33.ユハとエセルナート(2)


「ねぇ、そろそろぼくだけじゃなくて他の神もこの人間の相手してくれてもいいんじゃないかと思うんだけど? とりあえずヴィシャス、行ってきて」


 セヴェリの質問攻めに遭っていた(それを楽しんではいたが、飽きたらしい)ティル=リルがそう言って、ヴィシャスと場所を入れ替えた。気軽に使われる神々の転移に、リルカは感心するばかりだ。それと同時に、セヴェリとヴィシャスという組み合わせに不安になる。


(だ、大丈夫かしら……)


 そっと様子を見てみる。多少テンションの落ち着いたらしいセヴェリが、何事かをヴィシャスに告げると、ヴィシャスはどこか気分が良さそうに自分で出した椅子に座った。ヴィシャスらしい豪奢な椅子だ。腰を据えて話を聞くという証左なのだろう。セヴェリはどこからか出した紙を地面に広げて何事かを書き付けながらまたヴィシャスに言葉を投げかけている。

 しばらく見ていても不穏な様子がないことを確認して、リルカはほっと息をついた。次いで、ユハとエセルナートを放っておいてしまったことに気付いた。

 二人の姿を探してみれば、ティル=リルが出した机を囲む椅子に座って、こちらをじっと見ていた。――たぶん、いや、間違いなく、ずっとこちらを見ていたのだろう。


「……ようやく僕たちのこと思い出してくれたようでうれしいよ、リルカ」

「ご、ごめんなさい、ユハ……」


 慌てて駆け寄って弁明する。


「エセルナートさんもすみません。その、どうしても私の優先順位は神々になってしまうので……」

「貴方は敬虔な信徒だからな。俺は気にしていないし、貴方も気にしなくていい」

「っていうか、神々もリルカを囲いたくて仕方ないって感じで、こっちに意識を向かせないようにしてた気がするんだけど」

「そんなまさか」

「まさか、じゃないよ。軽い催眠でもかけられてたんじゃないの」

「さすがにそれは……」


 ない、とは言い切れないのが痛いところだった。リルカの知る多様な逸話からしてもあり得る。神にとって人間の意識を多少いじるくらいお手の物だろうし。


「……ま、いいよ。いや、神々が本当にそんなことをしていたなら、それはよくないけど。でも、リルカが『古き神』を大好きなのは昔からだし。顔のいい存在に弱いのも昔からだし」

「おや、そうなのか? ……ああ、いや確かに、顔の良さ――というか『美しいもの』に一家言ありそうだったが」

「……リルカ、エセルナートさんに何言ったの」

「だ、だって、エセルナートさんがご自分の顔のよさに無自覚どころか過小評価してたから……」

「それで、つい美しさについて力説した、と。目に見えるね」

「うう……」


 呆れた目でユハが言うのに、肩を縮こめて小さくなる。見透かされている。幼馴染の理解がありすぎてつらい。


「しかしそのような性質を持っているなら、神々の要求を退けるのも一苦労だろう」

「退けられてないから、こんな状況になってるんじゃないかと思うけど」

「み、耳が痛い……」


 いやしかし、リルカは己の意思を示して、神々にそれを呑んでもらったのだ。これは快挙なはずなのだが――多分にティル=リル曰くの『愛し子』であるという事実が影響している気がする。神々が譲ってくれた部分があるからこそ、なんとか逃れ得たというのが正しいだろう。


(神々が本気で私を召そうとなさるなら、本来なら逃れるなんて無理そうだもの)


「……それで? リルカ、まだ僕たちに話してないことがあるよね?」


 そんなことを考えていたら、ユハが目を眇めて訊いてきて、リルカはぎくりと肩を揺らした。

 その反応を見て、ユハがため息をつく。


「やっぱりね。どうせ神々に関わることで、言えば僕たちが心配しかねないことなんだろうけど、正直、隠される方が心配になるよ」

「確かにユハ殿は、リルカ殿が何かまだ隠していると言っていたが……本当に?」


 当たり前のように隠し事に勘づく幼馴染と、心から気遣わしげ見遣る心優しい剣士――その二人の揃った視線に、リルカは負けた。


「う、その、実は――」


 かいつまんで、ヴィシャスは、リルカが生きている間は『人として生き、ローディスとユースリスティに拝神する日々を送り、人として死ぬ』願いを尊重してくれるが、死後はその限りではないこと、しかしそれをローディスが守ると言ってくれていることなどを話す。

 ひととおり聞いた二人は揃って「なるほど……」と口にしたけれど、ユハは頭が痛そうに、エセルナートは感心したようにと、反応は極端に分かれた。


「ユ、ユハ……?」

「つまり、これから『古き神』があからさまにリルカに絡んでくるってことだろう? 【英雄神】は言わずもがな、【戯神】も前々からの付き合いみたいだし、【死と輪廻の神】と【癒しの神】も黙ってはいないだろうし……」

「本当に貴方は、神々に好かれているのだな」

「リルカの言う三千年前ならともかく、今の世じゃ下手しなくても悪目立ちするよ。何か方策を考えないとな……」

「……え、ユハには、その、関係のない話だと思うんだけど……」


 言うと、ユハは少し傷ついた顔をした。


「これでも幼馴染だ。リルカの望みはわかってるつもりだよ。――神々との関わりは許容しても、変に世間に注目されたりはしたくないでしょ?」

「そうだけど……ユハに迷惑をかけるつもりは、」

「ここまで関わった幼馴染に冷たいこと言うね。……僕が、僕の意思で、リルカの助けになりたいと思ってるだけだから、リルカはそういうの気にしなくていいんだよ」

「もちろん俺も、何らかの助けになれるのならば、なりたいと思っている」


 二人の真摯な瞳に見据えられて、考えを改める。

 リルカは二人を巻き込んでしまったことに負い目を感じていたが(セヴェリも立場としては同じだが――むしろ巻き込んだ度合いとしては高いが、本人がそれをチャンスとしか思っていなさそうなので除外とする)、ユハもエセルナートもそこには頓着せず、むしろリルカのことを心配してくれて、力になりたいと思ってくれている。

 それはとても有り難いことで、得がたいもので、大切にしなければならないつながりなのだと。


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