第31話 ツリーハウス完成

晴天の気候。秋の風が吹き始めた季節。久志は、ウッドデッキの三層目、建てつけているベンチに座り、手に持っている一つの鍵を見つめていた。久志の座るベンチの隣には、秘密基地のハウス部分が、完成されている。厳密に云うと、昨日完成していた。本日の午前中に、迫田剛史、この町の町長から借りていた、高崎町のネームの入った白いテント、残りの資材、使用した器材の片付けに、時間を費やし、午後からは、ツリーハウスの完成を祝うバーベキューで、お腹を膨らましていた。

久志が見つめる鍵は、数時間前、バーベキューを始める前のイベント事に使っていた。

「美香、修二、清二君、ちょっと、前に出てきてくれ。」

バーベキューの準備が整い、ツリーハウスを造る計画の発起人である久志が、集まる人間の前に立つ。祥子がいる、母親の千鶴子の姿も見える。山中のおやっさんしかり、姪である利美もいた。それに、なぜか、町長の迫田剛史と、市役所の課長、後輩の坂下勇蔵の姿があった。まァ、男手がいる時は、平日でもお構いなしに、この二人を呼び出していたのだから、この場にいてもいいのかもしれない。

<…>突然、自分の名前を呼ばれる三人、久志に言われるまま、みんなの注目を浴びる。

「これを、君達に進呈します。」

久志は、そんな言葉を添えて、手作りのキーホルダーをつけた鍵を、一つ一つ手渡しをする。

「この鍵は、(美香の秘密基地)の門の鍵です。このツリーハウスは、私のものでありません。みんなのものです。」

そんな言葉が続く。このツリーハウスに、電気と水道、ガスのライフラインを取りつければ、ここで生活が出来る。もちろん、久志はここに住む気はない。このツリーハウスを造ると云う過程に意味があった。当たり前の事ではあるが、美香も修二も清二も、ここに住むつもりはない。美香は特に、二か月前の美香とは、全く違っていた。正直に云うと、もうこの場所は、必要がないかもしれない。日焼けした美香の姿。もう、外見も中身も田舎の女の子である。もう戸惑う事なく、この高崎町で暮らしていけるだろう。久志は、この場所は、みんなの共通の居場所だと云う意味を込めて、この鍵を手渡した。

ウッドデッキで、手に持つ鍵を見つめて、久志は何を想っているのだろう。この二カ月の事でも思い返しているのかもしれない。二か月前、十数年振りの帰省。正直、こんな長く、居座るつもりではなかった。今、ここにいる事が信じられない。

<久志さん…>両肘を両膝に乗っけている態勢で、鍵を見つめていた久志の耳に、そんな言葉が入ってくる。

<清二君か>聞こえる言葉に反応して、おもむろに顔を上げると、しっかりした造りの階段を上がってくる清二の姿。

「久志さん、隣いいですか。」

何か、よそよそしい清二の言動に、構えてしまう。しかし、久志の隣に座る清二は、何も語りかけてこない。話しをしたい事があって、ここまで上がってきたのだろう。初めのよそよそしさが、久志からの言葉を遅らせていた。

「清二君、これからどうするんだい。」

久志は、自分きっかけの言葉を発してみた。

「久志さん、俺、お爺ちゃんの跡を継ぎます。」

真剣な眼差し、胸に抱いた事を言葉にする。

「俺、目指すべきものを見つけました。お爺ちゃんの林業を継いで、ツリーハウスの会社を作ろうと思います。」

<えっ!>突然の言葉に、そんな言葉しか出てこない久志。真面目な表情の清二に、返す言葉が見つかない。

「俺は、この町ばァ、好きです。町おこしというには、大袈裟かもしれんけど、俺、やります。本当、ありがとうごいます。久志さんに、出会っとらんなら、こんな想い、こんな事を考えもしなかったと思います。毎日、だらだらとしとったと思います。」

久志の隣に座り、正面を向いて、そんな言葉を言い切った。驚いた。そして、少しうれしくもある。自分が行動を起こした事で、一人の若い青年に、【夢】を見させる事が出来た。結婚をしていない、子供のいない久志は、正面を向き、真っすぐ歩もうとする青年の横顔に視線を向ける。

「そうか、それが清二君の進む道なのなら、まっすぐ進みなさい。」

父親ならば、こんな言葉を口にするのだろうか。そんな事を考えていると、デッキの下の方から、清二を呼ぶ声がする。

<はぁい!>山中のおやっさんが、孫である清二を呼んでいた。清二は、慌てて、デッキの下を見下ろすと、頬がほんのりと紅色に染めたおやっさんが手を振っている。

「清二、そんな所におったんね。はよう、降りて来んね。」

<わかった、チョイ待っとき>苦笑いをする清二。

「あっ、そうや、今度、父親が来るとです。そん時は、胸張って、このツリーハウスばぁ、見せようと思います。」

父親の事を口にしたのが、照れ臭いのか、頭を掻きながら、久志に軽く会釈をして、デッキを降りていく清二。

昭雄が来るんか、そんな言葉を呟く。はっきりと思い出せなかった、同級生の昭雄の顔が、頭に浮かんでいる。おもむろに、缶ビールに手が伸びた。缶を持ちあげて、空だと気づく。

「もうちょっとだけ、飲むか。」

屋外と云う事もあり、スーパーカブの運転もある、今日はそんなに飲むつもりではなかった。しかし、飲みたくなってきた。清二にあんな事を言われて、テンションが上がったのだ。

<よし>久志は、そんな掛け声を上げて、立ち上がる。ツリーハウスからの風景を、視界に入れながら、デッキを降りていく。一層目のデッキの中央のテーブルに足を向ける。この時間、木陰になっている。冷房いらずの木陰。山とは不思議なもので、陽がガンガン照りであるのに、木陰に入ってしまえば、ヒンヤリとする。町中と同じ気温であるはずなのに、山に入ってしまえば、冷房など必要なくなる。当たり前と云えば、当たり前である事ではあるが、不思議に思う久志がいた。

「ほぉ…冷えている、冷えている。」

テーブルの脇に置いているクーラーボックス。氷が溶け切っていない中に、ヤンキー座りのまま手を突っ込み、そんな声を上げる。冷え切った缶ビールを取り出そうとした時、大きな影が久志に覆い被さる。不意に、視線を上に向ける。

<ああ、どうも>自然と、そんな言葉が発せられた。大きな影の主は、美香の母親であった。ぺこりと、頭を下げ、微笑む。

「霧島さん、チョット、いいですか。」

そんな母親の言葉で、二人は並んで、テーブルに移動した。

「今日は、お仕事、休んだんですか。」

<えぇ>久志の問いかけに、軽く頷く。

「私、霧島さんに感謝しているんです。」

母親は、そんな言葉を続ける。久志は、缶ビールを口に運びながら、少し動揺してしまう。

<何がですか>思わず、そんな言葉を発してしまう。

「あの子と二人、この町に戻ってきて、一からの生活をスタートしました。親子二人、私が、頑張らなくっちゃッて、気負いをしてたんです。まずは仕事、私が頑張らなければいけないのは、仕事だと思い込んでいた様な気がします。あの子も、同じ思いだと、思いこんでしまって…」

<…>缶ビールを片手に、母親の話に耳を傾けている久志。

「そんなあの子の寂しさに、気づいてくれたのが霧島さんだったんですね。それなのに、私、家まで、押しかけて行って、喚き散らして…。本当に恥ずかしい。」

申し訳なさそうに、深々と頭を下げる母親。

「私、霧島さんのおかげで気づいたんです。一番頑張らければいけないのは、あの子、娘との事だと…。考えてみれば、実家にいるわけだし、あくせくやらなくてもいいわけで、この町みたいに、のんびりと、ゆったりとやっていこうと思っています。」

母親の言う通り、この町の空気は、のんびりと流れている。農村、田舎と云う事もあるのだろうが、あくせく、急かされる様に生きている都会と云う街にはないものが、この町にはある。だから、都会に出て行った者が、年に一度ぐらいは、この故郷に戻ってくるのかもしれない。

「私は、いいことだと思いますよ。私も、映画監督って云う仕事をしていると、いつも結果を求められます。私の仕事は、映画のストーリー、背景であったり、伝えたい内容であったり、自分が考え、映像にする事が大事です。いつの日からか、そんな事を忘れて、結果を出さなければと云う思いに支配されていた自分がいます。もちろん、結果は大事です。結果を求めなければ、いいものは出来ないとは思います。でも、過程もとても大事なのです。自分が、どう思い、どう考え、その作業に取り組んだのか、結果は後から付いてくるものです。」

久志の重たい言葉に、関心をしながら、何回も頭をコクリコクリと頷いている。何かの目的の為に、自分がどう取り組んだ内容で、結果が出てくるもの。この時、ようやく、三週間前の久志の事を理解した。ここは、美香の居場所であるが、ここに居つくわけではない。この場所で、秘密基地を、このツリーハウスを造り上げたと云う事が、心に残ると云う事なのである。

<ママ!>遠くの方で、美香が母親の事を呼んでいる。修二と一緒にフルスビーをして遊んでいた美香が、久志と目が合い、微笑んでいる。飛びっきりの笑顔の美香に、手を振る久志。

<今、行く!>隣で、そんな声を上げる母親に、思い切り手を振っているのか、久志に振っているのか分からないが、美香の笑みに癒されている自分がいる。

<じゃあ、すいません>我が娘に急かされる母親は、そんな言葉を発して、席を離れていく。そんな親子の姿を見ていると、ほほ笑ましくなる。

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