第24話 昭雄の子供・清二の父親
<十八歳>と云う言葉が、耳に入ってくる。
「じゃあ、山中さんの所に来て、そんなに長くないんだな。」
「いいえ、一年以上経っています。」
計算が合わない。久志は、てっきり、高校卒業後に、おやっさんの所に来たのだと、想像していた。
「清二君、高校は…」
<中退です>即答で、そんな言葉が返ってきた。久志は、正直驚いた。昭雄の子供が、高校中退とは考えもしなかった。
「清二君、もしかして、私、悪い事を聞いてしまったか。」
恐る恐る、そんな言葉を口にする。久志は、何か重たいものを清二から、感じ取っていた。
「いいえ、そんな事なかですよ。」
今日一日、清二と一緒にいて、九州の北の方の方言を使っている事に気づいていた。久志は、視線を正面に向けた。
「いい景色だ、そう思わないか、清二君。」
バツが悪い久志は、そんな言葉でこの場を濁す。十八歳の清二が、どうしてこの町に来たのかは気になる。どんな経緯で、祖父である山中のおやっさんと一緒に住んでいるのか、知りたいという思いは持っているが、はっきりと聞けない久志がいた。
<そうですね>高崎町が一望できるこの空間に、清二の言葉が響いていた。
「久志さん、一つ、聞いてもいいですか。」
改まって、そんな言葉を口にする清二の方に視線が向く。
「…何!別に構わないけど…」
「どうして、ツリーハウスなんですか。」
清二は、昨日の久志の言葉を思い出していた。
「確か、女の子と約束したとか言っていましたよね。」
そんな言葉を続ける。清二も、久志の事が、気になっているのかもしれない。
「何、そんな事か。改まって、何を言うかと思えば…」
久志は、そんな言葉をクッションにする。別に、隠す事ではないので、正直に言葉にした。
「昨日、ここで、ある女の子に出会ってな。勢いで、約束してしまったんよ。別に、そんな約束なんてしなくてもよかったんだけど、色んな事を話している内に、子供の頃、弟と一緒に、この秘密基地を造った気持ちと云うか、感情と云うか、そんなもんを思い出して…思わず、約束してしまったんよ。どうせ造るなら、きちんとしたもん造りたいだろ。それで、清二君のお爺ちゃんの所に出向いたわけ…」
<ふうん>理解したのだろうか、そんな清二の言葉が返ってくる。
「そうですか。その女の子ラッキーだったとですね。久志さんみたいな大人と出会って…」
意味ありげな言葉が続く。高崎の町を遠い瞳で眺めている清二の姿が、久志の瞳に映る。目の前の青年の事が気になり、知りたいと思う気持ちが大きくなる。
「清二君、私も一つ、聞いてもいいかい。」
静かに、そんな言葉を口にする。
<何です>そんな言葉の後、清二も久志の方に視線を向けた。
「話をしたくなかったら、話さなくてもいいから…どうして、中退までして、この町に来たんだい。」
向き合う二人に、言葉がない時間が流れる。久志は、清二が言葉を発するのを待っていた。
「俺には、三つ上の兄がいるとですけど、よく比べられてたとです。兄の方が優秀で、俺の方は落ちこぼれ。父さんは、兄の方ばかり誉めてた。俺なんか、カス扱いですよ。そんな俺でも、どうにか兄も通っていた高校。福岡でも、一、二番の進学校に合格したとですけど、高校の先生にも、兄と比べられた。段々、自分が嫌になったとです。自分と云うよりも、周りの人間に疑心暗鬼になってもうて、そんな時、おじいちゃんから電話があったと。」
<一週間ぐらい、こっちにこんかい>
清二は、口ごもりながら話しをし始める。言葉が進むにつれ、声もボリュームがゆったりと大きくなり、表情も明るくなっていくように見える。
「来てみたら、やられてしまいました。おじいちゃんが、生まれて現在まで、過ごした町。何もなかですけど、いいですよ。落ち着くというか、何かよかですよ。今まで、父さんのいいなりになってた事に、気づいたと、そしたら、いつの間にか、ここに居ました。」
久志は、清二の父親である昭雄の顔を思い浮かべる。久志は、昭雄と同じ、この土地で一番の進学校に通っていた。もちろん、昭雄はトップクラスで、久志は、下から数えた方が早い成績。同じ学校にいたせいか、昭雄と云う青年の顔は、はっきりと覚えていた。
「俺、気づいたとです。父さんのいいなりになっている自分が、嫌いになった。別に、好きで勉強をしとったわけじゃなか。俺には、今の生活はあっとらんって、そんな自分に気づいて、自分の意志で、高校を辞める事を決めました。」
清二は、真っすぐ正面を見つめている。口に発する言葉に、力強さを感じ取れる。
「よく、昭雄の奴が許したな。」
思わず、そんな言葉を口にしていた久志。少なくとも、十八歳までの昭雄の姿は記憶にある。それほど、親しくない同級生ではあったが、当時のあいつのイメージは残っている。
「大変でした。父さん、めっちゃくちゃ怒って…俺が、高校を辞めるってゆうたら、福岡から飛んできて、そしたら、おじいちゃんが間に入ってくれて…」
<ほぉ…>久志は、何か驚いた様な表情をする。自分が残っている昭雄のイメージとは、少し違っていた。
「昭雄がね。私にはわからないが、人の親になると、そうなるのか。」
<何がですか>清二は、そんな久志が発した言葉の意味がわからなかった。
「いや、私が知る昭雄は、自分よがりと云うか、自分が一番、自分が良ければそれでいい。そんなイメージだったから、清二君が、高校を辞めると言った時、飛んできたというのは、ちょっと、驚いたな。よっぽど、清二君の事が心配だったんだなぁと思ってな。」
清二が、感じていなかった言葉を口にする。ハッと表情を変えて久志の横顔を見つめる。思い返してみれば、あんなに血相を変えた父親の姿を見た事はなかった。いつも、淡々と、クールな父親の姿しか見ていなかった。清二は、自分の言う事を聞かないという理由が、父親の怒りだと思っていた。今なら、わかるような気がする。父親が、あんなに血相を変えてた理由。ぼんやりとだが、そう思いたい自分がいた。
『そうか…』
納得をする呟き。あの時の父親の姿の違った方向からの捉え方。そんな事を考えると、自然と笑みが浮かんでくる。
二人は、しばらく、高崎の町を眺めていた。清二は、心の奥底にあったわだかまりが消えていく。久志は、生まれ育ったこの町を、どんな気持ちで見つめているのだろう。二人の表情は、晴れ晴れとしており、一点の曇りもなかった。
「じゃあ、俺はそろそろ…」
清二が、そんな言葉を口にして立ち上がる。久志は、清二の見上げる形になり、小皺の目立つ顔で笑みを見せる。
<そうか>この言葉の後に、<明日、砂利頼むな>そんな言葉が続く。清二は小さく頷いて、背を向けて歩き出す。
『よし、もうちょっとやるか。』
身体を天に向かって、大きく伸ばし立ち上がる。久志の中で、少しずつ、何かが変わろうとしていた。捨てていた筈のこの高崎と云う町の景色を眺めながら、久志は、立ち止まっていた所から、一歩前に足を踏む出そうとしていた。五十七歳の初老の久志が、前を向き始めていた。
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