秘密基地 (秘密基地と呼ばれていた場所へ~)
一本杉省吾
第1話 霧島の麓 故郷
七月の初旬、一両編成の車両が、田園風景が広がる駅のホームに入ってくる。
<高崎新田・高崎新田、お降り方のは…>
訛りの濃い車両アナウンスが、初老の男性の耳に届く。揺れが激しく、利用客は少なくなった車両内を、ブレる身体を支えながら、立ち上がり歩き出す。ドアの前で、小さな手荷物を片手にぶら下げ、車両停車を待つ男性の姿。
ジュゥー、シュー…
停車した車両のドアは開く。男性は、手すりに手を添えて、段差のあるホームに足を降ろした。ホームから見える景色を、懐かしく思う。くすみかかった風景、若い頃に見たまま、男性の瞳に飛び込んでいた。車両が行ってしまった後も、その180度の景色に、飛びぬけた存在感で、猛々しく、そびえたつ霧島が印象的である。男性はしばらく、そんな風景を眺めていた。この町を出て行った若い自分が現れ、消えていく。懐かしくも、苦い思いが残るこの風景。風に乗って、爽やかな緑の香りを運んできた。
男性が降り立ったこの土地は、九州宮崎、霧島山の麓に位置する町。これといった特産物のない、JR吉都沿線の田舎町【高崎町】である。観光地であるえびの高原、高千穂と【都城】に挟まれていた。山間のとてものどかな町である。
男性は、自動改札でない改札口を通る。どのくらいからなのだろう、今では、無人駅になっている。駅前に立ち、ド太い通り筋を、ただ眺めている。記憶では、いくつかの店があったような気がする。色あせた看板が、無残な姿で存在していた。
フぅ~!
深呼吸とも、タメ息とも思われる息を吐き、(相変わらず、田舎ですか)と、言葉を被せてきた。
男性の数十年前の記憶と、さほど変わりのない風景にホッとしているのか、少し笑みを浮かべる。
無駄に広い駅前の短い道。視線の先にT字路が見える。駅の隣には、管理されているのか分からない自転車置き場があり、反対側には砂地のままの駐車場がある。男性は、駅を目の前に置き、(高崎新田)と云う駅名の看板を、見上げている。
「造形は変わってないか、私がこの町を捨てた時は、まだ、木造だったっけ。」
男性は、この故郷を捨てて、数十年の刻が経っていた。木造の駅、木造の家屋、数十年の時間が流れているのだから、木造から鉄筋くらいの変化はあるだろう。
男性は、そんな駅前を後にして、ゆったりと歩き出した。しばらくは、実家、妹夫婦の家に、厄介になる事になるだろう。歩いて、三十分ぐらいの距離。田園が広がる駄々広い道。自分の代わりに、実家の農業を継いでくれた妹夫婦の家に向かって歩き出した。
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