32.神々と人間


 神々とセヴェリの間を繋がなければ、と使命感に駆られたリルカだったが、ティル=リルは既にセヴェリと言葉を交わすのに異論はないような旨を口にしていたのでいいとして、問題は他の二神――ユースリスティとヴィシャスである。

 まずは、気を悪くしていないかと表情を窺うが、ユースリスティは穏やかな表情で推移を見守っているし、ヴィシャスは泰然と構えている。少なくとも、セヴェリの言動に思うところはないようだった。


「あの……ユースリスティ様、ヴィシャス様」

「あら、どうしたの? 『リルカ』」

「どうかしたか、『リルカ』」


 呼びかけると、二神はすぐに反応してくれた。リルカは考え考えしつつ、言葉を紡ぐ。


「その、セヴェリさん……先ほどみなさんに詰め寄ろうとした人についてなのですが……」

「『セヴェリ=トゥーロ』――誰を拝神するわけでもなく、おれたちについて研究している輩だろう。知っている。エセルナートの記憶から大体のことはわかった」

「わたくしはよく知らないわ。そういう人間がいるらしいというのは他の神から聞いていたけれど。……『リルカ』、教えてくれる?」


 ユースリスティに促されて、リルカはセヴェリについて知っていることを整理する。


 『魔術』の権威であり、魔術の申し子、天才と呼ばれながら、今は『古き神』を拝神することで授かれる『神術』を『魔術』で再現する――それを最終テーマに掲げて『古き神』の研究を行っている研究者。

 掲げているテーマがテーマなのでちょっと話しづらいが、それを知ったであろうヴィシャスが特に言及しないと言うことは、神々にとってはそれも取るに足りないことなのかもしれない。

 それでも少し言葉を選びながらセヴェリについて説明すれば、ユースリスティは「なるほどね」と頷いた。


「『魔術』が隆盛してからは、いつかはそういう人間が出てくると予想していたわ。高みを目指す人間は好きよ。ヴィシャスはどうだか知らないけれど」

「おれは別にどうとも思わない。『リルカ』を口説くのに関係ないからな」

「そういうところが、あなた、雰囲気がないのよね。直球なだけで『リルカ』が口説けると思っているの?」

「三千年前は強引にやって失敗したが、直接的な言い方自体は有効だと思うがな。――『リルカ』を見ていればわかる」


 言われて、ヴィシャスの直截的な言葉で、熱くなった頬が、見てわかるほどに紅潮しているのだと察せられて恥ずかしくなる。


(だって、こんなふうに……口説かれる、なんてことなかったんだもの)


「まだ本格的に口説いたわけでもないのにこの様子なら、目はありそうだな」

「手加減しなさいよ、ヴィシャス。『リルカ』はかわいいかわいいわたくしの信徒でもあるんですからね」

「おれには手加減しないとならない理由はないが? それに、おまえだってさっき口説いていただろう」

「だって、『リルカ』、かわいいんですもの。わたくしも欲しくなってしまったの」

「おまえも大概、神らしいな」

「それはもちろん、神ですもの」


 またもばちばちと音が鳴りそうな視線を交わし合う二神の会話は聞かなかったことにして(恥ずかしいので)、リルカは話を再開する。


「その、先ほどのセヴェリさんに悪気は、たぶんなくて……。本当に、神々と会えたことを僥倖だと思ってらっしゃるんだと思うので……」

「大丈夫よ、『リルカ』。人間がわたくしたちに畏敬をもって接しないからといって目くじらは立てないわ。そういう神もいるけれど、わたくしたちは人間好きの神だから」

「特におまえは人間に添おうとするタイプの神だものな」

「わたくしだけじゃない、ローディスもそうよ。ローディスの方は、あまり知られてはない――知ってはもらえていないけれど」


 ユースリスティの言に、ついローディスを見遣る。

 ローディスは、少し眉根を寄せて、小さく首を横に振った。


「私はユースリスティとは違う。役割として、人間と関わることが多いからそう見えるだけだ」

「あら、そんなことはないと思うけれど。……でもローディスは逸話がねじ曲がって伝わりがちなのよね。なんというか……解釈が悪い方悪い方にされがちというか」

「それは私も思っていました!」

「リ、『リルカ』?」

「ローディス様の行いを紐解けば、人間に対してお優しい神様だというのはわかるのに、まるでそれが大衆にわからないように負の解釈をされたものが広まっているというか……! 私はそれがとても不満で……。だってローディス様はこんなにもお優しいのに!」


 ユースリスティの言葉に、つい意気込んで同意してしまう。ユースリスティはそんなリルカの様子に、微笑ましいものを見るような視線を向けた。


「……『リルカ』は本当に、ローディスが好きなのね」

「はい! ――あっ、その、『好き』という軽々しい感情を抱くべきでない御方だとは思っていますし、その、つまり畏敬の念を抱いているというか……! それはユースリスティ様たちに対しても同じですが!」

「ふふ、そんなに慌てなくてもわかっているわ。――わかっていたつもりで、でも直撃されちゃったのが一神いるけれど」

「え?」


 ユースリスティがすいと指で指し示したのは、ローディスで。

 ローディスは、御髪の合間から見える耳を少し赤くして、リルカからも視線をそらして口元を覆っていた。


「神のくせにこれしきで照れるな。こちらが恥ずかしくなる」

「…………お前には関係ないだろう」

「『リルカ』の寵を争うものとしては関係がある。……やはり前世から慕われていたというのは強いか。まあそこをひっくり返してこそだが」

「『リルカ』は私の信徒だ」

「『私のものだ』くらい言えないのか? まったく意気地のない」

「お前は私を下げたいのか煽りたいのかどっちなんだ……」

「どちらもだ。戦いとは強者から奪ってこそだろう」

「理解できない……」


 顔を覆ってため息をつくローディス。その耳の赤みはもう引いていたが、神が自分の言で『照れた』(らしい)という事実がリルカには衝撃で――。


(か、神々も、人間の言葉に心揺らされることがあるのね……)


 ついそう考えてしまったけれど、神々が人間の言動によって心を動かさないのだったら、人間と関わる逸話がこんなにも残ってはいなかっただろう。

 神と人間には似ているところが多い。それは人間が神の似姿から生まれたためだと言われている。姿かたちも、言葉をあやつるところも、共通しているから――こうして心通わせられるのかもしれないとも思う。


(そこまで言うと、少し不敬かもしれないけれど……)


 意思を示したリルカに歩み寄ってくれた神々を思うに、それは夢物語ではないのだと感じたのだった。



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