第21話 山中のおっちゃん

【山中製材所】そんな看板を掲げている場所で、スーパーカブを止める久志。カブの前籠には、お土産梱包をした芋焼酎が二本束にしたものがいれてある。久志は、その二本を手に持って、山中製材所の門をくぐる。

 「すいません、誰かいませんか!」

 ガラーンとした工内。誰の気配もしない中、久志は、大声を出していた。薄暗くも感じる。まだ、日が高い、初夏の日差しを、背の高い木々達が遮っていた。

 “ノソ!”うす暗い場所から、そんな物音がしたかと思えば、一人の老人が姿を現した。

 「あの、すいません、山中さんですか。」

 “ウム!”老人の表情が険しくなったように見える。久志の同級生の父親であるから、八十は超えていると思う。久志の記憶にあるおじさんの顔、少し老けたてはいたが、一致する。

 「山中のおやっさんですよね。久志です。霧崎の所の久志です。」

 険しい表情が、やわらいたように思える。うす暗い中でも、深い皺が山なりになっていた。

 “ニカッ!”山中のおやっさんの笑み、久志の事を思い出してくれたようである。何も言わず、手招きをする。プレハブハウスの中に招き入れた。

 「山中さんも、お元気そうで…これ、良かったら飲んでください。」

 整理されていないハウスの中、所狭しと雑に置かれたファイルの山々。ホコリの被った椅子が二つ置かれていた。久志は持ってきた芋焼酎を二本、窓際にある机に置いた。

 「霧崎の所の、久志君かね。そうか、そうか、良く来なすったね。」

 ファイルの山の隙間から見えるワンドアタイプの冷蔵庫から、麦茶を取り出し、グラスに注いでいる後ろ身が、こじんまりと寂しく、瞳を映る。(おやっさん)という呼び名は、失礼に当たると考えてしまう。子供の頃は、そんな事を考える必要はなかった。周りの人間が呼んでいる名が、一番初めに発した言葉が、相手に呼び名になっていたように思う。

 「山中さん、気を使わないで…」

 いつも豪快で威勢のよかった子供頃のイメージは、もうここにはない。

 「何もないけど、これ飲まんね。暑かったやろ。」

 「ありがとう。」

 久志のそんな言葉を最後に、ホコリの被った椅子に二人は座り、顔を見合わせているだけで、しばらく無言の時間が流れる。会話のきっかけを模索する久志。

 「山中さん、ここに入ってきて思ったんだけど、従業員っていないですか。」

 久志は、違和感を覚えた事を、ストレートに言葉にしてみた。

 (開店休業)と云う言葉が耳に届くと、違う方向から明らかに、おやっさんとは違う声が聞こえてきた。

 「おじいちゃん、終わったよ…あっ!」

 久志は、思わず振り向いてしまう。すると、二十歳前後の青年が顔を出していた。目が合ったせいか、ペコリと頭を下げる青年。

 「こら、清二!キチンとあいさつせんか!」

 威勢のいい怒鳴り声が、ハウス内に響き渡っていた。一瞬、記憶の中にある、山中のおやっさんの姿が、頭に浮かんだ。

 <あっ、こんにちは>改めて、青年の言葉が耳に入ってくる。久志は、青年の顔を見つめてしまう。記憶にある、見に覚えのある顔。

 「清二、こっちに来い!お前は…」

 山中のおやっさんの言動に懐かしく、笑みを浮かべてしまう。

 「久志君、従業員はこいつ一人…。ほら、昭雄の息子や。」

 シワシワの手の平で、青年の頭を押さえる。

 <昭雄か!>そんな言葉を、頭の中で叫ぶ。正直、おやっさんの息子の名前が思い出せてはいなかった。

 <だからか>青年の顔に、見に覚えがあったのは、昭雄の息子だったからである。どことなく、昭雄に似ている。

 「霧崎久志さんだ、有名な映画監督の…キチンと、挨拶しないか。」

 「山中さん、そんな事しなくてもいいですよ。そうか、昭雄君の息子さんか、よろしく…」

 久志の方が、少し照れてしまう。おやっさんが、自分の仕事を知っていた事が、うれしくもあった。久志が右手を差し出す、青年の頭にある、おやっさんの手の力を緩める。青年は、俯きながらも、右手を差し出した。

 「どうも…清二です。」

 青年の後方で笑みを浮かべているおやっさんの表情が印象的である。

 (何だ、この感じ!)久志は、何かを思い出す。はっきりとしないのであるが、おやっさんの笑みが久志の記憶の中にある。晴天の空の下、子供の頃の久志と京介の姿。久志は、見上げて、おやっさんの事を見つめている。ぶっとい指、ぶ厚い手の平で、頭を撫ぜられている光景。ぼんやりと、そんな光景が頭に浮かんできた。

 「ところで、久志君!」

 そんなおやっさんの言葉で、意識を戻す。

 「用事あるとやろ。なんね」

 おやっさんの問いかけに、大事なことを思い出す。秘密基地の事、ここに来た一番の理由を忘れていた。

 「そうです。山中さんに、お願い事があってきたんです。」

 咄嗟に、清二の手をほどき、おやっさんの前に、身を乗り出してしまう。そんな久志の素早い言動に、あっけにとられるおやっさんに、言葉を捲りたてた。

 「あの、山中さんの所有している土地を貸してもらいたいんです。町が一望できる所があって、調べてみたら、山中さんの所有している山だったもので、借りれないかと思いまして…」

 しばらく、考え込むと、おやっさんの口から、想像もしていなかった言葉が発せられた。

「あの、秘密基地の土地の事かい。」

【秘密基地】と云う言葉に、驚く久志。

 <はぁ、はい>素直に返答をするが、何で、おやっちゃんが秘密基地の事を知っているのだろう。確かに、何度か、昭雄と秘密基地で遊んだ記憶がある。昭雄から聞いたのであろうか。一瞬のうちに色んな事を考えてみるが、こんな結論を出す。

(考えてみれば、おやっさんが所有している山なのだから、知っていて当たり前か)

久志は、なんで知っているのか、あえて、聞く事はしなかった。

「そうです。あの場所に、ツリーハウスを造ろうと思うんです。あの秘密基地を基盤にして、きちんとしたものを建てたいんです。」

続けて、そんな言葉を口にする。なぜ、おやっさんが、秘密基地の事を知っているのか、今は、そんなに大きな問題ではない。おやっさんの了解がなれば、美香との約束が前に進まない。その事が、一番大事なのである。身を乗り出し、必死になり、言葉を口にする。

“にかっ!”と笑みを浮かべて、何も言わないおやっさん。久志の両手をとり、ガッチリと握り締める。この行為は、何を意味しているのだろう。少し不安がよぎる。

「そうね、そうね…」

笑みを浮かべたまま、そんな言葉を発している。何か、良からぬ事を考えているのだろうか。ますます、不安がってしまう。

「わかった。好きにつかい、久志君の好きなようにしたらいいがね。」

<えっ!それだけ…>思わず、キョトンとした顔になってしまう。久志は、次の言葉を待っていた。しかし、おやっさんは何も口にしない。

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