15.都案内(2)



「エセルナートさんはこの都のどんなところを見たい、とかありますか?」

「どんなところ……というと?」

「観光を主にしたいのか、これから暮らしていく上で必要そうなところを知りたいのか、そういったことを教えていただけたら、どこをメインに見て回るかも決めやすいので」


 先にそういったことを打ち合わせておくべきだったのかもしれないが、リルカもそこまで気が回らなかったのだ。流れのままぶらぶら有名どころを観光するのでいいかな? などと考えていたが、心付けをもらってはそうはいかない。

 先日のユハとの約束のことはあるが、ある程度エセルナートの希望に添って観光すべきだろう。


「そうだな……」


 エセルナートは考え込むように目を細めた。


「せっかく都に来たのだから、有名な観光どころは押さえておきたいと思っていたが、それは一人でもできそうだ。どうせなら、リルカ殿のお勧めの場所や……よければ、貴方が拝神している神に祈る場を見せてもらえないだろうか? 俺の周りには【死と輪廻の神ローディス】に拝神している者がいなかったから、見てみたいと思っていたんだ」

「神に祈る場を、ですか?」


 言われて、己がローディスに祈る場を思い浮かべる。

 リルカのできる精一杯でつくられたそれは、本当にささやかなものだ。

 ミズハの国での拝神事情はわからないが、個人で祭壇を整えている可能性は低い。

 これがユースリスティの方であれば、リルカが個人で作ったのではない祭壇なので、もう少しマシなのだが。


「ええと……ローディス様の方は個人で祭壇を整えたので、本当にわざわざ見るようなものではないんですけど……」

「個人で? それはすごい。知り合いが研究をしたがりそうだ」


(そうだった、エセルナートさんのお知り合いは『魔術学院』の関係者なんだった)


 うっかりすると研究対象になってしまうだろうか? 今時拝神する人間は珍しいとはいえ、リルカは(表面上は)ただ『古き神』に拝神しているだけの人間で、そんな人間がささやかに作っただけの祭壇だ。それはないだろうと思って過ごしていたのだが。


「そんな、研究されるほどのものでは……」

「俺の故郷――ミズハの国の拝神の方法にも興味を持っていた。貴方の拝神の方法などにも興味を持つのではないかと思う」

「拝神の方法に、そんなに違いがあるでしょうか?」

「わからない。わからないほどに拝神を行う人間は減っていると言っていた。だからこそ、貴方のことを知ったら興味を持つと思うのだが……」


 リルカは今時拝神をしている珍しい人間ではあるが、それを殊更に公にはしていないので、知っているのはユハのような幼なじみ、孤児院関係者、あとは仕事上話すことがあった相手くらいのものだ。故にエセルナートの知り合い――研究者にはリルカのことが伝わっていないのだろう。『魔術学院』に属するということで可能性のあるユハは、リルカがそういうふうに興味を持たれるのを好まないのを知っているので、話が広がらないようにしてくれているのだと思われる。

 エセルナートも大丈夫だろうとは思いつつ、念のためにそういうのは望まないということを伝えておくことにする。


「その、私は静かに、神々を拝神していられればいいので、そういうのは……」

「そうか。それならば俺からは伝えないでおこう」

「ありがとうございます」

「だが、俺に見せてもらうことはできるだろうか?」

「それは……」


 少し迷ったが、いいですよと頷く。リルカは前世の記憶を元に祭壇を作ったが、今世では様式が変わっている可能性もある。比較対象がユースリスティのものしかないので、そのあたりは気になっていた。意見がもらえたらありがたい。


「貴方の祈りの場は近いのだろうか?」

「ここからだと少し遠いですね」

「では、どこかリルカ殿のお勧めの場所からがいいだろうか」

「お勧めの場所……と一口で言ってもいろいろとありますけど……」

「好きな風景がある場所だとか、気に入りの店だとか、そういうのでいい。……ああ、念のために言うが、その、つきまといのような行為をするつもりはないので安心してほしい」


 そんな心配は微塵もしていなかったが、確かに好む場所や生活圏内を案内するとそういう危険性もある。突き詰めてはユハとの約束にも関わるので、リルカは元々の案内の候補だった場所の他に、どこを案内すれば問題ないかを考えながら口を開いた。


「そういう心配をエセルナートさんにはしていないので大丈夫ですが、お気遣いありがとうございます」

「……俺が言うのもどうかと思うが、貴方はもう少し警戒心を持った方がいいのではないか」

「警戒、していないわけではないですよ」

「そうなのか?」

「そうですよ」


(なんだかこの会話、変じゃないかしら)


 思いつつ、エセルナートと笑い合う。その微妙な間を置いて、「ならいいか」とエセルナートが言った。


「リルカ殿の教えてもいいと思うお勧めの場所を教えてくれ」

「はい、行きましょう」


 元々街の中央地域にある宿から出たので、リルカの教えても問題ないと思うお勧めの場所まではそう時間がかからない。ぽつぽつと話しながら歩く。

 そうしてたどり着いた先は。


「……ここは……」

「先ほどの剣の話もありましたし、私の知ってる場所の中では、エセルナートさんはこういうところが気になるかと思いまして」


 リルカが案内したのは、いわゆる職人通り。その中でも刃物――武器を扱うような店が集まるあたりだった。


「私、こういう、お店が集まっているところって好きなんです。眺めているだけで楽しいし、いつかここのお店で買い物しようって思ってお金を貯めるのも楽しいし」

「なるほど」

「お給金を貯めて買った、ここのお店のナイフを大事にしているんです。研ぎにも出していますし」

「そうなのか。……ここ、入ってみても?」

「もちろん、どうぞ」


 リルカがナイフを購入したことがある店を指してエセルナートが言うのに頷いて、二人で店内に入る。


「おお、これは……すごいな」


 店内の壁や壁際に所狭しと置かれた刃物たちを見てエセルナートが感嘆したふうに呟く。

 家庭用の刃物から、エセルナートが持つような剣士が扱う武器まで各種取りそろえてあり、中にはどんな人なら持てるのかと気になってしまうほど大きなものもある。


(……ああ、そうか。『魔術』で筋力を高めたり重力の操作をできるから、ああいうものでも扱えるのね)


 今まで深く考えたことがなかったが、そういうことかと思い至る。

 前世でも『神術』というか『加護』でそういうこともできなくはなかったが、三千年前は主流ではなかった。


 店自体はそれほど大きくはない。一通り店内を回ったエセルナートは、店主に「ここは持ち込みの研ぎもやっているのか?」と訊ねていた。


「研ぎはやってるよ。あんた、剣士みたいだが、剣はどうした?」

「諸事情で今は余所に渡していてな。代わりの剣がほしいと思っていたんだ。一見でも売ってもらえるか?」


 エセルナートの問いに、店主はちらりとリルカを見た。リルカは軽く頭を下げる。


「まあ、いいだろう。初めて剣を買うようなひよっこでないなら、余所に渡してるってやつに似たようなのを探す方向性だと思うが、それでいいか? 一から作るのもできるが、時間がかかる。手元に得物がないのが続くのは落ち着かないだろう」

「その通りだ。それでお願いしても?」

「元の剣の特徴を言え。奥から何本か持ってくる」

「ありがとう。よろしく頼む。特徴は――」


 そうして一通り元々の剣の特徴を伝え、店主が候補の剣を取りに奥に引っ込んだタイミングで、エセルナートがリルカを気遣ってきた。


「すまない、もう少しかかりそうだ。リルカ殿はつまらないだろう。どこか他の店で時間を潰していてもらっても構わないが」

「いえ、大丈夫ですよ。使いはしませんが、武器を見るのは好きなんです」

「そうなのか? 女性はこういうのはあまり好まないと思っていたが……」

「そもそも、案内したのは私ですし。存分に合う剣を探されてください」

「そう言ってもらえるのはありがたいが……」


 それでもまだどこか気にしているような素振りだったエセルナートだったが、店主に呼ばれてまたリルカから離れた。


 リルカは武器を扱わない。それは前世でも今世でもだ。けれど、前世でそれらを使う人々が身近だったからか、今世との違いや変わらないところを探すのが楽しいので、時間を潰すのには困らない。


(……ユースリスティ様が、武器をお嫌いなのよね。武勇を振るう人間は、ユースリスティ様の〈器〉にはなれないって言われていたし)



 武器を持ち戦う者がユースリスティに拝神できないことは有名だった。だからこそユースリスティを主神としている者が戦場へと赴くことが義務づけられていた面もある。


 店内の武器をじっくりと眺めながら、リルカは懐かしい記憶に思いを馳せた。



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