29.癒しの神ユースリスティ(2)
「ちょっと! 『リルカ』の話をするのに、わたくしを抜きにするなんて道理に合わないでしょう!」
そんなことを言いながら、空間に現れた女神を見て、リルカはもはや驚くしかできなかった。
「ユースリスティ様……!?」
「久しぶり……前世ぶりね、『リルカ』。いつも魔力をありがとう。こうして相対できてうれしいわ」
「な、なんでユースリスティ様まで……?」
混乱するリルカに対して、神々は鷹揚に構えている。
「やっぱりね。ユースリスティは来ると思った」
「『リルカ』が見舞われている事態を映像で送ってきておいて何を言うの、ティル=リル。どうせ面白くなりそうだからと思ってのことでしょうけど」
「そのとおり~。この面子にきみがいないのは公平性に欠けるかなって思ってね」
にこにこと成り行きを楽しむように笑うティル=リル。それに反して、渋面になったのはヴィシャスだった。
「ユースリスティか……」
「あら、ご挨拶ね、ヴィシャス。あなたにそんな顔をさせられるくらいには、私のことを邪魔に思ってくれているようでよかったわ」
ばちばちと音が鳴りそうな様子でにらみ合う二神に、リルカは不思議に思う。
(ユースリスティ様とヴィシャス様が仲が悪いといった逸話は聞いたことがないけれど……?)
内心首を傾げるリルカに、ティル=リルが珍しくちょっと呆れたような表情を向けてきた。
「何不思議そうな顔してるの? ユースリスティとヴィシャスの仲が悪くなったのは、きみがきっかけなんだけど」
「えっ!?」
「むしろなんでそこで驚くのかな。ヴィシャスとローディスが神格落とすまで喧嘩したのに、ヴィシャスとユースリスティが何事もないはずないでしょ」
(い、言われてみれば……?)
ということは、ユースリスティも神格が落ちかねないような目に遭ったのだろうか。ティル=リルからはローディスの件しか聞いていなかったのだが。
「勘違いするな、『リルカ』。おれは、女に手を上げたりしない」
「それで『リルカ』の好感度が上がると思ってるなら、人間を学び直してきた方がいいわよ」
「おまえはおれが手を出さないからって好き勝手言うな……」
「言っても響かない相手なんだから、好きに言わせてもらうくらいはするわよ」
(な、なんというか、逸話でも、実際に会ったときも、にこにこして穏やかだったユースリスティ様が、こんなに刺々しくなるなんて……)
驚いてしまったが、なんだかちょっと、『アイシア』を――ひいては『リルカ』を大事に思ってくれていた証左のようで、うれしく感じてしまう。
「……わたくしもうれしいわ、『リルカ』。本当は、わたくしにも、他の神にも会わずに、平穏無事に生きてくれたらそれが一番だったのだけれど。それはもう、ティル=リルがあなたに興味を持った時点で無理なことだったし……」
「『愛し子』を見出した神が、見守らずにいられると思う?」
「見守るどころか、人間界に降りて接触までしていたくせによく言うわね」
「それは仕方ないね。ぼくは基本的に人間に接していたい神だし」
「まったく、悪びれないんだから……」
深くため息をついて、ユースリスティは改めてリルカに向き直った。
「こんなことになってしまったからには、わたくしももう黙ってはいないわ。あなたが望む生を遂げられるように――あるいは、その先まで望むように生きられるように、協力は惜しまないから」
「そ、そんな……ただ副神として奉じているだけの私には過ぎた扱いです」
「わたくしが、そうしたいの。神は勝手なものよ? そうしたいから、する。それだけのことよ」
「ユースリスティ様……」
そうは言っているが、リルカのためを思ってのことなのは自明のことだった。感動に名を呼ぶしかできないリルカに、ユースリスティはにっこりと笑む。
「ヴィシャスやティル=リルは好き勝手言うけれど、あなたはあなたの好きに生きればいいのよ。まあ、みんな神だからやっぱりやりたいようにやるでしょうけれど……あなたの生き方の邪魔をしたいわけではないから」
「みんな、あなたという存在を愛おしく思っているのは本当なのよ。もちろん、わたくしも」とユースリスティは続ける。
「それにしても、もう! ローディス、あなた、ちょっと存在感が薄すぎるわよ! 『リルカ』の今世を捧げられたんだから、もっと存在感出していきなさいな!」
「そ、そう言われてもだな、ユースリスティ……」
「ローディスは元々こんな感じで影が薄いのが常態だろう」
「確かにそうだけど、それは言わないのが優しさじゃない?」
「何もフォローになってないわよ、ティル=リル」
「それに、これ以上存在感を出されると、おれがリルカを口説くのに邪魔だ」
「それも事実だけど、それを口にしちゃうのがヴィシャスだよねぇ」
「本当、いろいろ学び直してきた方がいいわよ、ヴィシャス」
「どういう意味だ」
ヴィシャスがティル=リルとユースリスティを睨めつける。しかし二神は呆れたように肩を竦めるばかりだった。
「――ああ、『リルカ』。あなたの生の選択肢に、『わたくしの信徒として生きる』を加えてくれてもいいのよ? もうヴィシャスに見つかってしまう心配はしなくてよくなったわけだし」
「え……?」
「副神として奉じてくれているのもうれしいけれど、『アイシア』のときのように主神にしてくれれば、〈神子〉にもできるし……」
「え、いや、あの……」
さきほど、ローディスに生涯を捧げる宣誓をしたばかりだ。戸惑うリルカに、ユースリスティは悪戯げに微笑む。
「ローディスは『リルカ』の意思を尊重するスタンスだから。わたくしにだってチャンスはあるわよね?」
「……私は……」
「そう言う選択肢もある、というだけよ。もちろん、無理強いはしないわ」
「――結局、おまえも『リルカ』がほしいんじゃないか」
「かわいいかわいい、前世からの信徒だもの」
「それを言ったら、ここにいる全員、前世から『リルカ』に目をつけてたわけだけど」
「だから、平等に寵を争うのでしょう?」
ユースリスティの言にリルカは驚愕を通り越して呆然とした。神々の寵を人間が争うのではなく、人間であるリルカの寵を神々が争うなんて、軽口だとしても許容できない。
「ユ、ユースリスティ様……!」
口をはくはくとさせるリルカの頬を、ユースリスティが両手で包み込み、艶やかに笑む。
「神に寵を争われるとなって、そんな反応をするあなただから好ましいと思うの。――だから『リルカ』、覚悟しておきなさいな」
「きっとあなたと神々の関わりは、これだけでは終わらないわ」――まるで予言のように告げられた言葉に、リルカは今度こそ卒倒したくなった。
「お株奪われちゃったな~。……でも、ユースリスティの言うとおり。きみの星は、まだまだ神と関わることになるだろうね。いやぁ、楽しみだなぁ」
「『リルカ』を望む神がまだ増えるのか。さすがはおれが伴侶にと見定めた女だ」
「『愛し子』だから、まあ基本は好意を持たれるだろうけど……波乱の星も見えるから、何が起こるかはわからないかなぁ」
気が遠くなるリルカに、ローディスだけが気遣わしげな視線を向けて、励ましてくれる。
「……貴女は、私の信徒だ。守るから、安心してくれ」
「……ありがとうございます。心強いです、ローディス様……」
もはや遠慮などしていられる境地にはなく、リルカは有り難く、ローディスの言葉を受けたのだった。
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