第13話 美香という女の子
「あの…」
のんびりと、本を読んでいた久志の後方から、囁くような声が聞こえていく。
「なんだ。」
ページを捲りながら、体勢を変えず、そんな言葉を返す。
「おじさん、どうして、ここに居るの。」
「フぅン…どうして、どうしてって言われてもなぁ。居たいから…」
本を読むことをやめない。ぶっきら棒に言葉を返す。
「そんな事じゃなくて、何で、この場所、知ってんの。」
美香は、不思議に思っていた。この場所を教えられたのは修二である。
<ココは、僕だけの秘密基地なんよ。誰も知らないから安心していいから…>
そんな修二の言葉を、頭の中に浮かべている。信じていた。三週間前、修二に、この秘密基地の事を教えられた。美香は、さっきまで、二人しか知らない秘密の場所だけ思っていたのに、一週間前の変質者がここに居る。
「まさか、おじさん、ここに住んでいるわけじゃないですよね。」
子供とは、本当に面白い。突拍子もない言葉を口にする。どう見ても人が住める出来ではない秘密基地。思わず、身体を起こしてしまう久志。
「ちょっと、お嬢ちゃん、私の事をホームレスだと思ってんの。」
確かに、農作業の後の作業着姿。どう見てもホームレスには見えないと思う。さすがに、本を閉じても美香の方に、身体を向いた。
軽く両腕を上げて、身構える女の子の姿が、瞳に映る久志。背筋を伸ばし、胡坐をかいていた体勢が、正座に移行していた自分に、少し驚きを覚えるが、ここは、スルーしてしまう。
「お嬢ちゃん、名前は…」
小皺の目立つ顔が、キッリとした表情になったかと思えば、そんな言葉で問いかける。
「えっ、ミカ。中谷美香です。」
目の前の知らないおじさんの表情が、一瞬変わったと思えば、直球ストレートな言葉。思わず、素直に自分の氏名を、口にしてしまった。
「美香ちゃんか、私は、霧島久志。よろしく。」
久志は、右手を差し出して握手を求めた。さっきの言葉と同じ様に、素直に自分の右手を出してしまう美香。力強く握り締めると、軽く上下させる。
「美香ちゃん、ちょっと、私の話を聞いてな。ここは、五十年前、私と弟の京介と二人で造ったものなんだよ。」
久志は、そんな話しをし始める。きりっとした表情で、正座をする久志に対して、つらられたのか美香まで正座をしてしまう。正直、美香と云う女の子は逃げると思っていた。変質者だと思っていた初老の男性が、この狭い空間に、一緒に居るのである。普通、逃げる、この場から立ち去るであろう。そう思っていた女の子の方から、声を掛けてきた。久志は、キチンと、誠意込めて、説明しようと思ったのである。
「私は、この高崎町が故郷なんだよ。もう、横浜の暮らしの方が長くなってしまったけどな。一週間前に、久し振りに帰郷をしたわけよ。美香ちゃんが、私から逃げた日な。その次の日、墓参りの帰り、この場所を思い出して、来てみたんだよ。そしたら、この秘密基地が残っていた。懐かしくてな。次の日から、草を刈ったり、こうして、本を読みに来たりしてたわけよ。そしたら、今日、美香ちゃんがいたというわけ、わかった。」
ここまで時系列を丁寧な言葉を続けていると、今度は、美香の表情が変わっていく。明らかに、久志の発した言葉に不満を持っている。
「えっ、だって、修二が、ここは秘密基地だって、言っていたもん。」
顔を真っ赤にして、目が吊り上がり、そんな言葉を叫びあげる。
「そうか、その修二君って子がここを見つけたんだね。」
久志は、丁寧に優しく、話をしたつもりでいたが、なぜか、目の前の美香が興奮していることで、もっと慎重になる自分がいた。
「だって、修二が、ここは、僕だけがって…」
そんな言葉を、ムキになって口をする美香。
久志は、【人間を見る】と云う仕事をしている。【映画監督】をしている久志は、何となくであるが、美香の心の叫びがわかってしまう。
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