第22話 山中製材所
「山中さん、土地の使用料とか、そんな話しはないんですか。」
ついつい、思っていた事を、言葉にしてしまう。そんなに親しいわけではない。息子の昭雄とも、大した友人ではなかった。
「おもろい事、言うね。久志君から、金なんて取るわけないやろ。自由につかい…」
そんな言葉を口にして、大笑いをするおやっちゃんの顔。深い皺が波打ち、楽しそうであった。
「本当ですか、ありがとうございます。」
法外な値段を言われたら、どうしようと思っていた久志は、ほっとした表情を浮かべる。そして、そんなおやっさんの言葉に甘えるように、言葉を続ける。
「山中さん、あの場所に行くまでの山道も、整備したいと思っているんですよ。描くものあるかな…」
久志は、慌てて、自分の身体に手を当てて、書くものを探す仕草をする。すると、横の方から、清二がボールペンと一枚の用紙を差し出す。
<ありがとう>久志は、清二にそんな言葉を発すると、おやっさんに視線を向けた。勢いをつけ、自分の頭の中にあるものを描き始める。
秘密基地の広場まで行く山道。入口の茂みを刈り取り、簡単な門を造る。地面は、歩きやすい様に整地して、ある程度の幅で脇板を打つつけ、整地した地面に砂利を敷き詰める。
「…山道の入り口は、こんな感じにしたいんですよ。清二君、もう一枚描くもの…」
山道は、入り口と同様のやり方で、段差を作り、脇板を杭で打ち付け固定して、段差の表面に砂利を敷き詰める。
目の前の絵。自分の描く絵に夢中になっている久志。
「清二君、もう一枚…」
隣にいる清二を、助手扱いしている事に気づかないほど、自分の世界に入り込んでいた。一方の清二は、助手扱いされている事に、嫌な表情も浮かべず、久志の描く絵に釘付けになっている。
「山中さん、これからがメインです。」
久志の鼓動が高鳴っている。心が躍るとは、こうゆう状態の事を言うのだろう。そんな生き生きとした自分を感じるのは、いつ振りだろう。
「こんな感じのツリーハウスを造りたいんです。どうですか。山中さん、協力してもらえませんか。」
久志は、ツリーハウスの下地の木材の加工を、山中のおやっさんに頼みたかった。これだけのものを造ろうというのである。大人一人と子供二人では無理である。
<あれ!>久志は、ふと、思い返した。京介と二人で造った秘密基地、本当に二人だけで造ったのであろうか。久志が描いた絵ほどの立派なツリーハウスではないが、木の上に木材を運ぶだけでも、子供二人の力では無理である。こんな事を、頭に浮かべていると、おやっさんの言葉が耳に入ってくる。
「久志君、ここは、丸太を組み合わせるのは無理じゃなかね。」
ツリーハウスの壁を、丸太で組み合わせるロッジハウス風に描いていたものに、指を差している。想像もしていなかったおやっさんの言葉に、思い返した記憶が頭の中が消えていく。
「山中さん、どういう事!」
「物理的に、丸太の重さに、耐えられる敷板を造るのは、あの木では耐えられないやろし、丸太をどうやって、上まで運ぶんよ。」
まさか、アドバイスをくれるとは思ってもいなかった。そして、おやっさんの言葉を飲み込む。確かに、言われた通りである。ぶっとい木であっても、幹は一本では、久志が描いたロッジハウスを木の上に据え置くのは無理かもしれない。
「久志君が、ロッジ風にしたいんであれば…、清二、紙くれんか。」
そんな言葉を発すると、清二から受けとった紙にペンを走らせた。
「こんな風に、壁板に丸太の丸みの切れ端を張りつける。こうすると、重量も抑えられるし、持ち運びも楽になる。」
久志は、おやっさんの言葉を、頷きながら聞いていた。とても参考になる言葉。大工でもない久志が、ツリーハウスを造ろうというのである。
「もう少し、話しをしていいね。」
「はい、是非、お願いします。」
おやっさんの指摘の言葉で、信用と云う言葉が生まれ出す。
「ツリーハウス工法には、サンドイッチ工法というのがあって、ゴムなどの柔和材を巻いて、板で挟んで棚を作る…GL工法は、極太のボルトを、樹木にやさしい専用のクリームを塗ってから樹木に差しこむ。この二つが一般的やな。」
ツリーハウスの豆知識。絵を描いて、久志に説明をするおやっさんの姿。単なる製作所の経営者が、こんな事を知っているのだろうと、疑問に思いつつも、耳を傾けている。
「わしは、この二つよりも、やぐら工法ちゅうのが、お勧めや。」
「やぐら、なんですか。それ…」
「字の如く、櫓を造るんよ。木の幹を土台にするのではなく、櫓と云う土台を造り、樹を中心にハウスを建ててしまう。」
「山中さん、それじゃあ、ツリーハウスとは言わないじゃないですか。」
確かに、久志がイメージするツリーハウスとは、掛け離れている。
「じゃあ、こうゆうのはどうね。まず、ウッドデッキを扇型に造る。螺旋状に高さを一定にして、少しずらして同じものを三段に分けて造っていくんよ。もちろん、木を中心にしての扇形やから、片一方だけ櫓の土台を造る事にはなるんやけどな。そうすれば、強度も増すし、木材も運びやすくなるやろ。」
おやっさんがペンを動かせて、描いたものを見て、ますます信用と云うものが増していく。夢中になって、おやっちゃんの講義を聞いていると、不思議な感覚が襲ってきた。隣にいる清二が京介の様で、今いる自分が、子供になったような感覚。遠い過去に、おやっさんを前にして、京介と二人で講義を聞いているような錯覚に陥っていた。
二人は、時間を忘れて話し込んでいた。ツリーハウスについて、どういう作業を、どういう段取りですればいいのか。それぞれの意見を掛けあい、話し合い、形していった。とりあえずは、山道の整備だけで、一週間ほどかかるだろうから、ツリーハウスの概要はその後と云う事で、話しが落ち着いた。
「久志君、一つ聞いてもいいね。」
「何ですか、山中さん…」
プレハブを出た時、おやっさんがそんな言葉を掛けてきた。木々達の天辺には、茜色に染まった夕焼けの空。
「何で、今頃、ツリーハウスやっとね。」
「それは…ある女の子と約束したんですよ。二人、いや、三人で、あの場所に、秘密基地、ツリーハウスを造ろうと…」
久志の遠回しのものの言い方。おやっさんは、二カッと笑顔を浮かべる。久志の心の内がわかったのだろうか。
<そうね>と一言だけ発して、プレハブの中に入っていく。清二は、門の所まで久志を送ってくれる。
「じゃあ、清二君、明日頼むね。」
「はい、朝八時ですね。」
「寝坊しないように…」
久志は、そんな言葉を言って笑みを浮かべる。短い時間であったが、清二に親近感が湧いたのだろう。清二も、ハニカミながら頭を掻いていた。
木々達が覆われる公道を、スーパーカブが、颯爽に走っている。顎暇も締めず、しかも、表情が緩みぱなしである。おやっさんとの時間が、よほど楽しいものだった。道の向こう側の空は、茜色が薄くなり、闇が迫ってきていた。
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