25.ユハへの説明



 「オハナシアイする? じゃあぼくが空間作ってあげるよ」――そう言ったティル=リルによって作り出されたのは、ところどころ前世の思い出させる意匠が散らばる広い部屋だった。目を瞬いたらその部屋の椅子に全員座った状態だったので、何がどうなっているか考えるのはやめた。


「ここはぼくが作った空間ではあるけど、神界ではないから、食べたり飲んだりしても異界のものを摂取したことにはならないよ」とのことで、それぞれの前にはおいしそうな茶菓子と、香り高いお茶が置いてある。

 躊躇なくそれを口にしたのは、当然ティル=リル、そしてローディスだった。


「ティル=リルはこう言っているが、不安だろう。神の出したものだからといって手をつけなければ不敬だと言うつもりはないし、好きにするといい」

「……ありがとうございます、ローディス様。ティル=リル様も」

「まあぼくはせっかく用意したんだし、手をつけてくれた方がうれしいけどね。手間とかかかってはないけど」

「私はいただきます。……ユハは無理しなくていいからね」


 ティル=リルが魔術も使わず空間を作り出したことで、彼らが神だと――少なくとも人間ではないと判断したのか、固い表情をしているユハに声をかける。

 口に運んだお茶はすっきりとした甘みで、今世でも前世でも飲んだことのない味だったが、いつかヴィシャスの宮で口にした葡萄のような、この世のものでない極上の味を感じるということはなかったので、こっそりほっとする。――この心の動きも、神々にはバレバレなのだろうとは思いつつ。


 リルカがお茶を嚥下したのを見て、ユハもお茶に手を伸ばした。何か気負うような様子で一気にお茶を流し込んだユハに心配になる。


(本当に、無理はしなくてもよかったのに……)


 ともかくも、ユハにとってはわからないことだらけの状態なので、不必要なほどに警戒してしまうのはわかる。リルカはさっさと事情を話すことにした。


  三千年前に『アイシア』という名前で生きていたこと、戦場でヴィシャスの〈器〉への降臨に立ち会ったこと、そうしてヴィシャスに「妻になれ」と神界へと連れて行かれたこと。それを承服できなくてヴィシャスの宮から逃げ出したこと、その先でティル=リルに出会ったこと、ユースリスティやローディスの助力を受けて輪廻の輪に逃げ込めたけれど、だからこそリルカには三千年前の記憶があること。

 そういったエセルナートへ話した内容に加えて、現世でティル=リルと度々顔を合わせていたことも話した。エセルナートと出会ったその日に、ローディスと会話したことも。


「……もう、驚くところがありすぎて何を言えばいいかもわからないんだけど……それで隠していたことは全部?」

「た、たぶん……?」

「なんで曖昧なの」

「だって、今まで言わなくても問題なかったから言わなかったことなのよ。隠しているつもりがあったわけじゃないんだもの。ユハだって、今まであったこと全部を教えろっていう意味で言ってるんじゃないでしょう?」

「そうだね、あくまで神との関わりをはじめとした、僕に言ってなかったことを教えて欲しいだけだよ」

「その求めている程度がよくわからないんだけど……」


 前世含む神との関わりは大体話したかと思うが、これは今は関係ないよね、と無意識に話さなくてもいいと判断した事柄がないとは限らない。


「……まあ、いいよ。今ここにいる二柱と、英雄神との関わりはわかったから、これ以上は求めない。……こんな大きな隠し事されてたのに腹が立ったっていうのも、僕の勝手だしね」

「……ユハ?」

「そちらの話は終わったか?」


 リルカとユハが話すのを悠然と眺めていたローディスが、話の切れ目を感じたのか訊ねてくる。答えかねてユハを見やれば、「とりあえず、僕の方はもういいよ」と告げられた。

 リルカとユハの話し合いを面白い見世物を見るように見ていたティル=リルが、椅子から乗り出してリルカの頬を両手で包んでくる。


「うっわー。やっぱ変な魔力。新しく生み出される分はいつものきみの魔力みたいだけど、体の中で別の魔力と混ざってる?」


 どうやら神々は人の身に触れることでその人の魔力を詳しく調べることができるらしい、と、ローディスとティル=リルの言動から推測していると。


「どうでもいいけど、二柱ともリルカにべたべた触りすぎじゃない?」

「ユハ?」

「リルカも無防備に触らせすぎ。リルカの警戒心のなさは神に対してもだったなんて……。リルカ。その二柱だって、英雄神と同じ神なんだよ?」


 一瞬、ユハが何を言いたいのかわからなかった。けれど一拍の後にその言葉の意図を読み取って、リルカはびっくりしてしまった。


(ローディス様やティル=リル様が私を神界に召し上げるかもって心配しているの……!?)


 そんなことまったく考えたこともなく、頭の片隅にすらなかったので驚くほかない。思わず絶句していると、ティル=リルが笑みを深めた――【戯神】らしい方向に。


「なるほどねぇ。――きみは心配しているわけだ。ぼくたちにこの子がたぶらかされないか」

「率直に言えば、そうだね」

「ユハ、神々にその態度は……」

「いいよ、『リルカ』。人の子の態度にどうこう言ったりしないよ。そんな小さな器の神だと思われてたのなら心外だなぁ」

「そういうふうに思ったわけではなくて……。私が大切に思う人に、私が大切に思い、敬う方々をそういうふうに扱ってほしくないだけです」

「……きみって本当……」

「……リルカ……」


 何故かティル=リルからはいいこいいこするように頭を撫でられて、ユハからは何かを諦めたかのような視線を向けられた。

 理由がわからなくておろおろと視線をさまよわせると、茶菓子をゆっくりと味わっていたらしいローディスと目が合った。



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