物抱えているような相手がいないのだけど)
そのとき、エステルを抱えたアベルの腕に、力が込められた。
ごく小さな声で、囁かれる。
「来ました。ミゼラ大公です。前王の弟で、ことさら血にこだわる。俺のことも認めていません。どんな嫌味が飛び出すことか。お気をつけて」
声に導かれるように、エステルは廊下の向こうで待ち構えている年配男性を見た。
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