30.ユハとエセルナート


 と、そこで、「外がうるさいからちょっと中に入れるね」とティル=リルが言い出した。そうして、突然空中にユハ、エセルナート、セヴェリが現れ――床に落ちた。


 落下の衝撃に顔をしかめつつ、リルカを認めてほっとした顔をするユハ、同じくリルカを見て安心した顔をしたものの、すぐにヴィシャスに鋭い目を向けたエセルナート、着地姿勢が一番まずく、腰を打って痛がっていたかと思うと、神々に視線を向けて目を輝かせたセヴェリ――三者三様の反応をする各人を見て、リルカは思った。


(この状況にこの三人入れちゃうんですかティル=リル様……!)


 神々の話される内容がリルカの理解を超えて(というか理解をしたくない域に達して)しまって、ただでさえいっぱいいっぱいなのに、そこにどう考えても事態を混迷に陥らせそうな人員を投入してくる――神々の気ままさを凝縮したような所業だった。ティル=リルの【戯神】としての面が強く出てのことのような気もするが。


「リルカ、無事!?」


 鬼気迫る様子でリルカに駆け寄ってきたのはユハだ。正直その反応は予想していたので、リルカはユハを落ち着かせるために口を開いた。


「私は大丈夫。ユハこそ大丈夫? 現世ではそうそう触れることのない神力に触れたでしょう。体に不調とか……」

「僕のことはいいんだよ! 君を残してあの場から放り出されて、本当に気が気がなかったんだから……!」

「それは……心配させてごめんね。でも、この通り無事だし、神々も落ち着かれたから……」


 リルカの連ねる言葉に、それでも疑心と心配に満ちた目を向けていたユハだったが、しばらくしてその張り詰めた雰囲気を少し和らげた。とりあえずリルカの無事については納得してくれたらしい。


「……でも、リルカ。少し顔色が悪い。リルカも神力とやらにあてられたの?」

「『も』ってことは、やっぱりユハは体に影響が出たのね」

「…………僕のことはいいんだってば。何があったの? 神が何かしたんじゃないだろうね」

「もう、神々にそんな言い方をしたら不敬よ。何かされたわけじゃなくて、私がちょっと話についていけなくてくらくらしちゃっただけで……」

「話?」

「その話については、俺も聞きたい」


 首を傾げたユハに続いて、話に食いついてきたのはエセルナートだ。


「ヴィシャス様に聞いても、『話はついた。おまえには関わりないことだ』としか仰らない。何があったんだ?」

「その前に聞かせてください。エセルナートさんたちの方こそ、何があったんですか? どうしてヴィシャス様が人間界に……?」


 エセルナートの問いももっともだったが、それよりもヴィシャスが人間界に降りてきた経緯が気になって、リルカは疑問を向ける。エセルナートがここにいる以上、関わっているはずだと判断してのことだ。


「そうだな、こちらの事情を開示するのが先か……」


 そうして、エセルナートはここに至るまでの経緯を話し始めた。


「【雷霆神エルド】様の神殿を管理しているであろう人の元に向かい、そうしてその人とともに神殿に行くことになったのだが――その途中で、『魔物』が出たんだ」

「え……!? 『魔物』はこの都――リュリューには出ないはずでは……」


 言いかけて、それは正確ではないと思い出した。『魔物』と人間が遭遇しないように魔術が組まれているのであって、この都に『魔物』が発生しないようになっているのではない。


「――発生したばかりで、魔術でとばされる前の『魔物』と遭遇してしまったと?」

「そういうことだ。それ自体は、驚きはしたが全く起こりえないことではない――発生した『魔物』も、本当にすぐにどこかへとばされていなくなったからな。……問題は、それを理由に、ヴィシャス様が降りて来られたことだった」

「『魔物』を理由に……?」

「正確には、俺が――【英雄神ヴィシャス】を主神とする者が『魔物』と遭遇したこと、だな。ヴィシャス様は詳しくは仰らなかったから、断片的な情報からの推測だが」


 曰く、「ちょうどよく『危機』に遭遇してくれたものだ」といったことを言われたらしい。「おまえの体を借りるのでは埒が明かんからな。ちょうどよかった。ああ、そうだ。記憶――情報ももらっていくぞ」と、降臨にあっけにとられるエセルナートの額をつかみ、エセルナートの頭の中をかき回すようにして『情報』を得て、ヴィシャスは去ったらしい。


「おそらく、貴方の情報――あの孤児院の位置を知るためのことだったのだろうが、ちょっと二度とは体験したくはないものだったな……」


 遠い目をして言うエセルナートに、リルカはなんだか申し訳なくなる。リルカが申し訳なくなる必要はないのだが、自分のせいで、という気持ちが拭えなかったのだ。


 エセルナートの頭がかき回された影響がなくなってから、ヴィシャスはリルカの元へ向かったのだろうと検討をつけ、セヴェリの転移でこちらへと戻ってきたのだという。しかしそこにはリルカはおらず、ユハが何もないはずの空間に存在する透明の壁を叩いてリルカの名を呼んでいたので、何かがあったのだと臨戦態勢をとったところで、ティル=リルに空間の中へと引き込まれたとのことだった。


「そうだったのですね……」

「それで、リルカ殿には何があったんだ? 神々とどのような話を……?」

「その、実は……」


 そして今度こそ、リルカはエセルナートの問いに答えることにしたのだった。



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