第17話 迫田剛史と云う町長
美香を小学校の正門の前で降ろした後、久志の乗るスーパーカブは、町役場に向かって走っていた。
「あの、町長に逢いたいんだけど、居る?」
役場の建物の中に足を進めた久志は、【住民課】と云う札がある部署。受付に座る女性に、そんな言葉を掛ける。
はぁい?女性は困った表情を浮かべる。自分の管轄外の業務である。ましてや、作業着のつなぎを着た、いかにも農作業の後です、と云う服装をしている見知らぬ男が、(町長に逢いたい)と言うのである。
「あの、どういう用件でしょうか。」
この女性の応対は合っている。
「町長に逢いたいだよ。あれ、まだ、剛史の奴、町長だよね。迫田剛史、居るでしょ。」
「迫田剛史は町長ですが、約束か何か、なさっているんですか。」
「いや、急だったからね。剛史に逢うのに、アポが必要なの。まあ、とにかく、霧島が逢いに来たって言ってよ。それでわかるはずだから…」
強気の久志。でも、イライラはしている。早く、事を進めたいという思いが、全身から溢れ出していた。受付の女性の目つきがきつくなる。
「そういう事は、しかねます。今日の所は、お引き取り願います。」
適切な応対をしている。つなぎを着た男性が、この町の長である、迫田氏に約束もなしで逢いたいというのである。追い返すのが当たり前である。
「あっ、私の事、怪しいと思っているだね。まあ、そうだろうね。でも大丈夫だから、こんな田舎町の町長を殺そうと思う奴なんていないだろ。とにかく、電話してみてよ。霧島久志が逢いたいっていえば奴の方から飛んでくるから、電話だけしてみてよ。どうせ、町長室で踏ん反り返っているんでしょ。あいつの事だから…」
目の前の女性の対応は、間違っていないと思う反面、腹が立っている。受話器を手にして、霧島久志が訪ねてきているという事を言えば、事は終わる。自分の服装に目を配りながら、嫌味ぽく言葉を並べる。
「しかねます。お引き取りください。」
受付の女性も引かない。
久志は、白髪交じりの頭を掻き始める。只、幼馴染の迫田剛史に逢いたいだけなのに、完璧に不審者扱いをされている。
「参ったな。どうすれば、信じてもらえるかな。あっ、そうだ、霧島久志で、ふるさと納税を調べてみてよ。相当な金額、納めているから…そこのパソコンで、ぱっぱっとやれば、わかるだろ。」
その場から、頑として、動こうとしない女性に対してもイライラが増してくる。何度も言うが、この女性の対応は間違っていない。
「まいったなぁ、どうしよう。明日から、作業始めたいのに…いいわ。自分で行くから、じゃあ。」
久志は、そんな言葉を呟くと、役場の内部に向かって歩き始めた。当然のごとく、受付の女性が、大声を上げて助けを求める。幾人かの役場の男性職員が、久志の前に立ちふさがる。
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