14.都案内(1)
エセルナートに都を案内する日が来た。
まだ都の中に疎いだろうエセルナートには宿で待っていてもらい、リルカがそちらへ向かうと事前に取り決めておいたため、まずリルカは宿を訪ねてエセルナートへの取り次ぎをお願いした。
宿泊施設は建物の二階以上なので、階段横で待たせてもらう。
しばらくして、階段を降りてくる足音が聞こえてきた。同時に、リルカへと向けた声かけも。
「おはよう、リルカ殿。すまない、待たせてしまっただろうか?」
「おはようございます。そんなことは……」
足音の主――エセルナートを振り返って、リルカは目を瞬いた。
先日は『いかにも剣士』といった少々無骨な様相だったエセルナートが、街の流行を押さえた、十人中十人が振り向くような、万人に魅力的に映るだろう姿をして現れたためだ。
「…………」
「……やはり、このような格好は俺には似合っていないだろうか……」
つい見つめてしまったリルカを誤解したのか、元々自信がなかったのか何なのか、エセルナートがそんなことを言い出したので、リルカは慌てて否定する。
「いえ、よくお似合いです! この間と印象が違うなって思って見入ってしまっただけですから!」
「そ、そうだろうか? ……宿まで案内してくれた親切な方に都案内をお願いしたと知り合いに伝えたら、これを着ていけと押しつけられて……。故郷ではあまり見ない服装なんだが、こちらではこれが流行りなのか?」
「そうですね。私もそこまで男性の服装に詳しくはないですが、おそらく流行の最先端の服なのではないでしょうか」
「最先端……」
最先端なだけじゃなく最高級でもありそうだな、とリルカは思ったが、黙っておいた。
「この服装は……その、貴女と歩くのに、恥ずかしくないものだろうか?」
こちらを窺うようにしてエセルナートが訊ねてきたので、リルカは彼を安心させるために努めて笑顔をつくって応えた。
「大丈夫ですよ。ただ、エセルナートさんが格好良すぎて、案内するのが私なのがもったいない気がしますけど」
「もったいない?」
「美男の隣には美女が並んでほしいものじゃないですか」
そう言うと、エセルナートは目を丸くした。
「そういうものなのか……? いや、そもそも俺は美男じゃないが……」
「エセルナートさんは美男ですよ!」
「!?」
(はっ、つい被せ気味に否定してしまったわ)
リルカは美しいものが好きである。物でも、風景でも、人でも、神でもだ。
前世の幼なじみ兼兄貴分からは、よく「アイシアは面食いだから、神に遭ったらすぐたぶらかされそうだ」などと言われていた。現世の幼なじみであるユハからは「リルカは相手の顔がよかったら大抵のことは許しそうで心配」とも言われている。
……事実、ティル=リルの行いについて本気で怒ったりできないのは、【戯神ティル=リル】はそういう神だから、と納得してしまう以外に、ティル=リルがリルカ好みの顔をしているからというのもあるような気がしている。本神もそのあたりを意識して、姿変えの際でもリルカ好みに仕上げてくることも多い。
『美しい』と感じるものは人それぞれであるとはわかっている。しかし、美しいものが、美しくないとされることには、リルカはつい反発心を抱いてしまう。
そういうわけで、つい食い気味にエセルナートの言を否定してしまったのだった。
「すみません、大声を出して」
内容については触れずに、大きめの声を出してしまったことだけ謝る。
するとエセルナートは眉尻を下げ、目を伏せて、しどろもどろに応えた。
「いや……その、ええと、美……とか、そう言ってもらえるのは……ありがたい……と思う……」
「今までそういうこと言われたことがなかったんですか?」
(そんなことはないと思うけど……)
エセルナートは精悍な容貌を持つ美丈夫だ。誰からも容姿を褒められたことがないなどということはないだろう。
リルカの予想通り、エセルナートは小さくだが首を横に振った。
「リルカ殿のように率直に、面と向かって褒められたことはあまりないが、まあ……一般的に見て俺の容貌が見るに堪えないものではない自覚くらいはある」
(いやなんでそんな最低ラインの認識に?)
心の中でつっこんだが、口に出すと踏み込みすぎになると判断して胸の中にしまっておく。
と、エセルナートの腰に剣がないことに気づいた。
「エセルナートさん、剣はどうされたんですか?」
問うと、エセルナートは肩をすくめる仕草をした。
「あれは【英雄神ヴィシャス】様の降臨時に持っていたもので、神力が馴染んでいてな。知り合いに研究用に持っていかれた」
「そうなんですか……」
「元々研究用に貸し出してほしいと話はされていたが、着いて早々に持っていかれるとは思わなくてな。体の一部が足りないような気持ちだ。……ああ、一応剣がなくてもそれなりに戦えるから、荒事になった際の心配をしているなら――」
「いえ、まず荒事が起こるような場所には連れて行きませんので」
都には治安の悪い場所ももちろんあるが、そこを案内する予定はない。
「では、そろそろ出発しましょうか」
「そうだな。リルカ殿をあまり拘束するのも悪い。……そうだ、これを」
「?」
エセルナートが先ほどから手にしていた、小さな袋をリルカに差し出した。何なのか予想がつかずに内心首を傾げながら、リルカはそれを手に取り――。
その感触と重み、そして緩んだ口から垣間見えた金一色に、目を見開いた。
「こ、これ……!」
「知り合いが、会って間もない他人の時間を拘束するなら、心付けが必要だろうと……」
「いや、心付けでこれはおかしいですよ! こんなじゃらっと渡すものじゃありません!」
「しかし都案内のツアーの相場は……」
「ツアーレベルを求められると私は逃げ帰らないといけないんですが……」
「そ、そうか……。では、ツアーを使わず、個人に案内を頼んだとして、その相場はどれくらいだろうか?」
ここで心付け――お金はいりません、と突っぱねるのは簡単だ。だが、リルカも日銭を稼いで生きている身。仕事が入っておらず、エセルナートの都合もついたので案内が今日になったが、そうでなければ日雇いの仕事を探して入れただろう。おそらくエセルナートの知り合いは、そういう人間が都に多いことから心付けを提案したのだろう。その心遣いを無にするのもはばかられる。……が、かといって最初に差し出された重みは個人に払うには多すぎる。
リルカは、この都でツアー以外に観光案内を行っている個人から聞いた話を思い返し、自分の普段の稼ぎと照らし合わせ、ついでにエセルナートを『全く知らない仲ではない』と定義して適正価格を決めた。
「その中から3枚。それで十分です」
「それは……少なくないか?」
「適正価格です。それ以上は1枚たりと受け取りませんので」
そうぴしゃりと言うと、エセルナートは渋々といった感じではあったが、3枚の硬貨をリルカに手渡した。
「ありがとうございます。この金額に見合う案内ができるように頑張りますので」
「そう、気負わせるつもりはなかったんだが」
「無償でやるつもりだった案内と、心付けを渡された上での案内は、やっぱり別になりますから」
「そうか……」
そうして今度こそ、リルカとエセルナートは宿を出て、街へと繰り出したのだった。
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