11.神々
「ヴィシャスの〈器〉に会ったんですって?」
次の日。その日の1つ目の仕事を終え、2つ目の仕事との間が少しあるのでゆっくりご飯でも食べようかと店を物色していたリルカの前に、ティル=リルが現れた。
今日のティル=リルはすらっとした銀髪の美女の姿かたちをしている。正直目の保養だけれど、落ち着かないとリルカは思った。口調まで姿に寄せているので、なおさらだ。
「ええ。偶然に」
「偶然というのは運命よ。貴女の星がその運命を引き寄せた。あるいはその運命に巻き込まれた。どちらにしろ、『偶然の出会い』で終わらせられないことは覚悟することね」
「恐ろしいことを言わないでくれませんか、ティル=リル様」
「私は『運命』に関わる権能も持っているのよ? もっと真剣に聞きなさいな」
「真剣に聞いてるから言ってるんですよ」
お昼を食べるのならオススメの店があるわ、とティル=リルは言った。人間より人間界ライフが充実してそうな気がするのは気のせいだろうか。
連れられて行った先で、リルカは店構えを見てちょっと腰が引けてしまった。
「……高そうなので、ちょっと……」
「何言ってるの。私が出すに決まってるじゃない」
「ティル=リル様、お金持ってるんですか?」
「いつもの私が、無一文であらゆるところにいると思っていたの?」
「ティル=リル様ならありえるかなと……」
「否定はしないけれど、今日はちゃんと払うわ。貴女と一緒だもの」
(否定はしないんだ……)
腕を取られて、半ば強引に店に連れ込まれる。リルカとは縁のなさそうな高級感あふれる内装に、場違い感で逃げ出したくなった。しかし掴まれた腕がそれを許さない。
「二人よ。奥の部屋が空いているならそちらを」
「かしこまりました」
手馴れたふうにティル=リルが注文しているが、個室なんてもう別世界の話である。リルカは遠い目になった。
「さ、行くわよ」
「ティル=リル様、今からでももうちょっと庶民的な店にまかりなりませんか?」
「往生際が悪いわね、たまの経験だと思って諦めなさいな」
そのまま、従業員の案内の後について引きずられるようにして奥へと連れて行かれる。辿り着いた部屋は、品があり、華美すぎず、しかし高価な調度を使っているのだと一目でわかるきらびやかさだった。
「ここはね、『今日のオススメ料理』に外れがないの。食べられないものはなかったでしょう?」
「好き嫌いとか言ってられない環境に育ったので……でもお高いのでは」
「私が出すって言ったでしょう。貴女は気にせずに出されたものを堪能すればいいの」
言って、ティル=リルが従業員に注文する。リルカはもはやそれを傍観するしか術はなかった。
そうして従業員が去り、それほど経たずして料理が持って来られる。
最高級の肉を使ったシチューだという。焼きたてのパンもついてきている。
耐えがたいおいしそうな匂いに、空腹だったリルカの目は料理に吸い寄せられた。
「それでは……ごちそうになります」
「もっと繊細な盛り付けの、見た目にも美しい料理もあるけれど。このくらいの料理であれば、貴女も肩肘張らずに済むでしょう? どうぞ、召し上がれ」
まずはシチューを一口。深みのある味わいで、肉も舌の上でとろけるように崩れた。さすがオススメの一品である。次いでパンを手に取ってみる。割ってみると、まだほかほかと湯気が立ち上る。何もつけずに口にしても穀物の素朴な味が舌を楽しませたが、これはシチューと合わせるのが正解だろう。
そのままおいしさに無言でシチューとパンを口に運ぶ。あっという間に半分ほど食べ進んだ。
ふう、と息を吐く。こんなにおいしいものを食べたのは久々だった。リルカの日々の稼ぎでは、こんなお店には入れないので。
リルカが落ち着く機を見計らっていたように、ティル=リルが優雅に食事をしていた手を止めて、にこりと笑った。
「それで、本題だけれど」
「……わざわざ個室に連れ込むほどの本題が何か、聞くのが怖いのですが」
「そんなに怖がらないで。……ヴィシャスがまだ貴女を忘れていない、というのを、伝えておいてあげようと思っただけよ」
「……じゅうぶん怖い話ですよ……」
ティル=リルは神の中でも特別な立ち位置だ。故にどの神とも親交がある。ローディスやユースリスティはヴィシャスとは仲が良くないようなので、こういった情報は望めない。……そもそもローディスが先日脳内に話しかけてきたことも、本来ならありえないことではあるが。
「ヴィシャス様はどうして、私のことを放っておいてくださらないのでしょう……。私の後にも、ヴィシャス様に見初められた人間はいたと伝えられていたのですが」
「だから自分への興味は失ったと思ってた? ふふ、逃げられれば追いたくなる、そういう性質を神も持っているというだけのことよ」
「それでも、三千年も経ったのに……私は転生の輪に入ったのに」
「三千年なんて、神にとってはそれほど長い時ではないわ。転生の輪に入ったからといって、その魂が別物になるわけでもない。特に貴女は、記憶を引き継いでいるしね」
そこでリルカはピンときた。
「ティル=リル様……ヴィシャス様に私の記憶のこと、話しましたね?」
「うふふ、バレちゃった」
ぺろりと舌を出す、その仕草さえ彼女を魅力的に見せるが、肯定された内容はとんでもないものだった。
「なんで話しちゃうんですか……」
「だって、面白そうだったんだもの。私は【戯神】よ? 面白そうな方に事態を転がすのなんていつものことじゃない」
開き直ったように言われて、リルカは脱力する。この神に何を言っても無駄なのは、重々わかっているのに、つい続けてしまう
「それを言わなければ、ヴィシャス様も私のことは自然と忘れてくださったのでは?」
「それはどうかしらね。神に見初められて逃げて、逃げ切った人間なんて珍しいのよ? 少なくともヴィシャスが見初めた中にはいなかったもの。到底忘れられないんじゃないかしら」
ティル=リルはそう言うが、神の視点からしたら人間なんてちっぽけなものだ。それが無ければすぐに代わりを見つけただろうと思うのだが。
「代わりなんてたくさんいるのに、って思ったでしょう?」
「心読まないでください」
「そういう目をしていたわよ。でも、貴女の代わりはどこにもいないわ。そういう意味では、神よりも人間の方がそうとも言えるし」
「……?」
「神は権能を持つでしょう? あれはね、空白を許されないのよ。もしとある権能を持った神がいなくなったら、その権能を持つ別の神が生じる。そういうふうになっているの」
それは初耳だった。リルカはたくさんの『古の神』に関する書物に目を通しているし、伝承も一通り知っていると自負しているが、その中にそう言った内容はなかった。
そう言うと、ティル=リルは「当然よ」と微笑んだ。
「神の消滅なんてそうそう起こらないし、起こっても別の神が生じることで人間界には影響しないもの。神がいなくなっても、人間にはわからないのよ」
「それでも、拝神していれば……」
「そうね、さすがに拝神している神がいなくなったことはわかるでしょうね。でも、拝神というシステムができてから、神は消滅したことがないの。それくらい、珍しいことでもあるのよ」
だからローディスやユースリスティにそういったことが起こるかも、と心配するのはやめなさい、とやさしく言われる。この姿のティル=リルは、少し強引で、少し意地悪で、少し優しい。
その後はゆっくりと食事を終え、店を出た。
「ごちそうさまでした」と頭を下げたリルカに、ティル=リルは「また会いましょう」と手をひらひらさせて姿を消した。
(つむじ風のような方だわ……)
ふと気づけば現れて、あっという間に去ってしまう。
(いえ、本性はそんな可愛らしいものではないけれど……)
どちらかといえば台風のようなものだ。けれどその台風も、いなくなってしまえばさみしいのだということをリルカは知っていた。
(どの神々も、消滅なさいませんように……)
ちっぽけな祈りかもしれない。それでも、祈らずにはいられなかった。
三千年過ぎた世界の中で、変わりがないのは神々だけだったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます