第5話 恐怖する子供

先ほどから、気になっていた子供達の姿を視界に入れる久志。足が自然と子供の後ろ身に向いていた。久志は、そのまま校庭と運動場の境にある短い階段に座りこみ、目の前の懐かしき景色を見つめている。

高千穂の峰、霧島山を正面に、ブランコに乗る子供達。男の子と女の子である事に気づく。穏やかに大気が流れているように思える。久志は、カメラのシャッターを切る様に、この風景を焼き付けた。こんな所で、映画監督である仕事病ってやつが出てきてしまう。それだけ、久志の心に感じるモノがあったのかもしれない。突然、子供達に声を掛けたくなる衝動が襲ってくる。久志は、目の前の風景に溶け込むこの子供達に声を掛けようと思い、立ち上がる。ブランコ乗る子供達に向かって歩き出した。


「修二君、ちょっと…」

美香は、視界に入ってきた初老の男性の事が気になっていた。そして、後方から、運動場の砂地と靴が擦れる足音と、気配を感じていた。

「何、帰る気になったん。」

修二は、そんな言葉を返した。さっきまで、喧嘩ではないが、言い争っていた二人。言葉も冷たくなる。

「違うの。さっきから、こっちの方を見ている人がいるのよ。」

美香に、何も返そうとしない修二。

「さっきね、正門の方から、校舎の方に歩いて行ったのよ。」

「何か、用事でもあるんじゃなかね。」

正直、美香が何を言いたいのか分からない。自意識過剰にも思う。

「そうだと思うんだけど、なんかね、視線感じるんだよね。あのさぁ、最近、よくテレビでやってんじゃん。幼児誘拐とか…」

<えっ!>修二は、普段使わない美香のそんな言葉を、真正面から受け止めてしまう。

「小学校に乗り込んで、刃物で何人も殺したって、ニュースでやっていたよね。」

修二の不安を、煽り立てるような言葉を続ける美香。修二は真面目なのだ。また、美香の言葉を受け止めてしまう。美香は正面を向いたまま、振り向こうとしない。身体を固めたまま、目だけを動かせて、言葉を発していた。そんな美香の雰囲気と怖ばる声が、修二に感染したのか、言葉が止まってしまう。

「どうしよう、修二君…」

「そげんな事、気のせいやって…」

ドサぁ・サぁ・ドサぁ…!

履物、草履を引きずりながら、歩いているような足音が近づいてくる。修二は、美香の言葉から、敏感になっていた。普段から、耳にする靴を引きずる音なのに、過剰反応していた。二人は、同時に身体を固めてしまう。お互いに目だけを動かし、後ろを見ようとしない。

「美香、いいか、一緒に振り向く。いいね、二人とも知らん人やったら、逃げよう。わかったか。」

修二も、九州男児である。女の子の前で、だらしない所は見せたくない。本当の事を言って、この場から、すぐに逃げ去りたいのであろう、美香の手前、そんな事は出来ない。

「うん、わかった。修二君に任せる。」

ドサぁ・サぁ・ドサぁ…!

そんな打ち合わせをしている間も、二人にとって、不気味な足音が近づいていた。

「美香、行くで…。1・2・3!」

そんな修二の掛け声で、二人は同時に振り向く。お互いの瞳には、初老の男性が映っている。急に、振り向かれた事で、少し驚いているような初老男性。少し、笑みがこぼれている様にも見えた。

「美香、しっとる。」

「ううん、知らない。修二君は…」

「全く、知らん。」

そんな二人の言葉の掛け合いが、初老の男性の前で繰り広げられる。目の前の男性の顔を、瞬きもせずに見つめる二人。男性の動きが止まり、声を掛けようとした瞬間、ブランコを降りてものすごい勢いで、正門に向かって走っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る