12.癒しの神ユースリスティ
「アイシア……アイシア、起きてちょうだい」
かけられた声に、リルカはまどろむような心地から引き上げられた。
目の前には、柔らかな表情をした美しい女神がいる。その慈しむような緑の瞳と視線が合って、リルカは目を瞬いた。
「ユースリスティ……様……?」
「起こしてしまってごめんなさいね。転生の輪に入った人間には、ローディスでも接触を控えているのは知っているのだけど……あなたが転生してしまう前に、伝えなくてはと思って」
「……?」
ユースリスティとは、ヴィシャスの宮から逃げ出して、ティル=リルに出逢い助力を得て、そうして連れて行ってもらった宮で出会った。
拝神していたとはいえ、神子でも何でもないアイシアを、神が認識しているとは思っていなかったのだが――予想に反して、ユースリスティはアイシアを認識していた。「戦場の前線で、誰よりも癒やしの術を使う子なのだから、心配もするわ」とのことだった。
そういうわけで、快くアイシアを匿ってくれたユースリスティとは面識があったのだが、その縁は、ローディスによって転生の輪に入れられた時点で途切れたものと思っていた。
けれど、ユースリスティは何か、アイシアに伝えたいことがあるらしい。その内容にまったく心当たりがなくて首を傾げるアイシアに、ユースリスティは眉尻を下げて言った。
「あなたはとても真面目な子だから、来世でわたくしやローディスや……ティル=リルに恩を返そうとするのではないかと思ったの。きっと、魔力という形で」
起きたばかりのような、ぼんやりした頭で、アイシアはそれでも頷いた。自分ならそうするだろう、と思ったからだ。
「そうすると、拝神することになるでしょう? そのときに、注意しておいてほしいというか……率直に言うと、わたくしを主神にすると、ヴィシャスがあなたのことを勘づいてしまう気がするの。私に予言の力はないから、完全な勘なのだけど……」
「ユースリスティ様を主神として拝神すると、ヴィシャス様に気付かれる……?」
「そう。あなたがいつ生まれ出でるかは、ローディスしかわからないことだけれど。そのローディスがわたくしのこの勘を捨て置けないと思ったからこそ、こうしてあなたとの面会を許されたのだから……けっこう、信憑性があると思うのよね」
「そう、なのですか……」
いまだ、かすみがかったような頭で考える。
アイシアが転生の輪に入ってどれだけ経ったのかはさっぱりわからないが、ユースリスティがこんな心配をするくらいには、まだヴィシャスがアイシアのことを忘れていないのだろう。ローディスはヴィシャスが落ち着くまで待って転生させる、というようなことを言っていたから、まだしばらくかかるには違いない。
そして『ヴィシャスが落ち着く』というのは、『ヴィシャスがアイシアのことを忘れる』とはイコールではない。となれば、今と同じくユースリスティを主神として拝神すると、神々の中の何らかのネットワークで、アイシアの転生体の存在がバレる、というのもわからなくは――。
そこまで考えて、アイシアはうん? と首を捻った。
「あの……ユースリスティ様」
「? どうしたの、アイシア」
「神の方々は、転生前の人間と、転生後の人間を、同じように扱うのですか?」
そうでないと、ユースリスティの言うような心配にはつながらない。別人だと扱われるのであれば、ヴィシャスの執着も興味も、転生後のアイシアには向かないはずだからだ。
「そうね……神によるところはあるけれど。基本的には、同じものとして扱うわ。ほら、誰かの逸話とかで聞いたことはない? 加護を与えていた者に、次の生でも加護を与える話」
「ああ……そう言われてみれば……」
確かにそういう逸話はあった。拝神していないのに加護が与えられている場合は、前世でその神と関わりがあったなどと言われることもあった。
そういうことなのかしら、と、他にも事例を思い出そうとするものの、かすみがかった思考ではそれ以上は望めないどころか、またうつらうつらと心地よい眠気のようなものがアイシアを包んでくる。
そんなアイシアに気付いたらしいユースリスティは、気を悪くする様子もなく、「これがローディスが言っていた……。あまり長くは話せないのね」と納得している。
「とにかく、次の生ではわたくしを主神にはしないように。それだけ覚えていて。本当は、恩にだって感じなくていいのよ。元はといえばヴィシャスが人の話を聞かないのが悪いのだし」
いよいよまたまどろみの中に帰ろうとする体を叱咤して、アイシアは頷こうとした――しかし。
「ユースリスティ、さま……」
「なあに、アイシア」
「ふつう、人間は、次の生では前の生のことを忘れていますから……つまり、私も、ユースリスティ様のお言葉を……忘れるんじゃないかと……」
なんとか途切れ途切れながらも伝えた言葉に、ユースリスティは『そうだったわ!』みたいな顔をして、今にもまどろみに落ちんとするアイシアをおろおろと見遣った。
「そ、そうだったわね……! じゃ、じゃあ、どうするのがいいのかしら……。ローディス、ローディスー!?」
ローディスを呼ぶユースリスティの声を聞きながら、アイシアの意識は今度こそ落ちたのだった。
……という懐かしい前世の夢を見て、リルカは思う。
結局、『アイシア』は記憶が剥がれ落ちずに次の生に移ったから、ユースリスティの忠告は生かされたものの――神々も、ちょっと抜けてるところがあったりする。しかしそれが魅力的でもあるのだと。
(今日はユースリスティ様へ祈ろうっと)
そう決めて、リルカは身支度をするために動き出したのだった。
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