第20話 旧友・悪友・幼馴染

うぅっ

身を引くような形になり、身構えてしまう剛史。久志の真面目な表情に加えて、真剣な眼差しに、一昔の事を思い出す。

「なんね、なんばゆうんね。」

そんな言葉で、身構えている剛史。一昔、久志が唯一、東京に行くという事を打ち明けた人間が、この剛史であった。その時の事を思い出す剛史は、表情が強張ってしまう。

 「お前、また、飛んでもない事言うやないやろね。」

 剛史は思わず、そんな言葉を発してしまう。幼馴染で、自分と一緒に一生をこの町で、農業をすると思っていた。なのに、突然呼び出されて(東京に行く)という告白をされたあの時の衝撃は、今でも覚えていた。

 「お前、そんなに身構えなくても、ちょっとした事を調べてもらいたいと…山寺あるだろ、その先にちょっと行った、山道を登って行った所に、広場があっただろ。」

 剛史は、そんな久志の言葉に考え込んでしまう。そんな言葉よりも、【秘密基地】と云うキーワードを発した方がわかりやすいと思う。

 「え~、もしかして、秘密基地の事か。」

 考え込んだ末、子供の時の記憶が頭に浮かぶ。

 「そう…あそこにツリーハウスを造ろうと思ってな。あの山って、町のものか。」

 秘密基地で遊んだ一人である剛志も、あの風景が頭に浮かんだ。

 「町のものだったら、お前に許可してもらおうと思ってな。」

 続けて、そんな言葉を口にする久志。

 「そんな事か、俺はてっきり…」

 予想より、軽い内容だと思った剛史は、安心をしたのか、身を前屈みになる。

 「えっ、チョイ待てよ、そんな事でもないか。」

 頭が、政治家モードに入る剛史。

 「町のものを、私が勝手に出来るわけでもなく、この場合、議会を通して承認してもらわなあかんのか。」

 身を前屈みのまま、そんな言葉を呟き、頭を抱えている。

 「おい、剛史よ。とりあえず調べようか。」

 そんな幼馴染の剛史の姿に、軽い突っ込みを入れる。久志は、後方にいた勇蔵に声を掛けた。とにかく、町の地図を持ってきてもらい、秘密基地の土地の所有者を見つけてもらわなければ、話が進まない。

 「勇蔵、頼むな。」

 役場の課長、何の部署の課長かは、知らない。子供の頃からの顔見知り、小、中、高校の後輩というだけの間柄。役場の課長という肩書があるぐらいだから、そこそこ偉いのだろう。そんな人間に対して、部外者の自分が指示を出す久志とは、何者であるのだろう。まあ、目の前の町長である剛史が何も言わないのだからいいのである。

 「まァ、結果を待つとするか。ところで剛史、町の土地であれば、よろしくな。」

 強気の久志。剛史の弱みでも握っているのだろうか。作業着の胸ポケットから、煙草を取りだし、火をつける。

 頭を抱える剛史は、チラリと久志の方に視線を送る。目を合わせる久志は、目の前の幼馴染の剛志が、どんなことを考えているか、手に取るようにわかってしまう。

 「あんな、久志…」

 「駄目だ。どうにかしろ!」

 あくまでも強気である。一方、弱気、悲壮感が溢れる表情を浮かべる町長の迫田剛史は、もしもの時の逃げ道を作ろうと、久志に話しかけるが、すぐさま、突っぱねる。

 「俺の立場も考えてくれよ。」

 「お前の立場なんて、どうでもいい。どうにかしろ。」

 「そげんな事言うナや。お前が、東京に行く時、相談にも乗ったし、協力もしたやろ。」

 剛史は、そんな言葉を発して、胸を張り勢いをつけるが、次の久志の言葉で、あっという間に失速してしまう。

 「じゃあ、言うぞ。言わないと思っていたけど、言ってもいいんだな。」

 「ごめん、言うな。それは、いったらあかん!」

 完璧に、剛史の弱味を握っている。ぐゥーの音も出ないほどの弱味なのだろう。剛史は、只黙ってしまう。そんな事をしている内に、勇蔵が地図を持って、町長室に姿を現す。

 「課長、わかったとか。」

 勇蔵の姿が見えた途端、胸を張り、上司口調になる剛史。そんな変わり様を無視して、視線を勇蔵に向けた。

 「霧島先輩、あの秘密基地の場所ばァ、ここら辺やっとですね。」

勇蔵も、幼き頃、秘密基地で遊んだ一人である。町長である剛史の事を無視するかのように、身体を久志に向けて、膝を床につけ地図を見せる。

「ちょっと待てよ。ここが山寺だから…この辺になるな。そうだ、この辺だ。」

勇蔵が地図を持っている形で、久志が指で地図をなぞりながら、そんな言葉を口にする。

「はぁ、そうですか。この辺は、町の土地ではなかですね。」

勇蔵がそんな言葉を口にすると、剛史の表情が、一瞬にして変わる。

「あっ、そうか、そうか、町の所有ではなかか、で、課長、誰の所有地なんや。」

口調も、1オクターブ高くなっていた。わかりやすいリアクションである。秘密基地の土地が、町の所有ではないという事は、久志が持ち込んできた難題に、自分が関わらなくてもよくなる。本当に、わかりやすい男である。

「はい、久志さん、覚えていませんか、山爺、山中の所おやっさん…」

久志は、勇蔵の言葉に考え込む。久志の記憶の中に残っていた。いつも豪快で、威勢のいいイメージが残っている。確か、久志と同じ年の息子が居た筈…子供の頃の遊び友達ではなかったが、優等生だった事は覚えていた。

「覚えているよ。確か、山の方で、製材所やってたよな。」

「はい、そうです。」

「そうか、そんなに親しいってわけではないか。」

秘密基地の土地に、ツリーハウスを造るには、その山中のおやっさんの了承がいる。顔見知りであれば、簡単な話。焼酎の一本でも持っていけばいい話であるが、それほど親しい知り合いでもない。

子供の頃は、知識という者がない。この山が誰のものなのか、考えて、遊んだりはしていなかった。又また、気に入った場所に京介手二人で、秘密基地を造っただけの話である。大人の今は、そうはいかない。何をするにも、許可というモノ、了承というモノ、承諾が必要である。

「剛史、お前は知り合いだろ。」

「知っているには、知っとるけど…」

町長である剛史に助け船を求めようとするが、素早く頭を切り替えた。くよくよ考えても仕方がない。

「剛史、やっぱりいいわ。」

「えっ!」

やはり、剛史には冷たくあしらってしまう。

「勇蔵、ありがとうな。今夜にも、うちに来いよ。」

酒を飲もうという仕草をして、勇蔵を誘ってみる。

「いいんですか。行かしてもらいます。」

快く、言葉を返す勇蔵。剛史がそんな二人の会話に入ってきた。

「じゃあ、俺も…」

「お前は、くんナよ!」

剛史が言葉を言い切らない間に、そんな言葉を口にした。本当は、剛史の事が嫌いなのではないかと思ってしまうほど、冷たい。

「よし、もうここには用がないし、行くとするか。」

次に、そんな言葉を口にして立ち上がる。ポカーンと口を開けた剛史を残して、町長室を後にした。

 役場の前でヘルメットを被り、スーパーカブに跨る久志。

 「ようし、どうしたもんかな。」

 そんな言葉を口にして、とりあえず、頭に浮かんだ焼酎を買いに酒屋に向かう。美香と云う女の子の為に、いや自分の為なのだろう。ツリーハウスを造る為に、くよくよ考えず、前進あるのみである。

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