第26話 うれしいはずなのに、煮え切れない。楽しいはずなのに…
久志は、カブに積んであった段ボールの上にちょっとした鞄を乗っけて、両手でその荷物を持ちあげると、整備した階段を上っていく。
<おぉ、もうバテてんのか>
茂みの階段から上がっていくと、美香と修二はすでに、お尻の地面につけていた。周りを見渡してみると、清二が、材木をきれいに積んでいる姿が瞳に映る。
「さぁ、二人とも、テントまで来てくれるか。」
地面にお尻をつけている子供達に、そんな言葉を掛けて、足を進める。
「清二君も、手を止めて、ちょっと来てくれるか。」
材木を積んでいる前で足を止めて、そんな言葉を口にする。
<はい>
清二は、作業をやめると、軍手をパンパンと叩き、ジーンズの後ろポケットに入れる。
白いテントに集まる三人。腕時計をちらりと見ながら、みんなの注目を浴びる。
<ゴホン!>軽く握った拳を縦にして、口元に持っていく。軽い咳払いをした久志。
「今日の作業は、終りにしようと思う。」
<えぇ~!>目の前の二人の子供が、疲労で、お尻を地面につけていた子供が、不満そうな言葉を上げる。
「美香、修二も、そんな事言わない。いいかい二人とも、本番は明日からにしよう。もうそろそろ、昼食が来るから、それを食べて今日は、終りにしよう。」
チラリと、腕時計を見て、茂みの階段に視線を向ける。
「まだ来ないみたいだな。じゃあ、この待ち時間に…」
ぶっとい丸太を縦に切っただけのテーブルの上に置いて段ボールの上の鞄に手を伸ばす久志。二枚の紙をとりだし、二人の子供を手渡す。(同意書)と書かれた紙。
「明日から、本格的に、ツリーハウスを造る作業に入るわけだが、電気工具も使う事になる。ちょっと、大袈裟かもしれんが、親御さんから、この紙にサインをもらってきてほしい。修二はともかく、美香の親御さんとは、私は、面識がない…」
同意書と書かれた紙には、チョットした文章と、久志の実家と携帯の電話番号が書かれていた。
「今週、夏休みに入るよな。」
“コクリ”久志は、二人の子供の目線に合わせる為、しゃがみ込む。子供達は、久志のそんな問いかけに、頷いて答える。
「夏休みに入ったら、ここに来るんだろ。」
“コクリ!”さっきと同じように頷く。
「清二君にも、仕事があるわけよ。基本、私と美香、修二の三人でこの作業を進めていかなければいけない。親御さんからすれば、自分の子供が、毎日、毎日、山で何をしているのか不安になる筈だ。ましてや、知らないおじさんと一緒に、ツリーハウスを造るなんて聞いたら、心配で仕方がないだろ。」
久志は、二人の子供に視線を送るが、主に、美香に語りかけていた。
「修二は、山中のおやっさんの孫だし、顔見知りと云えば、顔見知りだから、心配はないと思うが、美香の方は、全く知らない。」
一瞬、悲しそうな表情を浮かべる美香。
「美香、いいかい。親御さんが反対した時は、私が、キチンと説明する。だから、この紙を見せて、サインをもらってきてほしい。わかるかい。」
後半は美香に中心に、言葉を掛けていた。
“コクリ”美香は、頷きはするが、歯切れが悪い。少し、何かを考えていたようだ。はっきりとしたコクリではないが、久志は、自分の言葉を納得したと理解した。
<よぉし>久志は、ど太い声を上げて、勢いよく立ちあがる。持ってきた段ボールの 中から、爪楊枝と割り箸を使った、ツリーハウスの模型を取り出した。
<私の力作だ!>こんな言葉を発して、鞄から、ツリーハウスの設計図も、テーブルの上に広げて、子供達に見せる。
<おぉ><スゴイ>子供達の言葉に、久志は満足そうな笑みを浮かべる。設計図は、山中のおやっさんに手伝ってもらい仕上げ、それを元に、ツリーハウスの模型を作ってみた。子供達に、作業を説明するには、模型で説明した方がわかりやすいと思ったからだ。
<それでは>久志は、早速作業の説明に入ろうとした時、遠くの方から、(お兄ちゃん)と云う言葉が聞こえてくる。テントの中の連中は、そんな大きな声に反応して、自然に階段の茂みの方に視線を向ける。
「お兄ちゃん、お持たせ、お昼、持ってきたぁ。」
明らかに、祥子の声である。初老の男性に向かって(お兄ちゃん)は、いささか恥ずかしい。気負いたてて、作業の説明をしようとしていた久志の腰を折ってしまう。
<おぉ、祥子、来たか>場の流れで、こんな言葉を発して、大きく手を振る。祥子の後方に利美の姿が見える。祥子は、大きなバスケットを片手に下げて、空いている手を大きく振って、駆けてくる。
「ご苦労さん。ほぉ、利美も来てくれたのか。」
テントに入ってくる二人を、そんな言葉で迎える。久志の話しが突然途切れ、見知らぬ女性が二人現れた。親しく言葉を交わしているから、久志の知り合いだと云う事はわかる。
<あの、久志さん…>清二が、そんな言葉で説明を求めようとする。
「あっ、そうだな。私の妹で祥子。隣が姪の利美だよ。」
紹介をされる二人は、久志の言葉に合わせて、軽く頭を下げる。
<お兄ちゃん、これ>大きな二つのバスケットの置き場に困ってしまう祥子。
<あっ、そうだな>テーブルに広げていた設計図を手早く片付け、大きなバスケットを置いた。
「昼食が来たから、作業の説明は後にして、ご飯に食べてしまおうか。」
「はぁ~い、おまたせ、お腹空いたでしょ。いっぱい作ってきたからね、いっぱい食べてね。」
祥子は、子供達に目配りをして、そんな言葉を添える。大きなバスケットの中から、サンドイッチやおにぎり、唐揚げにウインナー、玉子焼きにポテトサラダ等々を、広いテーブルの上に並べる。子供達の目の色が、明らかに変わっていく。
<ワぁ~い>子供達の歓声がスタートとなり、昼食の時間が始まった。
久志は、テントから離れて、樹木の根元に座り、煙草を吸っていた。故郷の町並みを見つめながら、黄昏ていた。
<お兄ちゃん、食べないの>妹の祥子が、一人煙草を吹かす久志に歩み寄り、そんな言葉を掛けてきた。
「私は、残りものでいいよ。ありがとな。」
久志は、正面に見つめたまま、静かに言葉を発している。祥子は何も言わず、隣に座ってみた。
「こんな場所、あったんだね。全然、知らんかった。」
京介が亡くなってからは、この場所に来る事はなかった久志。まだ、赤ん坊だった祥子は知らないのは当然である。そんな祥子の視線が、自分の住む町並みに向いていた。たまらなく、和やかな風景。ちょっと視線を変えるだけで、こんなにも変わるものかと、思ってしまう。
…
祥子が発する言葉に、黙ったまま、何も返そうとしない。久志は、煙草を吹かしたまま、遠くを見つめていた。
「何、考えているの。お兄ちゃん。」
祥子の方も、静かに言葉にする。兄である久志、遠い記憶の中に、遠くを見つめ、思いにふけっている兄の横顔を眺めていた記憶がある。兄が、何を見つめているのか、その先にいる誰かに問いかけている、語り掛けているようにも思う。
「祥子。本当に、何もないなこの町。」
「何を、今更、言う事…」
「この町が、私が生まれ育った町なんだよな。」
「当たり前な事、言わんといてよ。私も、お兄ちゃんも、この町で生まれて、育たんじゃなかね。」
<そうだよな>そんな一言を発した。明日から、ツリーハウス製作の本番だと云うのに、心がここにあらずの状態。
「お兄ちゃん、利美も手伝ったくれたとよ。みんなの所行って、食べよう。」
祥子は、昔から、時折見せる兄、久志の言動に、不安を覚える。心ここにあらず、久志は、すぅとどこかに行ってしまう。もちろん、身体と云う物体ではなく、心という気持ちという意味だ。言葉にはしにくいのであるが、悔やんでいる。現実逃避、とにかく、こんなに近くに、目の前に久志がいるのに、手を差し伸べても、届かない。手の届く所にいるのに、久志の事を掴めない。幼い祥子は、そんな事を、何度も感じていた。遠くを見つめる久志の横顔を見ながら、不安を感じた祥子は、久志の煙草を持っている腕を引いてみる。
久志は、そろりと立ち上がり、携帯灰皿で、吹かしていた煙草を揉み消した。
<そうだな>そんな久志の言葉に、ホッとする祥子がいた。
<ウぅ~>久志はその場で、全身を、天に向かって伸ばした。テントに向かって歩き出そうとした久志の口が微かに動いたのを、祥子は目にする。
(私は、この町を捨てた)
祥子の耳に、そんな言葉が微かに届く。この瞬間、周りの空気がピタリと止まったように思える。ゆったりと足を進める久志の後ろ身に、悲しみを感じる祥子は、慌てて駆け寄る。我兄が、抱えているもの。幼き頃、いつも見ていた兄の後ろ身を思い出した。
初夏と云う季節、快晴の空の下。賑やかなテントの中に向かって、足を進める久志。何を願っているのだろう。何を求めているのだろう。この町の風景が、きっかけになるのは確かである。
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