24.ローディスへの祈り
『神に祈る』ということ。それは、リルカにとっては神に魔力を捧げるということと同義だ。
今の世では神に魔力を捧げない『祈り』も広まっている――というか、そちらの方が主流だと言うが、リルカは三千年前と変わらない『神への祈り』を続けている。
ユハの気配を背後に感じながら、ローディスの祭壇を前に目を伏せる。己の中の魔力を意識して、強く、拝神する神――【死と輪廻の神ローディス】を思い描く。
おそらくいつもどおりギリギリまで魔力を捧げては、魔力を『混ぜた』意味がないだろうと思ったので、今ある魔力の半分くらいにとどめておく。
すぅっと魔力が吸い出されていく感覚はいつもと同じだった。魔力が『混ざった』――『混ぜた』影響はないのかと、そう思ったところで。
「この魔力はどうしたんだ、『リルカ』」
リルカの真横に、忽然と人影が現れた。
「!?」
「え――、ローディス、様!?」
驚愕とともに警戒態勢をとったユハを横目に、リルカは隣から自分をのぞき込むその顔を見上げる。そこには、転生前お世話になり、たった今祈りとともに思い浮かべていた相手――真の暗闇を映した黒髪に、夜空の青の瞳をしたローディスがいた。
(なんでローディス様がここに!?)
人間界にあるはずのない姿を目の前に混乱するリルカの頬を、ローディスの手が包む。
「これは……。新たに湧きいずる分はいつもの魔力だが――身の内で別の魔力が混ざっているのか? 何があったんだ?」
「いや、あの、待ってください――ローディス様、ですよね?」
「……? 私の顔を忘れてしまったか? 一度顔を合わせただけだものな、それも当然か……」
「まさか、神々のご尊顔を忘れるなんてあるわけないです! ――じゃなくて! 本当に、本物の、ローディス様?」
感じる神力が目の前の存在は間違いなく神だと言っている。それでもあまりにも信じられなくて問いかけてしまったリルカの不敬を咎める様子もなく、ローディスは鷹揚に頷く。
「そうだ。貴女から捧げられる魔力が変質していたので、その身に何か起こったのかと確かめに来てしまった」
「来てしまった、って、ローディス様……」
そんな気になったからちょっと来ましたみたいに人間界に降りて来られないことを、ティル=リルから聞いたばかりだったような気がするのだが。
「転生前から気にかけていたから、つい……。ヴィシャスと接触したのもティル=リルから聞いたばかりだったし、彼が何かしたのかと」
「あ、それは違――」
まだローディスが現れた衝撃を呑み込みきれていなかったものの、そこは否定しないとと言いかけた瞬間、鋭い声がそれを遮った。
「ちょっと待って。リルカ、どうしてその男が『古き神』だってそんな簡単に納得してるの。【死と輪廻の神ローディス】の姿なんてろくに伝わってもいないのに」
「ユハ……」
(そうだった、ユハもいたんだった……)
ユハからすればいきなり見知らぬ男が現れたうえ、それが神だなんて言われても信じがたいだろう。
(ローディス様は神力を極限まで抑えていらっしゃるようだし……)
そもそも今の世の人間は、神力に馴染みがない。魔力とは違う何かを感じとれはするだろうけれど、それを神の御力と判断できないのかもしれない。
「……? この人間は貴女の事情を知らないのか?」
(ああっ、ローディス様、その台詞はまずいです……!)
ローディスは純粋に疑問に思って口にしただけだろうが、そこに含まれる意味を汲み取れないユハではない。
「リルカの事情……? リルカ、まだ僕に話してない何かがあるの? そういえばさっきも、転生前とかって――」
(ほらー!)
リルカが事情をすべてつまびらかにしていないことを察せられてしまった。ローディスに向けられていた鋭い視線が、リルカに向かう。
「いや、そのね、落ち着いてユハ」
「僕は落ち着いてるよ。落ち着いてないのは――焦ってるのはリルカでしょう」
(そのとおりですけれども!)
もはや進退極まったリルカが、どうやってこの状況を収拾しようと頭を抱える寸前に、次なる頭痛の種が乱入してきた。
「あっはは、ローディスが条件いくつかぶっちぎって〈降りた〉っていうから見に来てみたら、ぼく好みの状況になってるねぇ」
「ティル=リル様まで……!」
何もない空間からひょいと現れたのは、いつもの美しい銀髪の少年姿のティル=リルだった。
ティル=リルはリルカの手を無造作に握って、首を傾げる。
「ちょっと前にきみが『辿れなく』なったなーって思ってたら、何この魔力。何やったらこうなるの?」
「それを私も聞いていたところだ。何があったんだ、『リルカ』」
「ティル=リルって――【戯神ティル=リル】? ずいぶん親しそうな口ぶりだけど――どういうことなの、リルカ」
勝手気まま、興味のままにリルカの魔力のことを気にする神々と、リルカと神々の関係を問いただしてくるユハ。もはや収拾がつかない。
状況にいっぱいいっぱいになったリルカは、「ひとつずつ! 答えますから! お願いだから順番に話させてください!」と叫ぶことになったのだった。
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