4.『魔術学院』からの帰り道(1)
英雄神の〈器〉が出現しているという衝撃の情報を除けば、講義の内容自体はそれほど目新しいものはなかった。三千年の間に増えていた神の〈器〉もまた、いくつか存在することが知れたくらいだ。
とはいえ、面白くなかったわけではない。自分の、三千年前の知識との相違にはやきもきしたが、さすが『魔術学院』の講師である。引き込まれる授業だった。
「少しは興味出てきた?」
「…………」
そんなリルカの様子に気付いたユハが言ってくるのに、あえて無言を返す。ここで頷こうものなら、「じゃあ『魔術学院』に入ろう」と話を持っていかれるに決まっているからだ。
(講義は面白かったけど、魔術を使いたくなったわけじゃないもの)
今世のリルカは【死と輪廻の神ローディス】と【癒しの神ユースリスティ】にすべての魔力を捧げると決めているのだ。その決意はそうそう揺らがない。
その後は別の講義に出るというヴァリスと別れ、学院内をいろいろと巡った。演習場で上級魔法を自在に操る人も見たし、ユハに魔術を見せてもらったりもした。
便利なのだろう、とは思う。そして、素質があってスカウトされているというのなら、『魔術学院』に入学するのが普通の人が選ぶ道なのだとも。
それでも、この見学で、リルカの決意が揺らぐことはなかった。
「今日はありがとう、ユハ」
「どういたしまして。……リルカの考えを変えられなかったのは残念だけど、約束通り写本は今度持っていくよ」
「ふふ、ありがとう。楽しみにしてる」
「……少しくらいはとっかかりになると思ったんだけどな……」
「うん?」
「なんでもないよ。僕はこの後レポート書かなくちゃいけないから送れないけど、気を付けて帰って」
「うん、わかってる。ユハもがんばって」
手を振って門で別れる。
『魔術学院』は幸いにもリルカの住むところからそう遠くないし、まだ外は明るい。のんびりと徒歩で帰ることにする。
あまり寄り付かない区域の街並みを眺めながら歩いていると、とある店のテラス席からじっとリルカを見つめる人がいるのに気付いた。
(あ、あの人……!)
それは図書館で見かけた、耳飾りが妙に心に残った人だった。それにしても、どうしてじっと見られているのか――そう考えたのと、耳飾りについて何がひっかかったのか理解したのは同時だった。
リルカは足早にその人に近づく。そうして逸る気持ちのまま、強く机に手をついて、小声で叫んだ。
「あなた――ティル=リル様ですね!?」
その人はにこりと笑った。その唇が「正解」と紡ぐのと同時、その人の外見が幻のように入れ替わる。――美しいが幼い、煌めく銀の髪の少年の姿に。
「やあ、久しぶりだね、リルカ。元気だった?」
「たった今、元気がなくなりました。まさか、ティル=リル様だったなんて……」
「きみ好みの美形だっただろう? でもあんなにあからさまにヒントを出してあげてたのに、すぐに気づいてくれなくて悲しいな」
「あからさまって……あんなのすぐ気づかないですよ……」
ティル=リル――【戯神ティル=リル】。彼もまた、『古き神』の流れを汲む一柱だった。
その名の通り、遊びや戯れを司る……率直に言うと性質としては悪戯好きの神である。
この神は度々人間界に現界し、リルカの周りに出没する神でもあった。そう、それこそ今回のように、ただの人間のような姿をして、けれどどこかに違和感を抱くようにして。
「前世時点で滅んでいた国の意匠の耳飾りなんて、私だって文献でしか見たことがなかったんですけど……」
「でも、最終的には気づいたでしょ?」
ヒントとして難しすぎないかと暗に言ってみるけれど、ティル=リルは悪びれた様子もなく笑う。
この神が為すことをコントロールしようとするのが間違いなのだとわかっていながら、リルカは溜息をつきたい気分になる。
「……それで、今回は何しに降りてらっしゃったんですか?」
「元気にしてるかなーって思って」
「……それだけでほいほい降りて来ないでください。今そんなことしてるのティル=リル様だけでしょう」
今現在、神々は、戦乱の時代に人間界に手出しをしすぎたことを省みて、『人間界にあんまり手を出さないようにしよう』ということになっている、らしい。そしてそのスパンが人間にとっては長すぎて――少なくとも千年単位なので――こうまで神々への信仰が薄れているのだが、神々にとって人間の信仰というのはあったらいいけどなくてもいいものなので、特に気にしていないらしい。覚えている人間からするとやきもきしてしまうのだが。
「ぼくはちょっと神の中でも立ち位置が違うからね、怒られないんだ」
「それは知ってますけど……」
「まあ座りなよ」と促されて、仕方なくリルカはティル=リルの向かいに腰を下ろす。いくら気安い態度を許してくれる神とはいえ、無視して帰宅するという選択肢をとれるはずもなかった。
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